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忍リクルート  作者: 枝久
九、

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64/90

八郷城主② ー刺客ー

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」


 寝静まった真夜中に、突如響き渡る甲高い悲鳴!

それに呼び起こされたのか、城内に人の動き出す気配が溢れる。

寝てる無意識な間でも、常に気を張り詰めているのは武士の性分だ。

不審な物音ですぐに目を覚ます……まぁこれだけ騒がしければ、寝続ける方がかえって難しいだろう。


 ぴぃーーっ!


 忍びの耳にだけ届く時人の笛の音はまだ鳴り続けていた。

自らの場所を仲間に知らせる合図。


 さささささささっ、ばんっ!


「「無事かーーっ!」」


 笛の音を辿り駆け付けた蘇芳丸と千鳥は、勢いよく忍びらしからぬ音を立て、戸を開け放った!

仲間の名を不用意に呼ばない。


 二人の目に真っ先に飛び込んできたのは……


「ひぃぃぃぃぃっ! ば、ばけものーーっ‼︎」


 腰を抜かした小姓が一人、暗闇に向かって泣き叫び続けていた。


「……」


 その隣には、目を開けたまま横たわっているが、微動だにしない幼子。


「お、おい……」


 蘇芳丸の溢した声で、暗闇に(うごめ)く何かが振り向いた。


 ぐりんっ!


「うぉっ⁉︎」


 闇の中、ぼんやりと白い顔が浮いていた。

顔と言っても、鼻口は無く、目の部分だけが小さな洞穴のように真っ暗に開いている。

青白い薄ぼんやりした……面だ。


「間に合ったのか?」

「……どうだか」


 千鳥の声に、時人が小さく返事を返した。


 忍び装束を纏う時、彼はこの面を付けて行動する。

身体は暗闇に同化しているが故、顔だけが不気味さを際立たせた。

その様相は、さながら京の(みやこ)を震撼させた顔無し鬼のよう。

蘇芳丸はもう何度も見ているはずが、未だに慣れずに逐一、驚嘆の声を上げるのだった。


 魑魅魍魎(ちみもうりょう)への畏怖(いふ)の念は強い。

怯え、混乱させ、それに乗じて抜け出すのが時人の常套手段なのである。


 『忍びはたかが人間、妖術なぞ使えん』と言い放つ浅緋の若君が、実は最も妖術使いのように氣葬術を巧みに操る。

他の者達にそこまでの才覚はない。

各々が得意とする技術を昇華し、武器とするのだ。

 

「捕えるぞっ!」

「お、おう!」


 千鳥の声で我に帰った蘇芳丸は、懐から取り出した縄で叫ぶ小姓を素早く締め上げた!


 ぎりっ! ばたんっ!


「はっ⁉︎ くそっ! な、何だお前らは‼︎」


 縛り上げられ、床に転んだ小姓……いや、忍びの者が声を荒げる。

自分が捕縛されたことでようやく、現実に気づいたのだ。


「……黙れ」


 千鳥がぴしゃりと言い放ち、鋭く睨み付ける。

仲間の仇を目の前にして、冷静でいようと努めているのが……なんとも痛々しい。


「これが本当に筑貢? うん? ……なんか弱っちいな。ただの餓鬼じゃん?」


 そう言って、蘇芳丸が忍びの少年の頭を雑に掴んだ。


「ふっ……ふはははっ。お前ら、来るのが一足遅かったな」

「「「⁇」」」


 突如、囚われの身が気がふれたように笑い出す。


「術は……もう完成してるんだよ。おい、俺の縄を(ほど)け!」

「お、お前、何言って……」


 ざくざくっ!


「は?」


 蘇芳丸が唖然とするのも無理はない。

今しがた横たわっていた幼子が小刀を使い、縄を切ったのだ。


「はぁ? これ、すっげぇ硬いんだぞ⁉︎」


 目の前の光景に驚き、三人はざっと飛び下がる!


「普通の幼子には到底切れんだろうな。だが、もう俺の傀儡(かいらい)……命令は絶対だ!」

「……」


 手首をこきこきと鳴らし、にやりと笑う。

幼子の焦点は合っておらず、ぼんやりと空中を見つめていた。


 どくんっ!


 三人の心臓が跳ね上がる!


