川の字
「……か、若? おーい?」
「はっ!」
呼びかけてくる声に気づいて顔を上げると、目の前には里長屋敷があった。
ぼんやりとしたままに足だけは動かし、いつの間にか到着していたようだ。
私の顔を覗き込みながら、蘇芳丸がにやにやと笑う。
「なんだ? お前、歩きながら寝てたのか? ははっ、夜中まで起きてらんないなんて、小せぇ童と同じじゃねぇか……ぐはっ!」
ごん! ぐしゃ!
私を揶揄う蘇芳丸は、言葉の途中で父上と胡桃の二人から同時に潰された。
……いつも通りの軽口を叩くからだ。
もう少し周りを見てから発言しろ、阿呆め。
「ひゃっ!」
蘇芳丸の隣で見ていた梅丸は、無惨にも潰された少年を見て驚いた……ような素振りを見せている。
だが、口元を手で覆い隠しているが……その手の下は、小馬鹿にしたような顔を浮かべているはず。
……お前も、もう少し上手くやれんもんか?
小さく溜息を吐き出してから、蘇芳丸の腕を掴み、ぐいっと引き起こした。
「痛ててっ……」
「寝る前に着物を汚す奴があるか、馬鹿たれ」
「……」
『俺のせいじゃねぇ!』と言いたげな目をしているが、余計なことを言わぬよう、口を真一文字にして噤んでいる。
草履を脱ぎ、框を上がると、今度は梅丸が私に向けて小首を傾げながら声を発した。
「ねぇ、若。あの二人に術かけたから、また空っぽになっちゃったの? 言ってくれれば、梅が背負ってあげたのにぃ〜〜」
「……」
私は無言で、梅丸の小さな額を指先で弾いた。
ぺしんっ!
「きゃんっ!」
「阿呆なこと言ってないで、さっさと休むぞ。父上、胡桃、どうぞお休みください」
「うむ」
「では、明朝に……」
頭を下げ、廊下で別れ、其々が自室へと進む。
簡素な寝支度をして、布団を敷き、床に入って目を閉じた……が、なかなか寝付けない。
真夜中、静かな屋敷の中には、深い眠りについている子供らの寝息が耳に響いてきた。
これから、泉丸を狙いにまた刺客が来る。
彼の命を奪うまで、幾度でも幾度でも送り込んでくるだろう。
里を守る者達と、筑貢達の策略を潰しに行く者と……編成が必要になる。
これは、戦だ。
「私は……どちらに組まれるか……」
瞼を開き、天井を見つめ……布団からそっと身体を起こした。
◇
布団を抱え、廊下を進み、目的の部屋前で足を止める。
こんこんっ……
戸を軽く叩き、まだ起きている様子の室内の者に声を掛けた。
「……入るぞ」
「「⁉︎」」
返事を待たずに戸を開けて中へ入ると、暗闇で二人揃って首をこちらに向けたのが分かった。
……珍しく、大声を上げなかったな、蘇芳丸。
「な、何してんだよ?」
「若、どぉしたのぉ〜〜?」
「……」
すたすたすた……とすん!
ひそひそと小声で掛けられた問いには答えず、二人の布団の間へと進み、己の布団で真ん中を陣取った。
三つの布団が川の字に並ぶ。
中央の布団に横たわって、私は静かに口を開いた。
「お前達はまだ元服前だが……稲刈りを終わらせたらすぐ、任務に出てもらわなければならぬと思ってな……」
私の言葉を受け、蘇芳丸が力強く答える。
「おう! 任せとけ! 絶対、筑貢を倒す!」
「……お前一人で乗り込ませるわけじゃないから、とりあえず、まぁ落ち着け……」
「仲間の幹兵衛が行方知れずなのに、梅達を里にお留守番させるわけないもんねぇ? でもさぁ……」
ふいに梅丸の声が陰る。
「何だ、梅?」
「ねぇ、若。幹兵衛達は……捕まえたら……殺すの?」
「……私が……彼奴等を殺したがってるように見えるのか?」
逆に問いかけると、梅丸はふるふると首を横に振るように頭を転がした。
「彼奴の毒は……私の身代わりで負ったものだ。まだ私は……幹兵衛に償いすら出来ていない」
「そっかぁ……」
「なぁなぁ。幹兵衛の父ちゃん母ちゃんも、あいつを助けたくって敵に寝返ったんだろ? だったらさぁ……筑貢も風魔もぶっ倒して、幹兵衛の解毒方法を聞き出して、そんでもって木賊家の皆を里に連れ帰れば、家族揃ってお咎め無しでもいいんじゃないか?」
真実はまだ、里の皆には伏せてある。
集会ではあくまでも『間者が草兵衛殿と芹殿だ』ということだけを伝えた。
幹兵衛の犯したこと、二人が筑貢と手を組み医術を利用して暗躍していること……それらを知らせては皆の統率が乱れる。
何よりも……全てを詳らかにすることで、心を痛める者達が大勢いる。
……まだ、言えない。
「お咎め無し、か……そうだといいんだがな」
素直に語れる蘇芳丸を少し、羨ましく思った。
私は言葉を曖昧に濁し、ごろりと身体を動かして彼に背中を向けた。
先程から静かになった梅丸も戸の方を向いて身体を丸くしている……もう、眠いのだろう。
「私は……ただ……また、里の皆と平穏に暮らしたい……それだけが願いだよ。蘇芳、梅……」
………………
「ぐぅ」
「すぅすぅ……」
「……寝たか」
二人の寝顔を見遣ってから、私も夢の中へと落ちていった。
◇◇◇◇
「ここは……一体……?」
ぽつりと呟き、ぼんやりとした眼で辺りを見回す。
どこまでも深く深く……切れ間のない闇が広がりゆく空間……だが、不思議と寒くも怖くも無い。
………………
あぁ……きっとここは……夢の中なのだろう。
どこか冷静な頭の一部がそう私に囁き教える。
『和迦……』
ふいに私の名を呼ぶ、よく知る声が聞こえた。
「……これも幻聴なんだろう? なぁ、幹兵衛」
声のした方を振り向くと、眼鏡の少年が闇の中で佇んでいた。
『罪人である僕の……こんな屑のような命を賭して……それでも……朽ち果てる最期まで闘うと誓うよ』
いつもの辿々しげな口振りとは違う。
聡明な本来の彼とも言うべき声音。
『ごめんねぇ、若ぁ……』
『すまぬ……』
また、別な二つの声が聞こえ、はっと振り返るとそこには草兵衛殿と芹殿の姿があった。
肩を寄せ合い、申し訳なさそうに俯いている様が、なんとも痛々しい。
……これは……夢なのか?
それとも……これが、何かの術であり、私の夢を通して伝えてきているのか?
何方かは分からぬな。
かしゃん……からから……
「?」
乾いた音が響き、視線をそちらに動かすと、無数の髑髏の山からその骨片が崩れて転がる。
……数多の屍の上に成り立っている世界。
それが我等、忍びの生きる道。
私はそっと一歩、足を踏み出す。
すると三人の姿は、ふうっと闇に溶け、消えた。
「見つけるよ、すぐに……私から会いに行くから……」
……ただただ、今は……血が通った貴方達と、面と向かって話がしたい……それだけを、切に願うよ。




