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忍リクルート  作者: 枝久
十二、

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是空

 どぼんっ!


 火打ち鉄甲の破片を散らしながら、鉢ノ助の身体は空高く吹き飛び、沼へと墜落する。それを見て蘇芳丸が叫び声を上げた。


「鉢ーーーーーーっ!」

「言っておくが……風魔の彼奴(あやつ)、強いぞ」

「そ、そ、そ、それはもっと早く言って下さい、汎様っ!」

 

 梅丸を背負った鋼太郎が、青褪めた顔で里長を振り返る。


「あ、あの野郎……よくも鉢を!」


 仲間を斬られ怒りに震える蘇芳丸。その二つの目が鋭く睨みつける先では、忍刀を握る手を軽く返しながら、是空が水面を見つめていた。


「ふん、自分で飛んだか。随分と勘のいい餓鬼だ」


 その呟きと同時に、沼の深みから無数の気泡が湧き上がる。


 ぼこぼこぼこぼこぼこぼこ……ざばーーっ!


「ぷはぁーーっ! あぁ! 俺の鉄甲がぁぁっ⁉︎」

「鉢っ⁉︎ お前、斬られたんじゃ……」


 沼に落とされた少年が勢いよく水中から顔を出した。さして驚く素振りが是空にみられなかったのは、奴の刀に肉を斬った手応えがなかったからだろう。


「はっ! 水で濡れたら、火薬小僧はまるで役に立たんな」


 是空が鼻を鳴らして言い捨てる。さっと手首を振り、苦無を袖口から掌へ滑らすと、即座にそれを鉢ノ助へ向けて放った!


 ひゅん! ばしゃん!


 鉢ノ助もまた、それへ瞬時に反応し、沼中に自ら沈み回避する。

 仕留め損ねた少年の残した泡を一瞥(いちべつ)してから、是空は右手に持った忍刀の柄に己の左手をそっと這わす。

 

 ちゃきっ!


「そこそこの速さに、技術が加わりゃ石をも軽く砕く。次、来るぞ」


 自身を最終の標的だと位置づけている汎は、まるで他人事のように、鋼太郎と蘇芳丸に向かって告げる。


 その言葉の通り、瞬きする間も無く、鋼太郎の目の前には是空が現れた。仲間を背負っている分の(かせ)がある少年の方に照準を合わせてきたのだ。


「!」


 だが、蘇芳丸よりも数段、小心者で慎重な少年はそれを見越し、敵の刃を己の愛刀で受け止める。


 かきんっ!


「ほぅ、止めたか」

「はっ!」


 かんっ!


 刀を押し返すと同時に、至近距離で無数の苦無を敵に向けて鋼太郎が一斉に放つ!


「はっ!」


 がしゃん! からん、からん、からん……


 是空は刀の一閃でそれを一つ残らず地面へ叩き落とすと、その勢いのまま前方へと踏み込み、後方に飛び去ろうと地面を蹴った鋼太郎の外套の裾を捕まえた。


「なっ!」

蝙蝠(かわほり)小僧。こんな重しを抱えて戦の地を踏むなぞ、浅緋の若造は阿呆なのか? そんな……そんな者共に、我らは……」

「くっ!」


  咄嗟に梅丸を自分の背から外し、その怪力で遠くへと投げ飛ばす。蘇芳丸が俊足でそれに追いつき、心ここに在らずな仲間を抱きかかえて大地を転がった。


 がしっ!


 この鋼太郎の一動作は、敵にとって恰好の好機。重しの如き外套で鋼太郎の身を素早く締め上げると、そのまま沼へと投げ落とした。


「あぁっ!」


 どぼーーんっ!


「鋼太郎ーーーーーーっ!」

「お前らも……目の前で仲間を殺される痛みを味わうがいい」

「はっ、残念だったな! 汎様は、俺らが死んでも……何とも思わないっ!」

「ははっ! 違えねぇな!」


 是空の言葉に蘇芳丸が堂々と答え、それを聞いた汎も肯定する。


「おい。お前らみてぇな名の知れた乱波(らっぱ)が、武蔵の外れでひっそり営む弱小の田舎里を虐めてんじゃねえよ。っつうか、風魔の総大将は今頃、小田原でねんごろか?」

「ふん。安い挑発には乗らん」

「らっぱ?」


 言葉の一つが理解出来なかったのか、頭に疑問符を浮かべて蘇芳丸が首を傾げる。


「戦国大名に扶持(ふち)された軍団のことだ」

「ふち?」

俸禄(ほうろく)を支給して臣下においている……って、蘇芳。おいてめぇ、いい加減にしろよな? あぁ……こんな阿呆相手にしなきゃならんなんて、うちの可愛い子が不憫(ふびん)で仕様がない」

