なんてことない朝、幸せの風景
ち……ず……る
ちず……る
ちずるーっ!
ん、なんかどこか遠くから声が聴こえる。誰の声だろう?なんだろう。よく聴く声だ。いつも聴いている声。あたしの大好きな人の声。
「もう、いつになったら起きてくるのと思ったら、気持ちよさそうに寝てるし」
結局あの後、妄想は留まることはなく、心の中では明日やってくるだろう“楽しい宇宙”が広がり続けていった。友だちとどんなことを話そうか、どんな景色が待っているのか、楽しみでいっぱいだった。目を閉じても次々と心躍るような想像が浮かんできて、ますます眠れなくなってしまった。
今日は楽しかった。きっと明日はもっと素敵な一日になる。そんな期待とか興奮に包まれながら、ようやくうとうとと眠りに落ちていった。
「ふぅ。もう、千寿流ったら。可愛い寝顔ね」
枕元には明日持っていこうと決めたお菓子やらゲームやらが無造作に置かれていた。
千尋はその様子を見て、千寿流の肩を優しく揺らす。きっと観ているだろう幸せな夢を壊さないように、気持ちの良い朝日を迎えられるように。
「むにゅぁ?ふぁ?……ふぇ。ま……ま?」
「朝よ。おはようさん。今日は学校に行くって言ってたよね。朝ごはん出来てるから、支度が出来たら降りていらっしゃいね。じゃあ、ママ行ってるから」
まだ、半分は夢というプールの中に浸かっている。だから、母親の言っていることが半分程度しか理解できない。
寝ぼけ眼を擦る。
うん、目覚めた。
と思う。
ベッドの横に立て掛けられた置き時計を見る。時刻は八時だった。ちなみに学校は朝方の五時から開いている。とはいってもそれは部活動などに勤しむ生徒の為に開けられているだけだ。
昨日学校の帰り道でみんなと交換したLILLEで連絡を取った時点では、九時に学校に集合ということになった。今から朝食を食べて向かったとして、正直九時までに間に合うかは怪しい。ひとまず、少し遅れるかもしれないという事情を一言入れておくことにした。
ちなみに学校では連絡先の交換の際、なんで友だちを消しちゃったの、とみんなに食い気味に問い詰められたけれど、スマホが水没してバックアップを取っていなかった、という話で落ち着いた。正直なところ、初期化されていた件についてはあたしが聞きたいところだ。
ママに言われたとおりに、顔を洗い、歯を磨いた後、ダイニングに向かうと、迎えに来てくれたクラマちゃんが手を振って挨拶してくれた。
「千寿流ちゃん。おはようございますっ」
「えひひ、おはよ、クラマちゃん」
クラマちゃんと朝のあいさつを交わす。きっとシャルちゃんはまだ寝ているんだろうなと思った。
「クラマちゃん。今日も千寿流の事よろしくお願いね」
「はい、お母さま。千寿流ちゃんが危ない目に遭わないよう、精一杯守らせていただきますので、安心してください」
「ふふふ、大袈裟ね。けど、頼もしい。よろしくね、クラマちゃん」
千尋はシャルの異能にエラーが起こっていることを知らない。だから、彼女の異能により、魔獣を含む、あらゆる脅威は取り除かれていると思っている。
これまで何度も危ない目に合ってきた。こうして自宅で普通に寝て起きてを過ごしていると、あの日々が夢のようにも思えてくる。辛い目にも遭ったけど楽しいこともたくさんあった。
きっとママはあたしが怖い魔獣と戦ったことがあるなんて、微塵も知らないんだろうな。
言ってもいいけど、心配をかけるからやっぱり言いたくない。けど、あたしは知ってる。クラマちゃんはその命を懸けてあたしを。あたしたちを守ってくれた。
夜深ちゃんがいなかったら、クラマちゃんはあの時きっと死んでしまっていたと思う。あの時のクラマちゃんは夜深ちゃんがあそこまでの治療に長けた異能を持っていたなんて知らなかったはずだ。だから、正真正銘、命がけだったんだ。
「あと、そのですね」
「わかってるわ。お料理のことでしょ。大丈夫、時間があるときにいつでも来てくれれば、とことん付き合ってあげるから!」
「はい!ありがとうございますっ!」
パパは既に仕事の関係で出かけていたので、三人で朝食をとる。なんてことない時間だけど、すごく幸せな時間だった。欲を言えばシャルちゃんもパパも、夜深ちゃんも風ちゃんも。あと星ちゃんもいてくれたらなんて思ってみたり。えひひ、それはちょっと贅沢かな。
「それでは行ってまいりますっ!」
「ええ、気を付けて。お泊り、しっかり楽しんできてね、千寿流♪」
「うん!」
腕時計を見る。時刻は九時ちょっと前。今からだと学校につくのは九時半ごろになるだろう。やっぱり一言連絡を入れておいて正解だった。朝食を終えたあたしたちは学校に向かうことにした。