「……胡桃と……同じ術を使うのか?」

「いや……まだ、そうとは……」

「下手に手が出せんな」


 ばたばたばたばたっ……


「何事じゃーーっ‼︎」

「「若様ーーっ⁉︎」」


 騒がしく現れた声の主は、遅れてやってきた城主と寝ずの番の小姓達。


 燭台の灯りに揺られるように浮かび上がった目の前の状況を見遣り、城主はさらに声を荒げる!


「貴様! 乳母の遠縁では無かったのか! よくも儂を(たばか)りおったな‼︎」

「動かないで頂こう! 若君の御命(おいのち)がどうなっても……」

 

 ざしゅ!


 忍びの言葉を最後まで聞かずに、城主は刀を抜いていた。

血飛沫(ちしぶき)が舞い、灯りの火を大きく揺らす!


「ぐわぁ!」


 城主が躊躇(ためら)いなく振った刀の(きっさき)からは血が伝い、ぽたぽたと床に赤い雫が垂れ落ちる。


「な、なに⁉︎ くそっ!」


 筑貢の忍びは咄嗟に後方へと下がったが、一瞬遅れた。

人質がその役目を少しも果たさないとは夢にも思わなかったのだろう。

実践経験の乏しい者の油断が招いた結果だ。


 今の一太刀によって右前腕に傷を負い、抑えた左手の隙間からは血が滴っている。


「はっ!」


 手負になったその隙を付いて、千鳥が再度、筑貢の忍びを素早く拘束し、床に転がせた。


 ばたん!


「ぐうっ! ぐがっ!」

「……甘いな」


 手早く時人が猿轡(さるぐつわ)をかませる。

口頭指示がなければ、若君は動きを停止したままだ。


「下手に自害されても困るからな」


 そう言って、千鳥が転がる忍びの顔面を掴み、憎々しげに握り締める。


 みしみしみしっ……


「‼︎」


 骨の(きし)む音が聞こえる。

身を(よじ)るが、身動きを封じられた状態では逃げようがない。


「お前にはどんな手段でも口を割ってもらわねばならぬ……大方、毒を歯の裏にでも仕込んでいるのだろう? 筑貢の者は毒物の扱いに長けているらしいからな。だが、舌が動かせねばどうにもなるまい?」

「⁉︎」


 己の行動を先読みされ、さっと顔色が変わる。


 忍びの任務失敗は、死をもって償う。

それを阻害されてしまえば、死よりも恐ろしく、(みじ)めな道しか残らない。


「で……お前は何をしておるのだ?」


 静かに、だがそれでいて威圧感を与える声で、城主は目の前の人間に問い掛けた。


「そ、それはこちらの言い分です‼︎」


 蘇芳丸は構えを崩さずに、眼前の城主に言葉を返す!


 城主は曲者ではなく、その隣で虚ろに佇む自身の息子、(よわい)三つの若君を殺そうと全力で刀を振るったのだ。


 城主の刀が若君の首を捉えようとした瞬間、無意識に動いた蘇芳丸が前腕の鉄甲で刀を受け止め、咄嗟に若君を護ったのだ。


 ばっ!


 左腕を広げ、若君を庇う様に城主の前で立ちはだかる。


「あ、貴方様は実の子を殺そうというのですかーーっ‼︎」

「止めるなよ、若造。儂の(かせ)になる者は全て切り捨てる。それがたとえ、大切な……己と血の繋がった我が子であろうとも……」

「……」


 目の前での出来事はこの幼子の仄暗(ほのぐら)い瞳には写っていないようだ。

筑貢の忍びの傀儡と化した若君、その本来持ち合わせていたであろう豊かな感情はどこにも見当たらなかった。


「儂に弱点などいらぬ! 非情でなければならぬ! この戦国の世で負けは(すなわ)ち死を意味する! 儂が傾けば、八郷の者共の人生全てが終わるのだ! 分かるか、お前達にこの言葉の重みがぁーーっ‼︎」

「そ、それは……」


 城主の気迫に気圧(けお)され、蘇芳丸の足が一歩後ろに下がった。

だが、その下げた右足をより強く踏み締め、顔をぐぃっと上げる!


「な、ならば‼︎ 貴方様が捨てる命と言うならば……俺はその命を拾う!」

「……何?」


 蘇芳丸の言葉に、城主はぴくりと眉を動かした。


 ぶすっ!


