出発
あたしは時々、考える。
もし、この世界の主人公が自分じゃないのならって。
みんな生きてる。だから、それぞれがみんな自分の物語の主人公だってのは分かる。
けれど、もしこの世界が造り物で、神様みたいな存在によって造られて、それぞれ一人一人に役割が割り振られているなら。
あたしは主人公なんかじゃなくて、誰でもない村人Aみたいな存在なのかもしれない。
でも、主人公じゃないのなら、決められたシナリオも結末も何も用意されていない。
だって、あたしにかまっていられるほど、そんなに神様は暇じゃないと思うんだ。
それはたぶん、とっても不安で、すごく幸せな事なのかもしれない。
「近衛さん」
後ろから声を掛けられる。振り返ると星一朗が腕を組んで焦げ付いた鉄柱に背を預けていた。それはかつて東京タワーと呼ばれていた日本のシンボルの慣れの果てだった。
「わ、星ちゃん!」
ぱぁっと顔をほころばせ、もう会えないと思っていた千寿流は星一朗のもとへ駆ける。
「星ちゃん、こんなところにいたんだね!少ししたら離れるって言ってたから、あたしてっきりっ」
「近衛さんに渡したいものがあってね。これ、キーホルダーなんだけど。受け取ってくれるかな」
それはシルバーで出来たメダルキーホルダー。表面と裏面を繰り返して確かめてみるが、どちらも特に何も彫られていなかった。
「ん、星ちゃん、これは?」
「まあ、御守りみたいなものだよ。なにも描かれていないのは、何を彫るかまだ決めてないだけ」
「………えひひひ、ありがとう!あたし、大事にするね!」
星一朗から貰ったメダルキーホルダーをポーチ型のエアポケにつける。銀で出来たメダルは日光を反射してキラキラと輝いていた。
「君とまたどこかで合えたなら、その時返してくれないかな。その場でメダルを完成させて君に渡すから」
「……うん!あ、その、星ちゃんももう出かけるの?」
「そのつもりだったんだけど、もう少しここで情報を集めようと思っていてね。真偽が錯綜するネットの情報は信憑性に欠けるし、現地の人の声のほうが信頼できる」
「ん、そうなんだ。あたし、パパとママにクラマちゃんの事を聞いたらいないって言われたからそうだと思ったけど、他の人にも話を聞いてみたほうが良いのかなぁ?」
「いや、僕の方でもついでにそのクラマって人の事は聞いて回ったけど、どうやらいないのは事実みたいだよ」
しゅんとする千寿流。顔色が一上一下する千寿流を見て少し微笑ましくなる星一朗。ならその最後は気分が“上”がった状態で送り出してあげないといけないな。そう考え、さらに言葉を続ける。
「ここから東に海を見ながら南下していくと少し大きな都市に出る。この結九里よりも大きいからすぐにわかると思う。獣害とか水害とかで、人が住める箇所ってのが今のこの星には極端に少ないわけだけど、そこでなら何か情報がつかめるかもしれないね」
そう言いながら目的の方角を指さす星一朗。
「…ところで一つ疑問なのだけれど、仮に街を転々と探すといっても食事や休む場所はどうするんだい?日帰りで済めばもちろん心配するようなことじゃないんだろうけどさ」
「え、それは、その…」
「だいじょうぶっ!おかねのしんぱいなら いらないよっ!シャルルはいっぱいおかね もってるからね!」
ポケットからクレジットカードを何枚か取り出して星一朗に見せるシャル。
「え…それほんとに使えるのか?というか君、何でそんなにお金持ってるの?ますますに不安だけど、入らぬお世話だったみたいだね」
(シャルちゃんってやっぱりすごい子なのかな…)
千寿流が不思議そうな顔でシャルの持っているカードを眺める。
「まあ、これでお金に関する心配はなさそうかな。ただもう一つ懸念となる点があるとするのなら、僕の追っていた魔獣に出くわさなかったことがある」
「え、星ちゃんの追ってた魔獣ってあの植物型のやつじゃないの?」
「あのね、そんなわけないだろ、あんな雑魚。僕が追っていたのは最近になって目撃例が増えてきた“人型の魔獣”だよ」
ああなるほど、だからあの時アリシアちゃんの事を魔獣と勘違いして攻撃したんだなと納得する千寿流。
「もし出遭っても君たちじゃ何もできずに殺されるのがおちだ。正直、君たちは弱すぎる。武器も持たない、危機管理能力もほぼゼロ。ここを離れる前に最低限の自衛の策ぐらいは考えておいたほうが良いんじゃないかな?」
「う、たしかに…シャルちゃんって何か持ってる?」
「んー はい!」
そう言って出されたのはお菓子の詰め合わせ袋だった。これで見逃してもらう気なのだろうか?
「…頭が痛い話だね」
シャルは大物だなと感じざるを得ない二人だった。