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忍リクルート  作者: 枝久
九、

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65/90

戻り道①

 騒ぎで辺りに松明(たいまつ)が灯り、忍び達は揺らめく影に混じって外へするりと抜け出した。

本来なら城内が(ざわ)ついている隙に乗じて、素早く城から離れるのだが、(かわや)に寄って少々の時間を浪費した。


 だが、致し方ない……蘇芳丸に城内で漏らされては皆が困る。

加えて、城の緊急時に厠に寄っていく無礼者の武士がいなかったことも幸いし、鉢合わせることも無かった。


 ばたばたばたばたばたっ!


 城内を家臣達が足早に駆ける!

若君を連れ去る所を知られるのも、筑貢の忍びの任務失敗が(おおやけ)になることも避けたい。

だが、これだけの人が起きて動いていることが、かえっていつもの蘇芳丸の粗雑な移動音を掻き消してくれた。


 先程、腹下し薬も含めて全てを出し切った彼の身体は元通りの能力に戻っていたのだ……なんとも不可思議な身体である。


 すとっ!


 外周に巡らされた土塀に三人が上る。

時人と千鳥、彼らの背中には下緒(したお)(くく)られた筑貢の忍びと若君が、其々眠ったままおぶさっていた。


 がちゃんっ!


「あ」

「「……」」


 蘇芳丸が踏んだ土塀上の瓦が一枚割れた。


「侵入時とはこうも違うものか……」


 溜息を吐き出しながら、千鳥が懐から取り出した音鳴玉をそっと鳴らした。


 きぃぃぃぃんっ!


 忍びの耳にだけ届く甲高い金属音が鳴り響き……次の瞬間、三人が控える土塀の隣、(そび)える松の木から音が鳴った。


 ひゅん! かこんっ!


「流石は(はじめ)……寸分違(すんぶんたが)わぬ命中だな」


 八郷城外には外敵の侵入を阻む幅広の堀が一周ぐるりと囲う。

一部に川の流れを利用している為か、吉伏城とは違い、深い水が湛えている。

浅緋の里は水不足だったのに、同じ武蔵国内でこうも違うものか。


 三人からは確認できないその対岸では、弓矢を放った元がそっと胸を撫で下ろしていた。

己の一射……腕に自信はあっても、外せば仲間の命取りになりかねない。


「相変わらず凄えな……その辺にあった竹で作った弓だろ? どんな目してんだ?」

「……目だけじゃない。『氣』も遣ってるんだ」

「顕霞の術の応用だ。帰ったら、また教えてやるさ」


 そう言いながら、千鳥が打ち込まれた矢を木から引き抜き、手早く矢羽根の後ろに繋がった縄を松の幹に結び付けた。


 忍びはその身に隠せないような目立つ道具や武器は持ち歩かない。

その場にあるものを使って、即興(そっきょう)で道具を作るのだ。


「よし!」


 此岸と対岸を繋ぐ、ぴんと張られた縄に、鉤爪(かぎづめ)を引っ掛け、傾斜と自重を利用して、三人で堀を一気に渡る。


 しゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! ずどんっ!


 着地で蘇芳丸は愚かしい程に激しく音を立てた。


「あ」


 やってしまった自覚はあるのだろう、ひどく情けない顔をしている。


 すぱーーん!


 そんな蘇芳丸の後頭部を、待機組だった常吉が思いっきり平手でひっ叩いた。


「阿呆か!」

「い、痛ぇぇな! いきなり叩くなよ!」

「ほらほら、騒がないの。千鳥、時人、その背の者は?」


 蘇芳丸と常吉を元がやんわり制し、二人に尋ねる。


「……話せば、(しば)し長くなる」

「とりあえずここから離れるぞ、話はその後で」


 皆が頷き、すうぅと五人と背負われ者は闇に溶け消えた。


 対岸の八郷城だけが、月明かりの代わりにこの夜を照らしたのだった。



◇◇◇◇



 ざっ!


 城から離れ、浅緋の里はまだ少し遠い林の中で、先頭を走る千鳥が足を止めた。

皆、それに続く。


 東を向くと、夏暁(なつあけ)の空が徐々に、暗闇から白い光を連れてきていた。


「夜が明けるぞ」


 ばさっ!