「……っ‼︎」


 その時、猿轡(さるぐつわ)を噛まされて声の出せない筑貢の忍びが、びくっと身体を大きく跳ねさせ……すぐにぴくりとも動かなくなった。


「なっ⁉︎」

「……心配するな、少し眠らせただけだ」


 そう言いながら、時人が眠る忍びを己の背中に(くく)り付ける。

(あだ)を里へと連れ帰るつもりだ。


「殿! 若君に傷をつけること、お許し下さい」

「うむ、許可する」


 今度は千鳥が、眠り薬を仕込んだ針を幼い若君に突き刺し、幼子は静かに眠りに着いた。

千鳥の腕の中ですぅすぅとすぐに寝息を立て始める。


 ぐるりと辺りを見回してから、城主は大きな溜息を吐き出した。


「……今、書状を(したた)める。筆を!」

「はっ!」


 よくあることなのだろう、小姓はさっと懐から紙と筆と簡易な墨入れを取り出した。


 さらさらさら……


 卜寸殿が筆を走らせながら、忍び達に声を掛ける。


「おい、お前達! 浅緋の若造に伝えよ。せいぜい儂の役に立つように里で育てよ、と。ほれ、これを持って行け!」

「「「はっ!」」」


 粗雑に突き出された書状を受け取り、全員揃って頭を下げた。


 予定外の状況ではあったが、ようやく里へと帰れる。

ほっと安堵したのだろう、突如……


 ぎゅるぎゅるぎゅるぎゅるーーっ‼︎


 激しい音が蘇芳丸の下腹部から鳴り響く!


「な、何事じゃ⁉︎」

「あっ! か、か、(かわや)を貸してくださーーい!」

「なっ⁉︎ さ、さっさと行けーーっ‼︎」

「は、はいぃぃぃっ!」


 だだだだだだだだだだだだだっ‼︎


 腹を抑えた蘇芳丸は下手な曲者のように派手な音を立て、厠へと走って行った。

事前に城内地図を頭に入れておいたのが役に立った。


 ………………


「「最後に大変ご無礼お許しください‼︎」」


 千鳥と時人がこの場にいない研修の忍びに代わり、頭を下げた。


「全く……なんなんだ彼奴(あやつ)はーー! うははははははっ!」


 そう言って、城主は声を上げて笑ったのだった。



◇◇◇◇



「はぁ、はぁ、はぁ……し、死ぬかと思った……」


 厠で腹の内容物全てを出し切った蘇芳丸がげっそりした顔で呟いた。


「……人畜無害な顔をして鬼畜だな、千鳥」

「おや心外だな、時人」


 呆れ声を出す白面をつけた青年に、爽やかな笑顔を返す。


「蘇芳が吉伏城侵入の際、跳躍が高すぎて瓦を割ったという話を聞いた。研修に出るまであまり時間も無かったのでな、蘇芳自身に力を抑えさせる修行は到底間に合わん。ならばと、腹下し薬を使って蘇芳の力を半減させ、我らと同等程度に力を封じる策にしたのだが……上手くいったな」

「……服薬量間違えてたら、失敗してたぞ、これ」


 さっきまで腹を痛めていた少年は恨み節を千鳥に吐く。


「幹兵衛からの薬だから問題無かったであろう。蘇芳自身も承知したではないか」

「うぐっ……」

「……承知せざるをなかった、の間違いだろう……ん?」


 ぱたぱたぱたぱた! 


「あ! 良かった、まだいらしたのですね!」


 厠前に先程の小姓がやってきて、手に持った品をそっと三人の前に差し出してきた。


「これは?」

「殿からの褒美(ほうび)……とでもいいますか……若君の『養育の足しにしろ』とのことです」


 そっと、小さな包みを開くと、束になった小判が顔を覗かせた!


「「「うおぉぉぉぉぉぉっ!」」」


 いつも冷静な丑ノ組の二人でさえ、光り輝く黄金を見て思わず声が漏れ出た。


「それともう一つ、殿からの言伝(ことづて)でございます。『我が子、泉寿(せんじゅ)を頼む』……と」


 小姓は深々と頭を下げた。

顔無し鬼:のっぺらぼうの原型といわれる妖怪

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