同行要請
里の話になりますので、若の視点に戻ります。
あぁ、夜が明けたか……。
南の社から北に位置する里長屋敷へと向かってくる来訪者の気配を感じ取り、私の閉じていた瞼はぱちりと開いた。
昨夜はあの蘇芳丸の初任務……寝床に横になったとて、頭に心配事が山程浮かんでは消える状態では安心して眠れるわけもなく、囲炉裏端で胡座をかいたまま夜を越した。
……何かあったのだな。
言い知れぬ不安が内からぐわっとこみ上げ、鼓動が早鳴る。
思わず己の胸元をぐっと握り締め、立ち上がった。
……蘇芳丸っ。
がらっ!
「常吉! 元!」
私が戸を開け放つのと、二人のよく知る忍び達が庭先に現れたのがほぼ同時だった。
「何があったのだっ⁉︎」
ざっ!
二人は揃って、地に片膝を付け、頭を下げた。
「はっ! 申し上げます! 千鳥、時人、蘇芳丸が八郷城内に潜入、敵方の忍びを捕縛! 里への帰還に際し、胡桃の同行のお許しを!」
常吉が一気に捲し立てるように報告を上げた。
「若……待機組の我らに詳細は分かりかねますが、どうも八郷の若君も一緒のようです」
元が常吉を補うように言葉を付け足したが、却って私の頭の中は疑問符だらけになってしまった。
………………
「は?」
一体、どういう事だ?
筑貢の忍びは予想の範疇だったが……わ、若君?
おい、書状はどうしたのだ?
それに、卜寸殿は如何に⁉︎
……いや、この場で推測していても時間の無駄。
丑ノ組と蘇芳丸が里に無事帰還すれば良いだけの話だ。
「頼めるか、胡桃?」
私は振り向かずに、音もなく背後に控えていた兄者へ声を掛けた。
「若のお願いとあらば、私はこの世の果てでも参りますよ」
恐らく極上の微笑を浮かべながら発しているであろう甘い声を背中に聞きながら、一つだけ二人に尋ねた。
「皆は……無事なのだな?」
私の言葉に、常吉と元は瞳を輝かせた。
「「はい! 万事、問題ありませぬ‼︎」」
「そうか……」
その言葉を聞き、握り締めていた拳を微かに緩めた。
「そうか、そうか! そりゃ良かったなぁ〜〜!」
「⁉︎」
ぎゅうぅぅぅぅぅっ!
私の心中を代弁したかのよう、明るい声が耳元で響いたかと思った瞬間、私は父上に背後から抱き締められていた。
こんな早朝から随分とご機嫌なご様子だが……後ろにいる胡桃から隠す気のない殺気が立ち込めている。
……振り向きたくないな。
「お放しください」
「えぇ〜〜?」
残念そうな声を上げる父上の手をべりっと引き剥がしながら、私は何事もなかったかのように言葉を放った。
「三人とも、頼んだぞ! 皆で帰還を……」
「「「はっ!」」」
一斉に頭を下げ、次の瞬間、三人は姿を消した。
胡桃、何か言いたげだったが……戻ってきてから相手をしよう、うん。
皆が向かった南の空を仰ぐと、いつの間にか顔を出した東の陽光が、しょぼくれた私の瞳を容赦なく虐めてきた。
しばしばと目を動かしてから、ふぅっと溜息を吐き出し、尋ねた。
「父上、なんだか嬉しそうですね?」
私の言葉を聞いて、いつもとは違い、目を細め口の引き攣れた笑い方をする。
「ははっ……いやぁ、楽しみだなぁと思ってな……筑貢の者に会えるなんて、なぁ?」
ぞわっ!
最恐の忍びの薄ら笑いを眼前で見て、私の全身の血が凍りついていくのを感じた。
じりっ……ざっ!
父上から滲み出る狂気に気押され、退がる足をなんとかその場で踏み止まる。
私が腑抜けでどうする⁉︎
たとえ相手が筑貢の忍び……大樹の仇だとしても、浅緋の里の中で無益な殺生をさせてはならん!
父上を止められるのは他でもない、私だけだ。
自惚れなどではなく、事実。
これ以上の怨みの連鎖は……もう沢山だ。
ふっと、仲間の顔が頭に浮かんだ。
間者の名を父上に話せば、理由を聞き出す暇も与えられず殺されてしまう。
だがこのまま野放しにしておけば、皆が傷つく。
私がやらねば……。
そういえば、間者がいることを井蔵から教えてもらったが……父上はご存知……無さそうだな。
知っていたらこんな風に冷静ではいない。
荒れ狂い、瞬殺してしまうはず。
それを危惧して、私にだけ内密に伝えてくれたのだろう。
「父上は……井蔵達、亥ノ組に何を指示したのです?」
「ん? あぁ、ちょっとな」
のらりくらりとした里長は、私の問い掛けにまともには答えてくれない。
私に心配させまいと言葉を濁すのはよくあることであり、嘘は付かない……そして、黙るか、はぐらかす。
父上の原動力の根底は全て私なのだ。
……考えても仕方のない事は捨て置こう。
ぶつぶつと呟いていると、父上がそっと私を抱き締めた。
「何か困ったら俺を呼べ。俺は和迦だけは絶対に裏切らない」
「ありがとうございます、父上」
暖かな体温を感じ、しばし目を閉じる。
筑貢の忍びにとって仇だとしても……私のたった一人の父親を誰にも奪わせはしない。
が、これを口に出すと、鬱陶しいほどに父上に絡まれるので、心の中にそっと仕舞う。
「俺はまたちょっと出掛けてくるが、夕刻までには戻る」
「お気をつけて」
頭を下げ、父上を見送った。
◇◇◇◇
己の部屋に戻り、胡桃が纏め上げた報告書をぱらりと開く。
彼の容姿と同じく、書字も絵も本当に美しい。
胡桃が大樹を空に弔ったあの日……筑貢の忍び達に遭遇した際、奴等は胡桃のことを予め知っていた。
……どこまで浅緋の里のことが敵方に筒抜けているのだろう?
全て……では無い。
とうに間者から話が漏れているのなら、浅緋の里の位置は知られているはず。
なのに刺客が送り込まれることもなく、里は平穏に日々が過ぎている。
だが、それではおかしいのだ。
もし脅されているのなら、知ってること全て洗いざらい吐かされるはず……まさか……な。
胡桃をわざと逃し、尾行して所在を突き止めることもしていなかった。
彼を追わなかったのは、返り討ちを恐れたのだろうか?
里の場所は特定できていないから、城を狙っているのではないのか? もしくは別な意図……?
大樹はやはり囮だったのか? それとも……。
疑念だけが次々と頭に浮かび、膨れ上がる。
……私はどこか、思い違いをしているのか?
見落としが何か探るように、繰り返し彼の報告書を見返した。
「いやぁぁぁぁぁぉぁぁっ!」
その時、外から泣き叫ぶ悲鳴が私の部屋にまで響いてきた。




