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忍リクルート  作者: 枝久
十一、

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戻りし者、帰らぬ者②

「「はははははははーーっ!」」


 二人の忍びが空に向けて、高笑いを上げる。



 ぱんっ!


 私は両手を叩き、音を鳴らした。


 ふっ……


 一瞬で……空気が変わる。



「なっ⁉︎」

「こ、これは⁇」


 じゃら、がしゃんっ!


 鏑矢と鎖紅は同時に声を上げる!


 驚くのも無理はない。

数刻前に彼等が見ていたであろう景色とは異なり、その顔は今、真っ黒な夜空へと向いている……仰向けに転がされ、全身を縛り付けられた状態。

焦り体勢を立て直そうとも、身体に巻き付いた鎖の端は地面に打ち込んだ鉄杭で止められ、身体の動きは完全に封じられている。

身じろぎでは、かすかな金属音を鳴らすのがやっとだ。


 里の者達には二人が『術』に掛かったのと同時に、里長が指示を出し、数名だけを残して解散させた。

何やら物言いしたそうな顔は多数見えたが、皆、無言で頷き、静かに立ち去った。


「鏑矢……鎖紅……」


 名前を呼ばれた忍び達が、下からこちらを睨みつける。


「おのれ……いつの間に⁉︎」

「……なぜ?」


 二人が憎々しげな顔で私を見上げた。


「お前達が到着した際、静止する胡桃の声が効いていなかった……瞬間、お前達は敵の手に落ちたのだと確信し、即、術を掛けた……」


 胡桃の言惑操術(げんわくそうじゅつ)は耳から相手の身体の内へと侵入し、支配する。

だが、(あらかじ)め策を講じられては、すんなりとは術が効かぬ。

敵方には当然、胡桃の手の内は知られているからな。


 だが、私の氣葬術(けそうじゅつ)はまだ試作の段階。

特に応用技は、ここ二年の間で密かに会得したものであり、まだ術の概要を知る者は(ごく)、限られる。

里外での任務に出ている者達ならば尚のこと。


 ……彼奴(あやつ)がべらべらと話さない限りは、まだ里外に知られることはない。

ふっと眼鏡の少年の顔が浮かんだ。


 すうっと私の側に寄った胡桃が耳打ちする。


「あれは……『朧』……では無いのですね」

「あぁ『月天』を掛けた。彼奴等(あやつら)にとって、都合のいい夢を見せた方が隙が出来るからな……ん?」


 くらっ……


 言いながら、ふっと足元がふらつく。


 ふわっ……


 周囲に気付かれないように、私の身体をそっと胡桃が支えた。


「……全く……無茶をなさって」

「ははっ……二人同時は、ちと疲弊するな」


 私は……本当に体力が無い。

しかし、あの時に氣を押し込めておいて正解だった。

『月天』は甘い夢を見せる幻想術。

術に掛かった者にとって、都合のいい幻惑の世界へと誘うことで足止めができる。

……彼等の目に何が映っていたのかは、此度も私の知る由もない。


 ざっ……


「はっ! あんな高笑いしておいて……不様(ぶざま)だなぁ。筑貢に寝返ったあげく、泉丸を殺しそびれた、と……おい、ここで死ぬか?」


 どかっ!


 氷のように冷たく笑い、彼等の顔の真横に里長が雑に座る。

泉丸はじいとばあに寝かしつけを任せ、もうこの場にはいない。

……あの子には聞かせたくない話だ。


「「……」」

「だんまり、か……よし。じゃあ、死ね」


 硬く口を閉じた二人に対し、そう言い放つと、里長は己の愛刀にそっと手を掛けた。


 とっ……


「父上……」

「若?」


 里長の刀の(かしら)に手を置き、私は半ば引き抜かれた刀身を鞘へと押し戻す。

そして、後ろに控えて事の成り行きを見守っていた少年を振り返り、声を掛けた。


「鋼太郎……この二人に『あれ』を飲ませてくれ」

「え? え? え? えっと……」


 戸惑う彼の泳ぐ瞳を捕らえるように、じいっと視線を送る。

 

「……は……はいっ!」


 意を決して、彼は押し黙った従兄弟(いとこ)二人の口をその怪力で素早くこじ開け、手を喉元までぐいっと押し込んだ!


