沼東の衝突③
どぉぉぉぉぉんっ‼︎
先程の炮烙玉よりも大きな爆撃音と共に、黒煙が濛々と立ち昇る。
今しがた梅丸が立っていた場所は草と土が見事に吹き飛び、その抉れた地面には無数の炭のような肉塊が散らばっていた。
それを見て、風魔の忍びが高らかに笑う。
「一匹仕留めたぞ! ふははははは……ぐぁっ!」
どさっ……
忍びの下卑た笑いがぶつりと途切れる。
黒達磨のような少年の放った苦無が、その敵方の眉間を綺麗に貫いたからだ。
「あ、あ、あ、あぶなかったね……」
「うぐっ……はぁはぁ、悪い! 助かった!」
鋼太郎の腕に抱えられた梅丸の顔に、ばさりと重たい外套が纏わりつく。
一瞬、呼吸が出来ずにもたつきながらも、庇ってくれた相手へ素直に礼を返した。
投げられた童が爆ぜる寸前、鋼太郎が梅丸を抱え飛び、そこから反転の勢いを利用して暗器を風魔目掛けて放ったのだ。
どんな体勢からであっても対象を射抜く命中力……けして本人の素質のみならず、日々の努力が合わさった賜物である。
「それにしても……ひ、酷いことをするね……」
「あぁ……」
焼け焦げた破片を見つめる二人の脳裏には、里に来てまだ日の浅い樹丸の顔が浮かんでいた。
腹に火薬を詰められた、人間炮烙玉の少年……華々しく散る為だけに作られた、元筑貢の使い捨ての駒。
ひゅぅん……とさっ……
「「?」」
身を寄せ合う二人の目の前に、空から何かが降ってきた。
黒い枯れ枝のようだが、よく見るとそれは……今、炭と化したばかりの童の……吹き飛ばされた小さな小さな右の手だった。
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーっ‼︎」
「なっ⁉︎」
小心者の鋼太郎が今日一番の大声を上げた!
「うぅっ‼︎」
だが、その隣……梅丸の様子が何やらおかしい。
いつもなら即座に『五月蝿え!』と鋼太郎を怒鳴りつける少年が、片手を地面に着き、反対の手で頭部を強く押さえながら低い声で呻いていた。
「あ……あう……あ……あぁ……」
「ど、ど、ど、どしたの?」
慌てて鋼太郎が梅丸の両頬を包んで覗き込む。
大きな黒目は小さく縮み、左右小刻みにぐらぐらと揺れていた。
その焦点の合わない瞳と共に、半開きとなった口からは荒い呼吸が漏れ、涎は顎を伝って垂れ流されていた。
「梅⁉︎」
かきんっ! かきんっ!
風魔と刃を交えていた蘇芳丸が、梅丸の異変に気づき声を上げる!
「お、おい! 大丈夫か⁉︎」
「くそっ、貴様! どこを見てやがる!」
「うっせぇぇーーーーっ!」
がつっ!
蘇芳丸が鍔迫り合いを制し、敵の刀を押し返す!
そこから目にも止まらぬ動きで即、その場へしゃがみこむと、地面擦れ擦れの低位置にて風魔の両足腱を素早く断ち斬った!
ざしゅっ!
「ぐぁぁぁっ! おのれ、くそ餓鬼がぁぁぁっ!」
動けぬ忍びをその場に捨て置き、蘇芳丸は二人の方に慌てて駆け出す。
どぉぉぉぉんっ!
それとほぼ同時に、鉢ノ助も派手な爆撃音を鳴らし、二人の元へ駆け付ける!
彼も蘇芳丸同様、仲間の動きは視界の端に入れていた。
それゆえ、立ち込める煙の中から姿を現した瞬間の顔は、ひどく青褪めていた。
「ひっ!」
今の爆発の振動で、梅丸がまた痩せた身体をびくりと大きく震わせ縮こまる。
その両肩をがしっと掴み、鉢ノ助が丸まった少年を前後に揺すぶった。
「お、おい、どうした? 煙に混じって、なんか変な薬でも吸い込んじまったか? あれ? でも、お前は何ともないのか?」
そう言って、隣の鋼太郎に尋ねる。
「よ、よく分かんないよぉ。な、なんか急にこんな風になっちゃって……」
そこに蘇芳丸も一拍遅れて駆け付ける。
「おい、梅! 大丈夫か?」
「放っておけ」
その時、辰ノ組の背後から、汎が静かに言い捨てた。
「「「⁉︎」」」
いつの間に斬り落としたのか……直前に蘇芳丸が動きを封じた忍びの頭部を愛刀の先に突き刺しながら、汎が面倒くさそうに舌打ちをする。
「ちっ、記憶の蓋が開いたか。おい! そいつは端っこにでも蹴り飛ばしておけ! 胡桃が戻るまで、俺らではどうにもならん。とりあえず……さっさとあの二匹、とっ捕まえるぞ!」
「「「は、はい!」」」
ざっ!
三人が立ち上がり、前を向く。
里長の言葉通り、既にここ沼東の草っ原に立つ敵方は、是空と嶽山のみとなっていた。
溜息を吐き出す嶽山の隣では、是空がわなわなと全身を震わしている……これは……激しい怒りだ。
仲間を失った風魔の頭領は、背中から忍び刀を引き抜くと、仇敵にそれを向け声を張り上げた。
「お前だけは……差し違えてでも殺すっ!」
だが、是空の渾身の言葉を汎が鼻で笑う。
「はぁ? お前は阿呆なのか? それとも頑固者か? 風魔の矜持かなんだか知らんが、数で勝てると思うてる時点でお前の負けだ。散れ」
人を軽んじるようなその言い草で、さらに是空が激昂する。
「俺は忍びだ! 人だ! こんな……こんな……童の命を粗雑に扱うなんて……草兵衛門も芹も美都利も……彼奴等は全員狂っている! おい、嶽山!」
「なんじゃ?」
「……お前も……彼方側なのか?」
そう、悲しげに呟く是空に、嶽山はこともなげに言い放った。
「私がこの世で大切なのは、ただお一人、天道丸様だけだ。拾った童なぞ、どうでもよい」
「……あぁ、そうだ……そうだったよな。我等は別に仲間ではない……目的の為だけの同志」
「是空よ……風魔衆がけして弱かったわけではない。人が神に挑むのだ。鬼神……鬼の如き男。お前も人を捨てねばならんかったのに……」
慰めではなく真理をついた嶽山の言葉に、是空は小さく頷いた。
ここからまだ距離のある敵方の様子を眺め、蘇芳丸が首を捻る。
「なんだ? あいつら……叫んだと思ったら、今度はぼそぼそ……内緒話でもしてんのか?」
「油断してんなよ、蘇芳……来るぞ」
「「「⁉︎」」」
それは一瞬だった。
汎の言葉の直後、一陣の風が吹いた……かと思った次の瞬間、両前腕の鉄甲を割られた鉢ノ助が空高く吹き飛ばされ、沼に落ちたのだった。
「鉢ーーーーっ⁉︎」




