戻りし者、帰らぬ者③
皆の視線を一身に受け、鋼太郎はさっと肩を窄めた……と思われる。
いつもの暗器仕込みの黒外套を羽織っているので、憶測だ。
ただ、黒達磨が一回り小さくなったような印象を受ける。
私は溜息と共に一つ、彼に尋ねた。
「お前は……幹兵衛が『それ』を作る際も手伝っていたのだな?」
「……は、は、は、はひっ!」
くしゃくしゃな藍よりも青ざめた顔で、か細い返事をこちらに返してくる……今にも消え入りそうな声。
涙は最早、目から溢れる寸前だ。
………………
ええい! 鋼太郎!
忍びならもう少し、しゃんと致せ!
「別に報告が無かったことを責めてはおらん。幹兵衛……彼奴は……何か言っていたか?」
「え、えっと……あ……こ、これが……『筑貢の毒を受けた自分の出来る罪滅ぼし』……って……血を抜くのを手伝っていた時、そう言っていました」
「……そうか」
鋼太郎の言葉を聞き、思わず私は藍鉄色の空を仰いだ。
「う……」
「うぅっ……」
「鏑矢! 鎖紅!」
今まで死んだように横たわっていた兄弟が、微かな呻き声を上げる!
それを聞き、胡桃が静かに口を開いた。
「鏑矢、鎖紅……その身体は毒をも消し去り、傷口も塞がる、健常な肉体だ。……起き上がれ」
「「はっ!」」
ばっ!
二人、かっと目を開き、鎖にまだ絡められたその身体で素早く飛び起きては、忠誠の姿勢を取る!
瀕死だった者とは思えない動き。
一度、仮死状態になったことで、敵方の暗示が解けたのだろう……胡桃の言惑操術がすんなりと掛かったのがその証だ。
ざっ! じゃらっ……
「「申し訳御座いませんっ‼︎」」
ようやく正気を取り戻した忍び達は、揃って里長に頭を下げた。
だが、彼等の身体は恐怖からか全身が微かに震えている……当然か。
任務失敗には……懲罰が下る。
過去、浅緋の忍び達が失敗した事案は、大樹を奪われた件以外に私は知らぬ。
……だが、今は仲間を罰している時ではないはず。
「……」
腕組みをしていた里長は、二人をじろじろと交互に眺めてから、どさっとその場に座った。
「おう、とりあえず……よく帰ったな」
「「ははぁっ‼︎」」
その言葉で二人は再度、頭を下げた。
「本来ならお前らの首をすぱっと切っちまいたいが……操られていたなら……まぁ、少しは大目に見てやるさ。……で、井蔵達はどうした?」
その言葉で、二人はびくんと身体を揺する。
少し離れた位置で見守る芽吹と千鳥も僅かにぴくりと反応した。
鏑矢が頭を下げたまま、その重い口を開いた。
「……敵方に操られた我等は……な、仲間に……刃を向けました」
「……深傷を負わせ、それから……井蔵、右近、左近は……い、未だ……行方知れずです」
沈痛な面持ちの二人の言葉を聞き、里長は『ちっ』と舌打ちをした。
「……最悪だな」
「父上‼︎ なんてことを‼︎」
吐き捨てるように呟いた父上に、私は思わず食ってかかった!
「わ、若⁉︎ ち、違う違う! 此奴らに対してじゃない! 風魔と筑貢が繋がったやもしれんからだ!」
ぴたっ!
思わず、殴りかかろうとした拳を止めて、父上の顔をまじまじと見つめる。
「風魔? 何故、今その者達の名が上がるのです?」
「……」
ぽりぽりと頭を掻きながら、父上は言葉を溢した。
「……俺が亥ノ組に出した指令はなぁ……『南方、相模国の動きを調べよ』だ。……もし、ぶつかるとしたら、あの国で幅を効かせる風魔の忍び……だが、此奴らが当たったのは筑貢だ。それが何を意味するか……分かるよな?」
「……ははっ……最悪ですね」
先程の父上と同じ言葉を、私は苦々しく口にする。
一つ理解した。
偵察に勘づかれて風魔の忍びと争うこととなっても亥ノ組ならば切り抜けると踏んで、彼奴等に指示したのだな。
戦闘には亥ノ組が向いている。
だがその殺傷能力の高さが此度は仇となり、まんまと操られ、仲間に致命傷を負わせたか。
……井蔵、右近、左近……三人は何処へ?
