推察
ばさばさばさっ‼︎
木賊の家中の書棚に並ぶ書物、片っ端から読み漁る。
彼女は言っていた……調合をする者は何かしらの記録を残す、と……。
探せ……何か、何か手掛かりがあるはず……!
急く気持ちで取り損ねた書が、棚の上から雪崩落ちる。
ばさばさばさっ……!
「くっ!」
己の手から……何もかもがすり抜けていくような錯覚。
脳裏には大地に倒れ込む幹兵衛の姿が浮かび、背筋が凍る。
こんこんっ!
その時、戸口の柱を軽く叩く音が鳴り、はっと振り返る。
木戸は先程、派手に開け放した時に、無惨にも外れていた。
その戸口、顔は逆光で見えないが、よく知る存在が声を掛けてきた。
「どうした? そんなに慌てて……」
「ち、父上!」
「汎様……」
ずかずかと土間に踏み入り、框にどかっと座ると、私と胡桃を交互に見比べた。
父上……夕刻までお戻りにならないかと思ったが……心が少しだけ、ほっと平静を取り戻す。
「幹兵衛が……里を出ました」
「何?」
ぴくりと、彼の片眉が上がる。
「和迦……お前が知ることを全て話してくれ」
「はっ!」
◇◇◇◇
一通り私の話を聞き終えると、父上はわなわなと拳を震わせ、その顔は鬼の形相へと変わる。
「井蔵め……俺への報告を怠るとは、後で折檻だ! そして、木賊の二人! 何としても引っ捕らえる‼︎」
父上としても理由くらいは吐かせたいのだろう、意外にも『二人の首を刎ねろ』とは言わなかった。
「折檻はおやめください。井蔵はあの段階では確証が無かったのでしょう……里の仲間を疑うなど……」
「では、いつ気付かれたのです?」
胡桃が私に問い掛けた。
「井蔵に言われて、考えたのだ。まずは、里を出入りする者……ふと、ある者に対して疑念を抱いたのは、ここでだ」
私は地面をすっと指差す。
「この前、芹殿に会った時、彼女は無邪気に私に抱き付いてきた……が、里長代理に対してそれは無礼な行為。いくら乳母とて、良識ある彼女の行動らしからぬ、と」
私に対して無礼なのは蘇芳丸くらいだ。
「あの時、私の氣は空だったので、察することはできず、さして気にも止めなかった……が、私を……その手に掛けようとしたのではないか、と……幹兵衛が側にいたので、踏み止まったのやもしれません」
あれがもし、彼女と二人きりだったら……完全に油断している私の首など簡単に捩じ切れただろう。
「そして、樹丸の身体中に仕込まれた物を見た時、高い医術を施せる者がこの件に関わっている……と」
「筑貢の美都利は、過去に片眼も頭も半分潰している。奴には到底無理でしょうね」
胡桃は眉を顰め、視線を少し遠くに向けている。
あの夜に遭遇した敵方の忍びを思い返しているのだろう。
「現に、樹丸の身体から出た手掛かりを探るよう伝えた丑ノ組が、鼻のきく駒と共にここ木賊邸を訪れています」
父上が腕組みをし、何やらじっと考え込んでいる。
「もし……芹と草兵衛が間者だとすれば……あれは、また話が違ってくるやもしれん……」
「「?」」
神妙な顔で口を硬く噤んでいる……何を躊躇っておいでか?
「どうか構わずに、仰ってください」
「……四年前、疫病を赤もがさと特定したのは……誰だ?」
その言葉で、はっとする。
「そう、草兵衛だ……あの後、混乱が落ち着いてから、近隣の状況も調べさせた。周辺でも疫病は確かに流行っていたが……浅緋の里の致死率はとりわけ高かった」
父上の言葉で、四年前の記憶が一気に思い出され、思わず私は頭を抱える。
「わ、和迦⁉︎」
「だ、大丈夫だよ胡桃……そ、それよりも……これは……彼奴には知られてはならないな……」
里の罹患者の為にと届けた薬草粥……あれが……もしも薬ではなく、毒だったなら……?
流行り病に侵され弱った身体は、呆気なく散ってしまう。
愛する家族に、己が毒を与え死に追いやったと彼が知ってしまったら……手拭いを巻いた少年の笑顔を思い出し、私の胸はぐっと締め付けられた。
「鉢ノ助……」
無意識に、口から彼の名が溢れ出ていた。




