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忍リクルート  作者: 枝久
十二、

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弄ばれた忠義

「鬼神、お主……永明(えいめい)様を何故知っておる? 浅緋の忍びに仕事を頼んだ覚えは無い。貴様、城を襲った者共の仲間か⁉︎」


 腰に差した刀の柄に手を掛けながら、嶽山が汎を眼光鋭く睨みつける。だが大男の問い掛けに、頭をぼりぼりと掻きながら彼が言葉を返した。


「永明? 残念だが嶽山、お前の主人のことなぞ俺は知らん。会ったこともない。だが、その面は……草兵衛の仕業だな?」

「あぁ……」

「⁉︎」


 隠す素振りもなく、さらりと返す嶽山。だが、その相槌を聞いた途端、蘇芳丸の心が(あわ)立ったのか、さぁっと顔色が変わる。

 木賊(とくさ)家の夫妻が『裏切り者』だと告げられても、現実感が湧かなかった少年に、大男の肯定が突き刺さったのか……それでも彼の脳裏には、信頼する仲間の親の、穏やかな顔しか浮かんでこないのだろう。

 

 そんな蘇芳丸の思いなぞ知らぬ嶽山が、話を続ける。


「城を攻め落とされた()の日のこと……まるで昨日のことの如く鮮明に覚えておる。儂等が不甲斐ないばかりに……主君、永明様の首を……目の前で斬り落とされた」


 苦々しげに溢しながら、己の首をそっと(さす)る。


「敵方を斬り殺し、どうにか首を奪って儂は逃げた。炎に包まれた城を捨て、出来るだけ遠くへと……そして、満身創痍(まんしんそうい)で倒れ込んでおったところ、何の(えにし)か草兵衛殿と出逢った……」

「はっ! どうせ、そんな頭の可笑(おか)しな案を提示したのは彼奴(あやつ)の方なんだろ?」

「可笑しい……鬼神にはそう映る、か」


 頭の横で指をくるくると回す汎の挑発には乗らず、嶽山はふっと遠くに視線を向ける。


血塗(ちまみ)れな風呂敷包みを解き、殿の首を見つめ、草兵衛殿は儂の忠義にえらく感心してな。それならばと、こうして施してくれた。この顔に覚えのある者は、我等が城の事情を知る者と見做(みな)す」

「うへぇ……その為に、大事な大事な主君の面の皮を綺麗に剥いだんだろ? 俺にゃ考えられねぇな」

「理解なぞ、誰にも求めんさ。儂の望みは仇討ちと行方知れずな天道丸様だけ……それだけを心に決め、今日(こんにち)まで生きて来た……」

「まるで亡霊だな」

「なんとでも言えばよい」


 そう吐き捨てると、嶽山はまた蘇芳丸へと向き合う。少年もそれに応じるように、さっと身構えた。


「お、俺は永明様なんて奴は知らねぇぞ!」

「では、何故(なにゆえ)に動揺する?」

「そ……それは……」

「お主にとって、儂は仲間の仇だろう? だったら、来い! 小僧!」

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ‼︎」


 叫びと共に蘇芳丸が地面を蹴り、敵方に飛びかかる! だが、嶽山の神速な抜刀に弾かれ、一撃を入れることなく、またもいなされた。

 そのまま大男は回転し、遠心力を加えた二撃目を蘇芳丸目掛けて振り抜く! 


 本能的にそれを察知した少年は、素早く身を捩り、すんでのところで(かわ)し、嶽山の一刀は大きく空振った。その隙に大男から離れ、間合いを空ける。


「くそっ! 図体でけぇくせに速いってなんだよ! 反則だろ!」

「これは……末恐ろしいのぅ……」


 (わめ)く蘇芳丸を冷静に見遣る嶽山。攻めあぐねる少年の速度が、先程より増したのを、相対する手練れもその身で感じ取ったようだ。


 戦いの最中で、尚も成長を続ける蘇芳丸。その様子を眺めながら、汎が呆れた声を上げる。


「はっ! 全く、馬鹿の一つ覚えのように直線的に突っ込んで……おい、武士と同じ土俵で戦うなよ、阿呆め。それじゃ、勝てるわけなかろうに……ったく、蘇芳! お前は何だ?」

「な、何って……」

「お前は武士か? 違えだろ?」

「……あっ!」


 汎のたった一言で、劣勢だった蘇芳丸の瞳に輝きが戻る。


「何をごちゃごちゃ……行くぞ」

「‼︎」


 ざっ!


 嶽山が駆け出し、蘇芳丸を自身の間合い内に再び捉える! その勢いのままに抜刀……だが、その寸前で少年も前方へと突っ込む!

 

 ごつっ!


「ぐっ⁉︎」


 嶽山の右拳へ蘇芳丸が体当たりすることで、抜刀を阻止! すぐさま真下へしゃがむと、嶽山の股の間から後ろへするりとすり抜けた!