何故、戻らぬ?
里へと真っ直ぐに帰還することが出来ない理由があるのか?
敵衆に血痕を辿られ、里の位置が暴かれるのを恐れたか?
まさか既に囚われているのか? それとも……?
そして……風魔と筑貢が繋がっているとは、これまた厄介。
相模国、北条氏に仕える風魔一族……奴等はこの機に乗じて武蔵の国を乗っ取るつもりだ!
筑貢……いや、美都利は恐らく……この国がどうなろうと厭わんのだろう。
記憶の中の彼女を想起する。
もしも私が……浅緋の忍び、唯一の生き残りになったとしたら……きっと彼女と同じことを目論む。
『復讐』と『修復』
成し遂げることこそが彼女の心願成就。
死者を黄泉がえらせる術だか、時を戻す術だか……どちらにしてもそれは『偽り』の術。
弱い心に漬け込まれ、風魔の妖術に誑かされたのだろう。
……化かされるなら狸の方がよほど可愛いわい。
◇
「二人の鎖を解いてやってくれ」
「はっ!」
じゃらん……じゃらじゃら……がしゃん!
巻き付いた鎖から解き放たれた二人は、無言で己の手首やら各関節をこきこきと動かし、身体を馴染ませてから、じぃっと、よく似たその四つの鋭い瞳を鎖を持った少年に向ける。
「「……」」
がばっ!
「「鋼太郎ーー!」」
「わっ! わっ! ちょ、ちょっとぉ……」
鏑矢と鎖紅が同時に鋼太郎へと抱き付いた!
従兄弟同士、仲が良いとは聞いていたが……そういえば、この三人……いや四人が同じ場に揃っているのを見るのは初めてかもしれん。
「こらこら、戯れるな。まだ里長の御前ぞ」
「……この二人は再び青鈍家で預かろう。あぁ、鉢も今晩はうちへ来い」
「は、はい!」
炉刃は溜息混じりで言葉を吐き出し、竜胆は父親が出稼ぎから戻らぬ少年に声を掛けた。
「おう、そうしてくれ。それと……鉄之進!」
「はっ!」
すたっ! たたっ!
里長に名を呼ばれた戌ノ組の忍びが屋根から舞い降りる!
そして、彼の隣にぴたりと犬の駒が寄り添い座る。
「お前達の組は『浦沼の寺』を調べろ。そして、全ての報せが揃い次第……出陣する」
「はっ!」
「わん!」
すぅっ……
一人と一匹は音もなく闇に溶けた。
駒といい、捏といい、実に見事……霞消の術、蘇芳丸はこの二匹にまるで勝てそうにないな。
「今、この場にいる者達は明朝、我が屋敷に参れ。夜も更けた……束の間に休め!」
「「「「はっ!」」」」
里長の号令で其々が散り、胡桃が一つだけを残して、焚いていた松明を消した。
ふっ……
月明かりと一本の松明が照らす夜道を、父上、胡桃、蘇芳丸、梅丸、そして私が順に並んで歩き出す。
誰も……何も言わずに……。
前方で胡桃が持つ、揺らめく火を眺めながら、頭は思考を止めることなく……木賊家で読んだ芹殿の手記がふっと思い浮かんだ。
鏑矢と鎖紅……あの二人と……幹兵衛は同じだ。
毒術により操られ、人格が変わったようでありながらも、本質の記憶やらは抜け落ちていない。
四年前……あの疫病蔓延の際、薬と毒をすり替えたのは……齢十の幹兵衛だった。
筑貢の毒に侵されていた彼は、その内なる支配により、浅緋の者を殺すよう操られていた。
本人は抗っていても、油断すれば人格を奪われる……なんとか表に出て来ぬよう、日々、必死で押さえ込んでいた。
……ずっと……一人で戦っていたのだな。
芹殿と草兵衛殿はそれを知ってしまったが、愛する息子を殺せず、ただひたすらに真実を隠し続けた。
幹兵衛の罪滅ぼし……か。




