書棚
頭の中に、里から消えた三人の顔が次々と浮かんでは消えた。
未だに……信じ難い……。
穏やかな彼らの顔しか、私は知らないのだな……いや、思い出の中でも幹兵衛だけは無表情か。
ふっと脱力感に襲われ、私は寄り掛かるように、空いた書棚に手を掛けた。
がたんっ!
急に棚板が傾き、私は一瞬、体勢を崩した……だがその場で踏み止まる。
板が外れた?
そんなに脆い物ではないはずなのだが……?
………………
それは、無意識。
そおっと手を伸ばし、棚板が浮き上がった部分に己の爪の先を捩じ込ませる。
かたっ!
薄い棚板が外れ、中には一冊の書が仕舞われていた……隠し棚か!
その書を手に取り、恐る恐る捲る。
可愛いらしく整った文字は芹殿の筆跡。
目を離さずに読み進め……最後まで読み終えた瞬間、書を持っていた私の手はだらりと力無く下がった。
ばさっ……
芹殿の日記が私の手から離れ、床板の上へ無造作に落ちた。
「そんな……どうして……」
答えてくれる者のいない無意味な呟きが、私の口から繰り返し溢れる。
あの後……木賊邸から里長屋敷まで、どうやって帰ったのか……私はまるで覚えていない。
◇◇◇◇
ざっ……
縁側から回り込み、屋敷へと上がると、囲炉裏部屋の戸は全て開け放たれていた。
その中にいる者へ言葉を掛ける。
「今、戻った……」
「おう、おかえり!」
「お、お、おかえり……なさいませ」
先に戻っていた蘇芳丸と樹丸が迎えの挨拶を返してきた。
蘇芳丸は足を崩したまま、反対に樹丸はきちんと正座をして頭を下げている……これではどちらが世話役かわからんな。
……弟の不出来は私の責務か?
はあっ……と小さく溜息を吐いた。
「着物……ありがとうございます」
「あぁ、良かったな」
樹丸の着物、見覚えがある……以前、梅丸が着ていた柄だな。
小さくなり仕舞っておいた着物を、ばあが出しておいてくれたのだろう。
樹丸の背丈にぴたりと合っている。
萌葱色の着物に着替えた少年は、私達が来るまで、囲炉裏端で眠り続ける泉丸の傍に座り、優しく頭を撫でていたようだ。
……彼なりの後悔があるのだろう。
「……俺、本当は弟がいたんだけど……生まれてすぐ、死んだ……親に殺されたんだ。生きてたら……泉丸と同じくらいだったはず……」
「そうか……ならば目一杯、余すことなく可愛がってやってくれ」
泉丸はまだ、丑ノ組に刺された眠り薬の効果が切れておらず、死んだように眠っている。
大熊をも眠らせる強力な薬。
流石に量は調整してあるだろうが、筑貢の毒に侵されたこの小さな身体では、いつ目を醒すかは不明だ。
ばあには解毒の効果がある薬湯を眠るその口から飲ませておいてもらっている。
目を覚ましてから、少しずつ毒を排出させていこう。
何日、何月、何年かかることやら……。
「なぁなぁ、若!」
「なんだ、蘇芳?」
急に蘇芳丸が声を掛けてきた。
「なぁ、俺よくわかんねぇけど……なんで敵は若の元服を狙ってんだ?」
「蘇芳……」
私が答えるよりも早く、背後に立つ胡桃が怒りを込めて彼の名を呼ぶ。
「お前は阿呆か⁉︎ 十五になる年の睦月に執り行う元服の儀……里の外へ出て行うのは流石のお前でも知っているだろう?」
「え? あぁ……」
「若が里から出てくる時を狙っておるのだ!」
「なるほど!」
蘇芳丸は納得いったのか、ぱあっと晴々とした表情になる。
私と胡桃は彼とは真逆の顔色だ。
そう、吉伏城の一件は異例なこと……私が里から出ることは殆どない。
過去、茸狩りや次期城主の生誕祝い等、指折り数えられる程度だ。
……やはり里の位置は筑貢の忍びには知られていないのだな。
芹殿も草兵衛殿も……脅されてはいないのか?
だったら大樹は何故、酷く虐め抜かれなければならなかったのだろう……彼から何を聞き出そうと?
分からないことだらけだ。
「そういえば若……汎様にまだあの件はご報告されてなかったかと……」
胡桃に促され、はっと思い出す。
ここのところ父上は、日中不在になることも多く、報告は里長代理である私の元へと集まってきていた。
私は振り返り、父上を仰ぎ見る。
「父上、戌ノ組が少し妙な話を持ち帰ってきました」
「妙だと?」
私の言葉を聞き、父上が軽く首を傾げた。