 一瞬でも遅れれば、刀の餌食になっていてもおかしくない、無謀とも言える行動だが、汎の言葉通り……()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 敵が再度刀を抜くよりも先に、背後を取った蘇芳丸が嶽山の太い足首腱に一太刀入れると、その傷口からは勢いよく鮮血が噴き出した。


 背中を取られるは武士の恥。冷静だった嶽山が怒りを露わにし、残された健側の足で即時に方向転換すると、低い体勢の蘇芳丸に向け刀を一気に振り下ろした!


 がきんっ!


 それを忍刀でなんとか受け止め、己の右腕が切り落とされるのを防ぐ蘇芳丸。


「こ、小僧! おのれ!」

「あっぶねぇ……っつうか、これでも動けるのかよ⁉︎」


 不殺を貫き、敵方を行動不能にする(すべ)として、先程は数多の風魔にこれを見舞った。その際、蘇芳丸へ反撃を返せた者は誰一人いなかった。


 鬼気迫る嶽山に一瞬怯むが、首をふるふると左右に振って弱気を追い払い、蘇芳丸が忍刀を構える。

 

 そして僅かずつ、じりじりと嶽山の左側へと移動する。片足に傷は与えたが、油断ならない相手だ。倒すならば確実さを狙いたい。そして蘇芳丸は阿呆だが、何度も同じ手を喰らう程の間抜けではない……はず。


「何遍も、沼の方ばっかに払い飛ばされてたまるかよ!」

「むっ‼︎」


 そう言うと、蘇芳丸は嶽山にとっての死角方向へ一気に駆け出し、そこから撹乱(かくらん)も兼ねて、急速に曲がり、飛び上がる!



 ざっ! ぼすんっ!


「へ?」

「小僧ーーーーっ!」


 大地に足が接地した瞬間、地面からくぐもった音が鳴り、蘇芳丸の身体が地表から忽然と消えた。


 今しがた、蘇芳丸が降り立った地点には、大きな穴がぽっかりと空いていた。その中にあったのは、鋭い切断面を上方に向けて設置された無数の竹罠!


 ひらりと舞い落ちた蘇芳丸の頭巾が、その竹の上に落ちると、汗を吸ったその重みで沈み、布面にざくざくと穴が空いた。


「ひ、ひぇぇ……」


 竹罠へ落ちた蘇芳丸の襟首を間一髪で引っ掴んだのは……嶽山だった。縁に身を乗り出し、太い腕で少年の軽い身体を支えている。


「ふぅ……」

「なっ⁉︎ なんで助けたんだよ⁉︎」

「手掛かりに死なれては困る、ただそれだけだ。そちらに落ちぬよう、配慮しておった儂の心配りを無碍(むげ)にしおって……」

「うっ……」


 ざっ……


 すると、動きの止まった嶽山の背後に汎が立ち、大きな肩越しに下を覗き込む。


(ほこり)に塗れた古典的な罠だな。大方、俺以外の忍びを雑魚(ざこ)と侮った風魔が、使おうと企んでいたんだろうが、ここは……城郭の外周に当たるのか? これは焼け落ちたあの城の名残りなんだろう?」

「鬼神……下手に動けばこの小僧を落とすぞ?」

「‼︎」


 だが、嶽山の脅しが聞こえているはずなのに、気にすることなく、汎がわざと嫌味ったらしい言葉を放つ。


「嶽山よ。お前の主君に会ったことは無ぇ……んだが……あぁ、そうそう思い出した。城の後片付けといった雑務なら、引き受けたわ。忘れてた。いやぁ、なにしろ十四年も経っているからなぁ……」

「何?」

「『城から鼠一匹逃がすな』やら『悪しき血を根絶やしにしろ』とかさ。まぁ、こんな世だ。何処で怨みや反感を買うなんざ分からんが、それはお互い様。気に食わねぇ忍び連中だったから、目障りな輩を片っ端から叩き斬ったんだわ。そのお陰で一銭も報酬にはならんかったぞ?」

「……は?」


 嶽山が体格に似合わない、間抜けな声を上げた。


「えっと……つまり……汎様が、この大男の仇を代わりに討ち取っていた……ってことですか?」


 嶽山が汎に気を取られている隙に、急いで罠から這い出た蘇芳丸が尋ねる。


「おう! そして、嶽山……お前は(もてあそ)ばれたんだよ」

「⁇」

「俺が忍び連中を消し去った夜、浅緋の里へ()()()と共に、久方ぶりの帰還を果たした。里の者は皆、知っている。当然、草兵衛も……全てを既に知っていたんだよ」

「そ……それは……そんなことは……」


 汎が何を言わんとするかを察し、嶽山の顔色が見る見る間に蒼褪める。


「それでは……わ……儂は……十四年もの間……何を……」

「無駄話は終わりだな」


 そう言うと、汎がひゅっと蘇芳丸の隣に立ち、少年の口元を覆う布をさっと顎へ引き下げた。


「えっ⁉︎」

「あの日、俺がこいつを拾ったんだよ、嶽山」

「て……天道丸様!」


 そう言って、嶽山はその場に崩れ落ち、そのまま深々と頭を下げたのだった。

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