武士①
「甘っちょれぇのは、てめぇだよ。この糞野郎!」
「こ、鋼太郎⁉︎」
蘇芳丸が呼んだ名……それは敵方に、沼へと沈められた小心者の少年。だが今は、日頃の彼とは異なる様相を見せる。握る刀は是空を貫いたまま、狼の威嚇に似た表情で歯をひん剥き、眼前の背中を鋭く睨みつけていた。
「あれ? いつもの外套は?」
「‼︎」
蘇芳丸の言葉で、少年の殺気が更に膨れ上がる。
先刻の鋼太郎……水中で自由を奪われたままでは、沼底でただ魚の餌になり果てるのみ。溺れ死んでは堪らんと身を捩り、愛用の外套を泣く泣く諦め切り裂いていた。
そして、沼から這い出るとすぐに、霞消の術で気配を殺し、敵に悟られることなく戦場へと舞い戻っていたのだ。
しかし、水が滴るという不利を負っていては、本来、隠術の効果が半減する。ところがそこに、忍びとしては不適切で派手な気配を持つ蘇芳丸がいたことが、功を奏した。囮としては十二分の働きで、鋼太郎が是空を仕留めるに一役買ったのだ。
がしっ!
「おい、鎮まれ鋼太郎! お気に入りはまた一から集めていけよな? な?」
「は、鉢……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーっ‼︎」
鋼太郎よりも先に沼中に潜水していた鉢ノ助も機を見計らい、地上へと戻っていた。そして、荒れた少年に背後から抱きつき宥める。
やり場のない苛立ちで、本来の性格が表に出てきていた鋼太郎は、溜まった鬱憤を全部吐き出すように大声を上げた。
「はぁ……わ、わ、わ、分かったよ……全部が終わったら、また……こ、ここに寄ってもいいかなぁ? ふ、風魔の暗器を回収して、新しい僕の苦無に作り変えたいよぉ……」
「おう、鋼太郎。終わったらお前の好きにして構わん。ちゃんと里に帰るなら、若から文句は出るまい」
里長の許しが下り、ほっと安堵した少年は、突き刺した刀を敵の背中からさっと抜き取る。支えを失った骸は、ぐにゃりと前方へ傾き、そのまま地面に崩れ落ちた。
蘇芳丸は立ち上がり、二人の元へと駆け寄る。
「あぁ……鋼太郎も鉢も……やっぱ、生きてたよな! そうだよな。良かった……」
「す、蘇芳のお陰だよ……」
「「おかげ?」」
鋼太郎の言葉の意味が理解できない二人は、揃って首を傾げた。
すると、音もなく背後に寄っていた汎が鉢ノ助の傾いた頭と、鋼太郎の縮まった首をがしっと鷲掴む。
「鉢は湿気って使えねぇ、鋼太郎も大半の武器を失くしてだらしねぇ。役立たず共は、そこのお守りでもやっておけ」
「「は、はひっ!」」
そう言って、木陰で頭を抱え蹲る少年を汎が顎で指し示した。
怯える二人、返事の声が仲良く裏返った。ただ、もっと重たい叱責を想像していた為か、表情には微かに心弛びが滲んだ。
「それにしても……総大将じゃねぇとはいえ、風魔の忍びの一隊を率いていた頭にしちゃ、あまりに呆気ない終わりだったな」
「てっきり、あの大男が後ろから刺したのかと……」
鋼太郎と鉢ノ助の気配に気づいていなかった蘇芳丸が、ちらりと嶽山に視線を向ける。この場の風魔が全滅したというのに、目を閉じた大男は岩のように、いまだ動かない。
「ただ、蘇芳の使い途については一つ、収穫だ。うちの子に良い土産話が出来たな。ははっ、礼を言いたい気分だ! ……おい! 此奴の名は何と言う?」
汎が場にそぐわない明るい声で、敵の大男……嶽山に話を振った。
その言葉を聞き、大男がゆっくり腕組みを解いた。それと同時に、辰ノ組の三人がさっと身構える。
「其奴の名は……『是空』だ。どうか、覚えておいてやってくれ」
静かにそう答えを返し……大男が一礼する。
「「「「⁉︎」」」」
嶽山の予想外な行動に、浅緋の忍び達は揃って驚き、眉を顰めた。
「儂らは仲間では無い……だが、其奴なりに信念を持って生きていたのを儂は知っている……それは、汲んでやりたい」
「ははっ! その言い方……まるで武士だな」
「あぁ……」
汎の言葉に同意すると、嶽山は口元を隠す覆い布をそっと剥ぎ取り、身につけていた忍び装束を全て脱ぎ捨てた。
ばさっ……
そこに現れたのは、着物に袴を履いた一人の大柄な……武士。
「我が名は嶽山。おい、そこの小僧! 儂は武士……斬るならば、正面から叩き斬る。背後から命を狙う、姑息な忍びとは相容れない!」
ちゃきっ!
言葉を放ちながら、腰に差した刀の鍔を鳴らした。それを見て、汎がひゅうっと口笛を鳴らす。
「はっ! 冗談のつもりだったが真実とは…… だが、俺はお前を知らんぞ。標的は我等では無かろう? 美都利の狙いは俺、もしくは怪我を負わせたじいで、草兵衛と芹の狙いも俺、風魔の狙いも同じく……」
「全部、見事に汎様だな」
「五月蝿ぇぞ、鉢!」
「き、き、き、斬りまくっていて、大男のことを覚えてないだけじゃないですか?」
「鋼太郎……後で覚えてやがれよ」
「ひっ! す、す、す、すみません!」
涙目で汎から視線を移した鋼太郎がぴたりと、その動きを止める。少年の視線の先には蘇芳丸、そしてその奥に嶽山の顔が、遠近ながらも横並びとなった。
「か、か、か、か、か……」
少年は思い出したのだ。屋敷で胡桃が描いた似絵を見た時のことを……二人の顔がかなり似通っていた。だが、敵に悟られてはいけないと、それ以上の言葉は喉奥に封じ込める。
蘇芳丸の顔は、忍びの覆面でまだ嶽山には割れていない。
だが、当の本人が驚きの声を上げてしまった。
「なっ⁉︎ お前、なんだ、その顔はーーっ⁉︎」




