水浴び
千鳥が若達に報告を上げている頃、蘇芳丸は指示された通り、樹丸を連れ洗濯場へとやって来た。
文月は日照り続きだったが、葉月に入ってからは、じりじりとした陽射しの反動なのか、夕立が幾度も畑や川を潤した。
浅緋の里は平野だ。
遠くの山々で雨が降らなければ、荒魂川の水位はあっという間に足首程にまで下がる。
酷い年には川は水を流すことを忘れた、ただの土堀となり下がる。
天候を操る術なぞ存在しない。
作物が育たなければ、人は生きられない。
運の良し悪しで命は容易く消えるのだ。
「お前は運が良いな……」
ぽつりと蘇芳丸が隣の少年に言葉を掛けた。
「……こんな身体なのに……か?」
納得のいかぬ顔で言葉を返し、樹丸は彼を見上げる。
「おう! 今、ここに生きている……それだけで運が良い……って、前に若が言ってたからな」
「運が……良い……か」
「ほら、とりあえず洗うぞ。その血塗れの着物もお前の身体もまとめて、なっ!」
「うわっ!」
どぼんっ!
乱雑に蘇芳丸は樹丸を川へと投げ入れた。
少年が一旦沈む深さの水を湛えた川、このままいけば今年の稲の生育はどうにかなりそうだ。
若の心配事が一つ解消されるだろう。
「どうだ?」
ばしゃっ!
水面に少年が顔を出し、初めてその顔に満面の笑みを浮かべた。
「……ははっ! 気持ち良いや!」
「よしっ! じゃあ、俺も!」
どっぼーーん‼︎
激しい水柱を上げて、蘇芳丸も川へ飛び込んだ!
「はぁ〜〜っ! さっぱりするぜ!」
「あ、危ねぇなぁ!」
「まぁまぁ、堅いこと言うなや〜〜」
『世話の仕方なぞ分からん』と困惑していたのが嘘のよう、蘇芳丸と樹丸は旧知の仲の如く共に笑い合ったのだった。
◇◇◇◇
ぎゅーーっ! ぼちゃぼちゃぼちゃ……
二人揃って、洗濯場の板上に上がり、着物を力いっぱい捻り絞る。
空にこれだけ日が照っていたら、幾刻も絶たずに布地の水気は消し飛びそうだ。
「あ、あの人は……」
「ん?」
「あの、綺麗な顔の男の人……」
「あぁ、胡桃兄がどうした?」
「……凄いね」
そう言って、樹丸は自分の胸の辺りに手を遣る。
「美都利様に拾われた俺達は……筑貢の忍びとなるべく……いや、道具の如く、毒を喰らい、指示に従い……色々と酷いことをやってきた」
両手をそっと広げ、己の掌をじっと見つめる。
彼の目には、その手がどれだけ血で薄汚れているように見えたのだろうか?
「でも、あの人の声で黒く澱んでいた俺の身体が……不思議と少し軽くなったんだ……」
「ふぅん……じゃあ筑貢の毒より、胡桃兄の術が勝るってことか。ま、当然だな」
ふふん、と蘇芳丸が鼻を鳴らし、まるで自分が褒められたかのように胸を張った。
「俺も胡桃兄も拾われ者……そして、お前もな。もう俺達は仲間になったんだから、腹を割って話せよ。ここにはお前を傷つける奴は居ないんだから……」
その言葉で、少年の目に涙が浮かぶ。
慌ててぐいっとそれを拭い、樹丸が懐かしむように呟いた。
「あの人……大樹さんも同じようなこと言ってたっけ……」
◇◇◇◇
炎天下に日の下に立ち続けてはいけないことを、かくれんぼの際に身をもって学んでいる蘇芳丸。
着物が端から少しずつ乾き出した頃合いで樹丸を促し、洗濯場近くの木陰に二人並んで座った。
「秋になったら一緒に食おうぜ」
「?」
蘇芳丸は見上げながら言った。
それにつられて、隣の少年も上を見遣る。
木にはまだ未熟な青々とした柿の実が成っていた。
これから少しずつ熟れていき、夕焼けのような色へと変わっていくのだろう。
毎年、秋になるとこの木一本から数えきれない程の柿が実る。
それを鳥達に奪われる前に、皆で手分けして収穫するのだ。
さぁっ……
温い風が微かに吹く。
そよぐ草を眺めながら、樹丸がぽつりぽつりと話し始めた。
「先のことを考えるなんて……今まで無かったな……俺達は特定の里を持たず、流浪するように移動していた……農村を見つけては村人を消し、家を奪い、作物は根こそぎ食い尽くす……そして、その村に何も無くなれば次の村へとまた進む……その日暮らしだ」
「へぇ……てっきり何処かの城でも攻め落とし、美味いもの食ってさ、毎晩どんちゃんと豪遊してるのかと思ってた」
蘇芳丸の言葉に苦笑いを浮かべる樹丸。
「ははっ。小さな農村と一国の城では規模が違い過ぎるよ。頭数が足りなければ、いくら個々に力があったとしても三日ともたない……」
「ふぅん、そんなもんか?」
蘇芳丸の思考の基準は里長の汎だ。
化け物じみた忍びなら、たった一人で城を陥落してもそのまま図々しく居座り、城主の席で酒を呑んでいそうだ……と考えているのだろう。
「村で生活していた、そんなある日、美都利様があの人……大樹さんを拾って来た……」
「……はぁ⁉︎」
驚いた蘇芳丸が声を荒げる!
「いや待て! ちょっと待て! おい、おかしいぞ?」
「い、いきなり何だよ? まだ話し始めたばかりだってのに……」
「いや……拾ったって……筑貢の忍びが大樹を倒したんじゃないのか?」
「え?」
蘇芳丸の言葉で樹丸は腕組みし、首を傾げる。
目を閉じ、細かな記憶を掘り起こそうとしている様相。
「いや……あの日の美都利様は、戦いの装いではなかった……瀕死の大樹さんを引き摺ってきたのだけは覚えている」
「……どういうことだ?」




