是空
どぼんっ!
火打ち鉄甲の破片を散らしながら、鉢ノ助の身体は空高く吹き飛び、沼へと墜落する。それを見て蘇芳丸が叫び声を上げた。
「鉢ーーーーーーっ!」
「言っておくが……風魔の彼奴、強いぞ」
「そ、そ、そ、それはもっと早く言って下さい、汎様っ!」
梅丸を背負った鋼太郎が、青褪めた顔で里長を振り返る。
「あ、あの野郎……よくも鉢を!」
仲間を斬られ怒りに震える蘇芳丸。その二つの目が鋭く睨みつける先では、忍刀を握る手を軽く返しながら、是空が水面を見つめていた。
「ふん、自分で飛んだか。随分と勘のいい餓鬼だ」
その呟きと同時に、沼の深みから無数の気泡が湧き上がる。
ぼこぼこぼこぼこぼこぼこ……ざばーーっ!
「ぷはぁーーっ! あぁ! 俺の鉄甲がぁぁっ⁉︎」
「鉢っ⁉︎ お前、斬られたんじゃ……」
沼に落とされた少年が勢いよく水中から顔を出した。さして驚く素振りが是空にみられなかったのは、奴の刀に肉を斬った手応えがなかったからだろう。
「はっ! 水で濡れたら、火薬小僧はまるで役に立たんな」
是空が鼻を鳴らして言い捨てる。さっと手首を振り、苦無を袖口から掌へ滑らすと、即座にそれを鉢ノ助へ向けて放った!
ひゅん! ばしゃん!
鉢ノ助もまた、それへ瞬時に反応し、沼中に自ら沈み回避する。
仕留め損ねた少年の残した泡を一瞥してから、是空は右手に持った忍刀の柄に己の左手をそっと這わす。
ちゃきっ!
「そこそこの速さに、技術が加わりゃ石をも軽く砕く。次、来るぞ」
自身を最終の標的だと位置づけている汎は、まるで他人事のように、鋼太郎と蘇芳丸に向かって告げる。
その言葉の通り、瞬きする間も無く、鋼太郎の目の前には是空が現れた。仲間を背負っている分の枷がある少年の方に照準を合わせてきたのだ。
「!」
だが、蘇芳丸よりも数段、小心者で慎重な少年はそれを見越し、敵の刃を己の愛刀で受け止める。
かきんっ!
「ほぅ、止めたか」
「はっ!」
かんっ!
刀を押し返すと同時に、至近距離で無数の苦無を敵に向けて鋼太郎が一斉に放つ!
「はっ!」
がしゃん! からん、からん、からん……
是空は刀の一閃でそれを一つ残らず地面へ叩き落とすと、その勢いのまま前方へと踏み込み、後方に飛び去ろうと地面を蹴った鋼太郎の外套の裾を捕まえた。
「なっ!」
「蝙蝠小僧。こんな重しを抱えて戦の地を踏むなぞ、浅緋の若造は阿呆なのか? そんな……そんな者共に、我らは……」
「くっ!」
咄嗟に梅丸を自分の背から外し、その怪力で遠くへと投げ飛ばす。蘇芳丸が俊足でそれに追いつき、心ここに在らずな仲間を抱きかかえて大地を転がった。
がしっ!
この鋼太郎の一動作は、敵にとって恰好の好機。重しの如き外套で鋼太郎の身を素早く締め上げると、そのまま沼へと投げ落とした。
「あぁっ!」
どぼーーんっ!
