武士②
蘇芳丸の反応に、嶽山がぴくりと眉を動かした。そして己の顎を撫でつけながら、狼狽える少年に問い掛ける。
「ほう……小僧。どうやら、お前はこの顔に見覚えがあるようだな?」
「うぐっ! お、お、俺は何も知らないぞーー!」
「正直に言えば、命だけは助けてやる……命だけ……」
「つ・ま・り、手足の一本二本は覚悟しとけってさ、蘇芳」
汎が蘇芳丸の後ろから補足する。そう、嶽山の言葉……裏を返せば、五体満足は保証しないという意味だ。己の欲する情報を相手方から吐かせるまで、拷問により身体を斬り刻むことなぞ厭わない、と。
「ようやくの手掛かり……儂はこの機を逃すわけにはいかぬのだ」
そう唸るように呟くと、嶽山は低く腰を落とし、抜刀の構え。左の親指が刀の鍔をかちゃりと鳴らした。
それを見て、汎が口を開く。
「ははっ、気合い入ってんな。おい、お前ら。奴の間合いに入れば即斬られる。取っ捕まるんじゃねぇぞ」
「「「はっ!」」」
三人は忍刀を構えた姿勢で、揃って声を返す。それをちらりと見遣ってから、汎が突如、一足飛びにその場を離れた。
ひゅんっ……すとっ!
着地したのは、木陰で蹲る梅丸のすぐ真横。
「?」
「そこの……嶽山と言ったな? ちょっと待っておれ、よっ!」
言いながら、右拳を振りかぶると、理性を失った少年の頭部に、汎が重い一撃を振り下ろした。
どごんっ!
殴られた少年はそのまま顔面を土に付け、ぴくりとも動かなくなった。
………………
「な、な、な、な⁉︎」
「えーーっ⁉︎ う、梅ーーっ⁉︎」
「汎様っ! な、何を⁉︎」
「何って……此奴に舌を噛み切られたら困るだろ? ただ眠らせただけだ。二人は全力で梅を守れよ」
「あ、いや、今の一撃のがだいぶ問題かと……」
「なんか言ったか、鉢?」
「いえ、何でもありません」
「で、で、で、では、敵方をお願い致します!」
鋼太郎が鉢ノ助の腕をぐいっと引っ張り、梅丸の元へと駆け寄る。それと入れ違いに、汎はまた蘇芳丸の横へと戻った。
「汎様が……保護を優先するなんて……」
「うちの子に土産話を聞かれた時、みすみす見殺しにしたとなれば顔向けできん。誰一人、欠けることなく里へと戻る。はぁ……引率ってのは面倒くせぇな。……っと、お前ら! 今のうちに着物は絞って乾かしておけよ! 感冒やら咳病になったら、ただじゃおかねぇからな!」
「「は、はいっ!」」
汎の思考の中心は常に若だ。それ故か、若不在の現状にて言い方は雑だが、配慮はかえって手厚い様相。
以前の汎では考えられない行動だが、愛しい我が子の存在が、鬼神をも人へと戻すのやもしれない。
己の言う通りに二人が行動するのを見遣り、汎はまた視線を前方の敵方、嶽山へと向ける。
「おい、待たせたな。いいぜ、始めろよ。お前の相手は……浅緋の忍び、この蘇芳丸だ」
名乗った武士への礼儀として、相手に名を伝え、少年の背をとんと押した。
「汎様……」
「お前は、ただ戦えばいい。単純な話なら、得意だろ? 死にそうになったら助けてやる、たぶんな」
「は、はいっ!」
蘇芳丸は改めて忍刀を構え直し、数歩前へと足を動かす。だが、武士と真っ向の斬り合いにおいて、忍びは分が悪い。刀の尺寸、忍びの刀は直線的で短い為、敵の間合いに一歩踏み入る必要があるからだ。苦無投げで隙を突いてから斬り込むにしても、相手が手練れであれば容赦なくいなされてしまう。そして……投げの精度が低い蘇芳丸は、最初からその選択肢を設けてはいない。
一度『待て』をされ、姿勢を戻していた嶽山も、再度構えを取る。律儀な武士と忍びが対峙し、二人は静かに向き合う。
「浅緋の者と相対し、刀を交えるのは……これで三度目か……」
「えっ?」
その言葉で、蘇芳丸の脳裏に、今は亡き大樹と亥ノ組の面々が思い浮かんだ。
「同志に、なんでも拾ってくる者がおってな……其奴が瀕死の忍びをわざわざ連れ帰ってきおった。儂は秩父の山中で斬り殺したと思うたのだが、なかなか屈強な身体をした奴でな……」
「大樹……」
「頑丈だからか、色々と薬を試されておったな。四肢を切断した身体で、どれだけ生き永らえるか……とか」
「てめぇーーーーーーっ‼︎」
嶽山の煽りで、蘇芳丸が容易く冷静さを失う。
「よくも大樹兄をーーーーっ‼︎」
ばっ! ひゅんっ! かきんっ!
怒りで正面から猪のように突っ込む蘇芳丸! だが、即座に反応した嶽山の抜刀で、少年の身体は側方へと派手に吹き飛ばされた。
「ぐあっ!」
「「蘇芳ーーーーっ⁉︎」」
鉢ノ助と鋼太郎が仲間の名を叫ぶ!
「くそっ!」
吹き飛ばされつつも空中で身を捻り、蘇芳丸は木の幹への直撃を免れる。そこを足場にして、またしても敵方へと斬り掛かる!
かきん! かきん! かきん! かきん!
「甘いな、小僧」
忍刀は斬り払うよりも突きに適する為、蘇芳丸の攻撃は嶽山に悉く刃で防がれ、弾かれる。
飛び掛かる際、地面から片足が離れる瞬間を見抜かれ、踏ん張りの効かない蘇芳丸はまたしても嶽山に飛ばされた。
ずささささささーーーーっ!
大地に片手と膝をつき、後方へと滑る身体を制動し、敵を下から睨みつける。
「くそっ! この馬鹿力め!」
「お前は猿か? ちょこまかと小賢しい……」
そう言いながら、嶽山がぐいっと袖を捲ると、傷だらけの太い前腕が露わになる。蘇芳丸に似た顔面は三十路くらいに見えるが、首や手元の皺がそれよりも刻まれた年輪を感じさせた。
「だいたい、俺に何を聞こうってんだよ⁉︎」
「……探し人だ」
「は?」
「天道丸様……いずれは天下人になると告げられた御子。彼の御方の忘れ形見……」
「おこ?」
首を傾げる蘇芳丸に見せつけるように、嶽山は自分の前髪をざっと掻き上げた。その額と生え際の間には、なにやら細かい縫い目のような傷痕。
「⁇」
すると、まるでぴんとこない少年とは異なり、汎がいきなり笑い声を上げた。
「はははっ! なるほどな。おい、お前のその面は……亡き主君の顔か?」
「え?」
「あぁ、そうだ。鬼神、お主も何か知っておるのだな?」
「は?」
二人の言っていることの意味が全く分からずに、蘇芳丸は嶽山と汎を交互に見比べるのだった。