 がっ! がっ! ごくんっ!


「ぐぅっ……」

「ごほおっ……な、何を……」


「お前達の口に入れた、それは……毒だ」


 私は静かに二人に告げた。


「「⁉︎⁉︎」」



 静かな里の夜に、鏑矢(かぶらや)鎖紅(さく)……敵方の手に落ちた二人の悲鳴が響き渡る。


「ぐぁぁぁぁぁっ……」

「がはぁぁぁぁぁっ……」


「っ‼︎」


 思わず、眉間にぐっと力が入る。

よく知る者達の叫び声は……内に(こた)えるな。

無表情を貫こうとしたが、僅かに己の顔が歪むのを感じた。


 ふっ……


 後ろから冷たい大きな両手は私の両耳を塞ぎ、側方から伸びた厚みのある右手は私の眼を覆った。


「……過保護だな……私は大丈夫だよ。父上……胡桃……」


 言葉を吐き出しながら、彼等の優しい手に手を重ね、そっとその覆いを一つずつ外した。


「もう少しで……二人の身体に毒が回り切る……」

「「……っ‼︎」」


 もはや言葉を吐き出せず、白目を剥く二人。

口からは沢蟹のように細かな白い泡を吹き出し、全身はぶるぶると絶えず小刻みに震えている。


 じゃら、じゃら、じゃら、じゃら、じゃら……


 震えに合わせて、彼等に巻き付いた鎖が鈴のように鳴る。

やがて、その震えも止まり……彼等は完全に停止した。



「……終わったか……では、鋼太郎っ!」

「は、は、は、はいぃっ!」


 私に名前を呼ばれる度にびくっと大きく身体を跳ねさせる小心者な少年が、身体を縮こめながら、動かなくなった二人にささっと近づく。


 動きを封じていた鎖を緩め、目をこじ開け、口内を覗き込み、彼等の身体に耳を寄せて心臓の音を確認する。


「と、止まっています……」

「そうか……では、よし! 蘇芳!」

「……お、おおぅ⁉︎」


 己が呼ばれると思っていなかったのだろう……完全に油断していた蘇芳丸は裏返った声で返事をする。


「蘇芳! 二人の胸を思いっきり叩け‼︎」

「え? お、おう‼︎」


 何が何やら分かっていない顔で返事をしながら、その拳に力を込め、高く振り上げる!


 ぶんっ……どごっ! ぶんっ……どごっ!


 鏑矢と鎖紅の胸に一発ずつ、その拳を振り下ろした!


 ………………


 ……どくん……どくん……どくん……


 じゃらん、じゃらん、じゃらん……


 鎖を緩めたことで、鼓動に合わせて先程よりも大きく金属音が鳴る。

その様子を眺めていた里長は思わず口を開いた。


「……蘇生……したのか?」

「それでも毒は二人の身体の中に残っているのでしょう?」


 胡桃が素直な疑問を口にする。


「二人に飲ませたのは、健常な者の息の根を止める猛毒だ。これを……筑貢の毒にぶつけたのだ」

「毒の……相打ち?」


 芽吹の隣に立つ梅丸がぽそりと呟いた。


「そうだ、毒には毒を……筑貢の忍びは毒で人間を操る(すべ)を持っているからな」

「あぁ……そういや八郷城で樹丸が泉丸にやってたっけな……」


 蘇芳丸が記憶を思い出すように斜め上を見上げた。


「なぁなぁ鋼太郎! この毒はどうしたんだ?」

「え、えっとね、鉢……これは……」


 ごそっ……

 

 鋼太郎は懐から包みを取り出す。


「み、幹兵衛が作ったんだよ……この毒は……幹兵衛の……『血』で出来ているんだ」

「「「「⁉︎」」」」


 皆が一斉に鋼太郎の手元に視線を向けた。

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