百五十二名
夕闇が夜を呼び、辺りは茜色の空を飲み込んだ。
ぽうっ……
周囲に松明を灯し、里にいる全忍びが一堂に会する。
あの酒宴の時とは規模が異なる。
里長屋敷の庭は全員が集まれる程には広くない為、稽古場への召集を掛けた。
里長は縁側に座り、皆を見下ろしているが……まだ、ぷらぷらと足を崩している様相は、集会の開始までもう暫し時間を要することを意味する。
……恐らくは胡桃の到着を待っているのだろう。
隣に座る私からでは、揺らめく篝火の陰で父上の顔はよく見えない。
父の隣に控えた私も、縁側から皆の顔を見回す。
久方ぶりに外から戻った者達との邂逅があちらこちら…… 暫しの歓談だ。
だが、亥ノ組が見当たらないな。
彼奴等は父上からの任務を命ぜられていた……『睦月の頃には戻りたいものだ』と井蔵は言っていたが……。
ちらりと花鳥衆長の芽吹を見遣ると、彼女もそっと誰かを探している。
二人が元の仲に戻り、夫婦になってくれたら喜ばしいのだが……頑固な似た者同士、誰かが背中を押してやらねば難しいだろう。
しかし、あの芽吹と井蔵が両者共に素直になるのは……まるで想像がつかんな。
ふっと彼女の後方にいる鉢ノ助が私の視界に入る……随分と暗い顔で俯いている。
父、陸ノ助達は他国の重要な任についており、此度の帰還は叶わず……事情は既に河原鳩を飛ばして伝令してある。
鉢ノ助だけではない、その周囲にいる辰ノ組の皆、浮かない顔……当然だな。
「幹兵衛……仲間達にこんな顔をさせて……お前は今、どこにいるんだ?」
ふうっと溜息を吐いてから、ざっと全体を見渡す……当たり前だが、木賊家の三名はどこにもいなかった。
とんっ!
「鋼太郎、お前はもう少し胸を張れんもんか?」
「立派にやってると聞いておるんよ?」
「は、は、は、はひっ!」
鋼太郎が父親に背中をそっと叩かれて、飛び上がった。
おや、これまた珍しい……鋼太郎の両親、青鈍家が揃っておる。
鋼太郎の父、炉刃はほとんどを里外に出ており、逆に母、竜胆は元くのいちでありながら、外に出ることなく里の鍛冶場を任されている。
浅緋の里には砂鉄から製鉄を行うたたら場がない。
いや、そもそも砂鉄を含む鉱山……というか、山がない。
本来は、製鉄した良質な玉鋼を材料に刀を打つのだが、青鈍家の打つ刀は、卸し鉄を元に打ち出す。
鉄は貴重だ、だから調達してくるのだ……戦場から。
戦場に散った武器を拾い集めては卸し鉄に利用し、新たな暗器を生み出す。
焼け落ちた名刀が手に入れば、焼身に火入れを行い再刃する。
全てを無駄になぞしない。
ふわっ……
その時、南の社から流れ来た風が彼の帰還を告げた。
あぁ……無事で良かった。
「お帰り……兄者……」
さっ!
「はぁはぁはぁ……申し訳ありません!」
急ぎ戻った胡桃が息を切らせながら、里長の元に跪く。
相当な速度で駆け抜けてきたのだろう、大量の汗が彼の身体からぽたぽたと滴り落ちた。
「おう胡桃、遅ぇぞ!」
「ははぁっ!」
西南の沢狭城について探っていた彼が戻ったのを合図に、里長は勢いよく立ち上がる。
それに従属するかのように、紅い炎が大きく揺らめいた。
ざっ!