 千鳥の声掛けで、常吉と元は一瞬で忍び装束を裏返し、ただの着物姿へと着替えた。

闇に溶け込む真っ暗な忍びの衣は日の下では目立ち過ぎる。

あとは頭に手拭いを巻けば、いつもの農民姿の出来上がりだ。


 以前、辰ノ組が日中の吉伏城に忍び装束で潜入したことを話したら、丑ノ組の全員が白目を()きかけた。

『阿呆なのか?』と……。

なるべく目立たない選択が必須なのだ。


 時人が背中の忍びをおぶり直しながら、身支度を終えた二人に声を掛ける。


「……これが筑貢の忍びで、千鳥の背に()られるそちらが八郷城の若君、泉寿(せんじゅ)様だ」

「あ? あぁ……おう?」

「……何をどうしたら、書状を渡す任務からそうなるのです?」


 二人が困惑しながら、千鳥と時人を交互に見遣った。

だが、己が信じる仲間が何を言わんとするのかを察し、静かに言葉を放つ。


「俺らはあいつを呼べばいいんだな?」

「頼んだ」

「じゃあまた後でね」


 言うと同時に、二人は霞消の術を展開し、すうっと目の前から姿を消した。


「ん? なんでこんな林ん中で分かれるんだ?」


 着替え終えた蘇芳丸だが、丑ノ組の意図がまるで読めず、きょろきょろと今消えた二人を目で追うように首を振った。


「……蘇芳、ちょっと若様を抱えててくれるか?」

「ん? あぁ……」


 千鳥から、まだ眠る要人をそぉっと受け取る。


 ささっ! ぱっ!


 蘇芳丸に託した瞬間に素早く着替え、また再度、受け取った。

乱雑な少年に任せ続けるのは(いささ)か気が引けたのだろう。


「ん? あぁ、本当にちょっとだな。それにしても……若君ってのも……大変なんだな……」


 眠り続ける高貴な幼子に、ちらりと目を遣る。


「生まれた時から……いや、生まれる前から、全て決められているからな、若君は……」


 そう呟く千鳥の言葉、それは誰を指しているのだろう。


 すると、今度は時人が静かに声を掛けてきた。


「……蘇芳」

「ん? 何だ、時人?」

「……俺も着替える」


 そう言って、己の背中を蘇芳丸へと向けた。


「あぁ、はいはい。お預かりしますよ〜〜」

「……蘇芳」

「なんだ?」

「……ちなみに、そいつ……起きてる」

「⁉︎」


 ばっ!


 時人が言葉を発したと同時に、蘇芳丸の手に渡る寸前で小さな体躯を(よじ)り、まだあどけなさの残る敵方は地面に着地した!


 すとっ!


「そういうことは先に言えよっ‼︎」

「……っ!」


 猿轡(さるぐつわ)を噛まされ、胴体は縛られたまま……それでもまだ何かを諦めてはいないその眼を対峙する三人へと向ける。


 身動き取れねば、自害は出来ない。

だが背中を見せれば、死ぬよりも悲惨な目が待っている……それくらいこの子供でも分かっているようだ。


「……筑貢と言えば毒……その者達も毒やら薬やらに対しての耐性を付けているのだろう。途中で目覚めたのは氣配で分かっていた」

「……っ」


 読まれていたことに内心焦ったのか、一筋の汗が小さなその頬を伝い、噛まされた手拭いにじわりと染み入る。


「ちっ」


 いつも冷静な千鳥が珍しく苛立ちを隠さずに、冷たい声を発する。


「なぁ時人……八郷城内に他の忍びは?」

「……いや、城には此奴(こやつ)のみだった。既に城を出ていたか、あるいは……」


 目の前の小さな敵から目を離さずに言葉を続ける。


「……最初から見捨てるつもりだったんだろう」

「だろうな」

「⁉︎」


 二人の言葉で目の前の忍びは僅かに身体を震わせ、心の動揺から丸い瞳が微かに泳いだ。


 見た目だけで言えば、十過ぎだが、十四の蘇芳丸よりは幼なそうだ。

だが、子供だろうと仲間の仇。

千鳥の心には何とも言えない感情が渦巻いているのだろう。


「あぁ…憎さで今すぐ殺してしまいそうだが……見捨てられ者なぞ、その価値もない」

「……若君を操り、八郷城内を掻き乱し、外部に連絡を送る手筈だっただろうが、お前は失敗した。最初から仲間はお前に期待なぞしておらん。ただの捨て駒だ」

「……」


 目だけが憎々しげに浅緋の忍びをきっと睨み付ける。

 

 がっ!


「忌々しいな……その瞳」


 そう呟き、千鳥が小さな喉元を握り、力を込める。


 ぎりぎりぎりぎり……


「お、おい! ちょ、ちょっと待てよ!」


 ばっ!

 

 思わず、蘇芳丸が後ろから千鳥の腕を掴み、止めに入った!


「止めるな、蘇芳」


 蘇芳丸を振り返るように首を傾けた千鳥。

彼の髪が微かに揺れ、露わになった左耳の耳環が鈍く光る。


「っ⁉︎」

「……何だ?」


 縛られた少年の視線が己の左耳、丑ノ組の仲間の形見に向けられ、千鳥が怪訝(けげん)な顔をする。


 すると次の瞬間、目の前の小さな身体ががくっと膝から崩れ落ち、その両目からぼろぼろと大粒の涙が溢れ出したのだった。

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