「うっ! も、申し訳ございません……」


 己の嘆きで知恵の足りない少年が縮こまる。溜息を吐き出しそれを見遣ってから、汎は是空に視線を向けた。


此奴(こやつ)らは元を辿れば、夜討ちで暴れ回る野盗共。そんなのの(かしら)が人でありたいなんざ、片腹痛いわ。そういや、幻術も得意と聞く……うちの草兵衛と芹を(かどわ)かしたのは……お前か?」

「……は? ふ……ふざけるな! 彼奴(あやつ)等は気が触れておる! 浅緋の里は一体どうなっておるのだーーっ⁉︎」


 鎌かけた言葉に是空が激昂する。それが己の想定外の反応だったのか、汎がぴくりと眉を(ひそ)めた。


「何?」

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」


 かきんっ!


 その時、梅丸を木陰に下ろした蘇芳丸が、不毛な会話を叩き切るように、是空へと斬りかかる!

鉢ノ助と鋼太郎を沼へ落とした憎き敵を相手に、呑気に話をしていることの方が異常なのだ。



 かきん! かきん! かきん! かきん!


 是空と激しく刃を合わせて、蘇芳丸が()える。


「おい、お前! 言ってることとやってることが全然違うだろうがーーっ! じゃあなんで、仲間が斬られているのに助けに来ない? 大切な者を守ろうとしない? 結局、お前は風魔の仲間達を自分の『駒』としか思っていなかったんだろうがっ!」

「何だと⁉︎」

「本当に何よりも大切なら、てめえ自身で守れよ! 助けろよ! 戦えよ! 忍びの矜持で助太刀(すけだち)無用とでも言いたいか? 俺たちの主はなぁ、どんな時だって誰の命も取り溢さないように足掻(あが)くんだ!」

 

 かきーーんっ! くるくるくる……とすっ!


蘇芳丸の一振りで是空の忍刀が空高く弾き飛ばされ、地面に突き刺さる。


 ざしゅ!


 さらに、確実な太刀で是空の両手首の腱を切断すると、蘇芳丸は刀を敵の首にぴたりと密着させた。


「ぐあっ……手が……」

「頼むから動くなよ〜〜首が落ちちまうぞ〜〜」

「……こんな餓鬼にやられるなんて……生き恥……一思いに、殺せ」

「失礼だな、あんた。俺は強えんだよ」


 両手をだらりと垂れ下げた是空から目を離すことなく、蘇芳丸が言い放つ。


「ま、蘇芳がさっき言った通りだ。お前の高潔な信念はご立派だが、それに付き従った奴はどれだけいた? お前と同じ高みにまで到達した者は?」

「……」

「一人のみ強くとも、乱世は生き残れやしない。上の者の考えなぞ、理解されない。やればやるほど空回り、終いにゃ、むしろ己の不甲斐なささえ感じる……だが、全ては仕方のないことだ」


 それは、鬼神である里長自身の思いの吐露だ。


「信念か……夜襲とあらば、眠れる者は夢の中で殺し、相対した者は苦しまぬよう一太刀であの世へ送る……それが忍びの流儀と思い、やってきた。だが、あの童共は……怯えた顔が頭から離れぬ」


「なんか……悪い奴のくせに、よくわかんねぇ奴だな」

「どちらも己が『義』だ。相対すれば『敵』……『悪』なぞ元からいない」

「はぁ……よくわかんねぇ……」


 蘇芳丸が、溜息混じりにそう溢した。


 この彼の油断を、是空はけして見逃さなかった。体躯を反転して一瞬で背中へと回り込むと、蹴撃を喰らわし、間抜けな少年の身体を派手に地べたへと吹っ飛ばした!


 どごんっ!


「ぐあっ!」


 それを横目で見ていた汎が、呆れたように呟いた。


「……阿呆め。抜けておるからだ」

「ははっ! 浅緋の者はてんで甘っちょろいなぁ!」


 ざしゅ!


 次の瞬間……血で紅く染まった鋭い刀身が、是空の胸から突き出ていた。

俸禄 : 給料

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