集まった浅緋の忍び達、百五十二名が一斉に片膝を付き、我等が長に頭を下げた。
私も縁側の上、傍らにて跪く。
「皆に報告がある。心して聞け!」
「「「「はっ‼︎‼︎」」」」
同時に発せられた声は一つの見えない大きな畝りとなり、空気を激しく震わす。
「胡桃」
「はっ! 申し上げます! 西南の沢狭城の調査に向かった矢先、幼き若君の命が何者かによって奪われました!」
「……嫌な予想の通りに事が進んでおる」
しん……と辺りは静まり返る。
驚嘆の言葉を漏らしそうな半端者達は己の口を咄嗟に押さえて、沈黙を守っている。
ちらりと辰ノ組に視線を向けると……蘇芳丸の口を他三人ががっしりと押さえつけていた。
………………
おいおい、呼吸出来ずに顔がどんどん赤くなっているぞ?
蘇芳丸が窒息しかけておる、その辺にしといてやれ。
沢狭城……元々、あの城を継承される直系男児はまだお生まれになっていないと聞いていた……だが胡桃の話では、姫と偽って一人の幼き御子を匿うように大切に育てていたらしい。
……でも、呆気なく殺された。
こうなると、奴等の次の狙いはやはり……
「羽行城、瀬能城、吉伏城、沢狭城……次に狙われるのは、一度、奴等が仕留め損ねた八郷の泉丸の命だ。……この里に刺客が来るぞ!」
「っ!」
ばっ!
皆の視線が、齢三つな若君に集中する。
泉丸は己のこと、どこまで理解しているのだろう?
殿の子という、ただそれだけで、この世に生まれ落ちた瞬間から命を狙われる存在。
青ざめた顔でかたかたと震える小さな身体を、隣にいる樹丸が強く抱き締めた。
そんな二人の側では、じいとばあが優しく彼等の頭をそっと撫でる。
八郷城主、卜寸殿から託された命……里の皆で育て、そして、必ず護り抜かねば……。
泉丸が浅緋の里預かりとなっていること、筑貢の忍び連中に知られるのは……まぁ、時間の問題だろう。
そして、狙いに来る刺客は草兵衛か? 芹か?
南の社を抜けて里に侵入できるのは……浅緋の者と、その連れだけだ。
里長が声を張り上げ、続ける。
「そして、裏切り者は木賊家の草兵衛と芹! この両名は生け捕りにしろ! 抵抗するなら迷わず斬れ! そして、行方知れずは子の幹兵衛だ。彼奴も見つけ次第、捕えよ!」
ざわっ!
流石に動揺して、声が漏れたか。
里長の話途中は言葉を慎むのが最低限の礼、それを欠く衝撃……至極真っ当な反応だ。
あの二人は、もう既に自分達が間者であることが里中に知れ渡っていることを重々承知の上であろう。
ここからは、完全なる浅緋の敵として対峙することになる……こちらの手の内を知り尽くした二人……手強いな。
『今を生きている者が死んでも構わん。どうせ全てを巻き戻してやり直すのだから……』
……よもや、そのように考えているのだろうか?
『時戻し』の為に奔走しているのならば、二人の願いは……四年前に散った里の者の黄泉がえり、そして、幹兵衛を毒無しに戻すこと……。
十年前、胡桃とじいにやられ、逃げ去った筑貢の美都利の姿を思い返す。
あの毒女は瀕死だったはず……その怪我の治癒にあたった者……高い医療技術。
いつ、どこで点は線に繋がったのだろう?
……筑貢ではない、介在者の存在をあらためて感じる。
そよっ……
夜風が微かに吹き、温い空気が頬を撫でた。
………………
氣が……動いた?
瞬間、それは無意識。
私は右手を床に突き、術を発動する!
「顕霞!」
ぶわっ!
広げた霞で里の全域を探る。
そして、顕わにしたのは……二つの人影⁉︎
私は顔を上げ、咄嗟に声を張る!
「父上っ!」
「どうした若?」
「南から二人の忍びがこちらに向かっております!」
「何っ⁉︎」
ばっ!
私の声を聞き、里の者達が一斉に南の暗闇へと構えを取った。