「鋼太郎ーーーーーーっ!」
「お前らも……目の前で仲間を殺される痛みを味わうがいい」
「はっ、残念だったな! 汎様は、俺らが死んでも……何とも思わないっ!」
「ははっ! 違えねぇな!」
是空の言葉に蘇芳丸が堂々と答え、それを聞いた汎も肯定する。
「おい。お前らみてぇな名の知れた乱波が、武蔵の外れでひっそり営む弱小の田舎里を虐めてんじゃねえよ。っつうか、風魔の総大将は今頃、小田原でねんごろか?」
「ふん。安い挑発には乗らん」
「らっぱ?」
言葉の一つが理解出来なかったのか、頭に疑問符を浮かべて蘇芳丸が首を傾げる。
「戦国大名に扶持された軍団のことだ」
「ふち?」
「俸禄を支給して臣下においている……って、蘇芳。おいてめぇ、いい加減にしろよな? あぁ……こんな阿呆相手にしなきゃならんなんて、うちの可愛い子が不憫で仕様がない」
「うっ! も、申し訳ございません……」
己の嘆きで知恵の足りない少年が縮こまる。溜息を吐き出しそれを見遣ってから、汎は是空に視線を向けた。
「此奴らは元を辿れば、夜討ちで暴れ回る野盗共。そんなのの頭が人でありたいなんざ、片腹痛いわ。そういや、幻術も得意と聞く……うちの草兵衛と芹を拐かしたのは……お前か?」
「……は? ふ……ふざけるな! 彼奴等は気が触れておる! 浅緋の里は一体どうなっておるのだーーっ⁉︎」
鎌かけた言葉に是空が激昂する。それが己の想定外の反応だったのか、汎がぴくりと眉を顰めた。
「何?」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
かきんっ!
その時、梅丸を木陰に下ろした蘇芳丸が、不毛な会話を叩き切るように、是空へと斬りかかる!
鉢ノ助と鋼太郎を沼へ落とした憎き敵を相手に、呑気に話をしていることの方が異常なのだ。
かきん! かきん! かきん! かきん!
是空と激しく刃を合わせて、蘇芳丸が吼える。
「おい、お前! 言ってることとやってることが全然違うだろうがーーっ! じゃあなんで、仲間が斬られているのに助けに来ない? 大切な者を守ろうとしない? 結局、お前は風魔の仲間達を自分の『駒』としか思っていなかったんだろうがっ!」
「何だと⁉︎」
「本当に何よりも大切なら、てめえ自身で守れよ! 助けろよ! 戦えよ! 忍びの矜持で助太刀無用とでも言いたいか? 俺たちの主はなぁ、どんな時だって誰の命も取り溢さないように足掻くんだ!」
かきーーんっ! くるくるくる……とすっ!
蘇芳丸の一振りで是空の忍刀が空高く弾き飛ばされ、地面に突き刺さる。
ざしゅ!
さらに、確実な太刀で是空の両手首の腱を切断すると、蘇芳丸は刀を敵の首にぴたりと密着させた。
「ぐあっ……手が……」
「頼むから動くなよ〜〜首が落ちちまうぞ〜〜」
「……こんな餓鬼にやられるなんて……生き恥……一思いに、殺せ」
「失礼だな、あんた。俺は強えんだよ」
両手をだらりと垂れ下げた是空から目を離すことなく、蘇芳丸が言い放つ。
「ま、蘇芳がさっき言った通りだ。お前の高潔な信念はご立派だが、それに付き従った奴はどれだけいた? お前と同じ高みにまで到達した者は?」
「……」
「一人のみ強くとも、乱世は生き残れやしない。上の者の考えなぞ、理解されない。やればやるほど空回り、終いにゃ、むしろ己の不甲斐なささえ感じる……だが、全ては仕方のないことだ」
それは、鬼神である里長自身の思いの吐露だ。
「信念か……夜襲とあらば、眠れる者は夢の中で殺し、相対した者は苦しまぬよう一太刀であの世へ送る……それが忍びの流儀と思い、やってきた。だが、あの童共は……怯えた顔が頭から離れぬ」
「なんか……悪い奴のくせに、よくわかんねぇ奴だな」
「どちらも己が『義』だ。相対すれば『敵』……『悪』なぞ元からいない」
「はぁ……よくわかんねぇ……」
蘇芳丸が、溜息混じりにそう溢した。
この彼の油断を、是空はけして見逃さなかった。体躯を反転して一瞬で背中へと回り込むと、蹴撃を喰らわし、間抜けな少年の身体を派手に地べたへと吹っ飛ばした!
どごんっ!
「ぐあっ!」
それを横目で見ていた汎が、呆れたように呟いた。
「……阿呆め。抜けておるからだ」
「ははっ! 浅緋の者はてんで甘っちょろいなぁ!」
ざしゅ!
次の瞬間……血で紅く染まった鋭い刀身が、是空の胸から突き出ていた。
俸禄 : 給料




