表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忍リクルート  作者: 枝久
九、

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

63/90

八郷城主①

 八郷城内は、しんと静寂に包まれていた。

武士と言えど、たかが人間。

疲れた今日の身体を休めなければ、来たる合戦で思うようには動けない。

動けぬ者に……明日の己の命の保証などない。


 薄く開いた木戸から(こぼ)れる新月の夜。

暗い黒い深い闇。

だがこの暗闇でも昼間と変わらずに動ける者達がいる……忍びだ。


 木戸の隙間から部屋を抜ける微かな(ぬる)い風は、室内にするりと滑り込んだ曲者(くせもの)達の腰帯をそっと(そよ)がせた。


 二つの影は音も無く床に膝をつき、互いに顔を見合わせ頷く。


「夜分失礼致します、城主殿」

「⁉︎」


 抑揚(よくよう)のない蘇芳丸の声掛けで眠りから覚めた男は、寝床から勢いよく飛び起きた!


 がばっ! がっ、ひゅん!


 暗闇の中、い草の寝茣蓙(ねござ)の上に片膝をついた白い小袖の殿は、枕元の刀を瞬時に抜き、無礼な侵入者の眼前に刀の切先(きっさき)を突きつけた!


 ぴたっ。


「何者じゃ⁉︎」


 夜目の効かない状況で臆することなく、俊敏な動き……この城主は真の武将だ。


「我等は浅緋の忍びに御座いまする」

「浅緋の……戸の向こうで小姓共が寝ずの番をしていたはずだが……(あや)めたのか?」

「あ、殺めてはおりませぬ!」

「静かに眠って貰っております」


 慌てる蘇芳丸の横で、千鳥がそっと言葉を足す。


「そうか……」


 暗闇の中、城主の瞳が鋭く光るのを二人は見逃さなかった。


「ど、どうか小姓達を処することはおやめください!」

「我らは忍び、気付かれないのが御役目」

「……ふん」


 考えを読まれたのがおもしろくなかったのか、子供のように鼻を鳴らした。


 かちゃっ……


 枕元にそっと手を伸ばし、城主殿は二人に振り向いた。


「火を灯せ」

「え? 火?」

「はっ!」


 千鳥はそっと袖を(まく)り、前腕の鉄甲を擦って、突き出された燭台(しょくだい)上の蝋燭(ろうそく)に火を灯した。

以前にも同様の事があったのだろう、察しが良い。


 揺らめく灯りで、室内に影が三つ浮かび上がる。

八郷城主の卜寸(ぼくすん)殿は武将には珍しく、月代(さかやき)を作らない総髪(そうはつ)に、猪の毛並みのような(ひげ)を蓄えている。

心火逆上なぞ、どこ吹く風といった心持ちだ。


「我が主より、卜寸殿へ書状を預かっております。どうぞお納めください」

「ふん」


 蘇芳丸の差し出した書状を乱暴に受け取り、ざっと目を通し……。


 ぐしゃっ!


 若からの書状を両手で握り潰した。


「なっ⁉︎」

「ははっ、甘っちょろい浅緋の若造め。こんな書状よりも、さっさと駒を送れば良いものを……おい、お前ら。寝所に忍び込むとは見事である。この儂に仕える気はないか? 報酬は弾むぞ!」

「「……」」

「武士でなくて良い。農民だろうが、忍びだろうが出自なぞ、どうだって良いのだ。力のある者を重用しているのが我が軍だ。お前らなら上へ行けるぞ。下剋上、おおいに結構! ん? どうだ?」


 戦国の世は力こそ全て。

浅緋の若君の考えこそが異端なのだ。


「お、俺は……浅緋の忍びです!」


 己の主を軽んじられた少年は、怒りで震える拳を握り締め、そう吐き出した。


「今は(こら)えろ」

「くっ、分かってらぁ!」


 頭を下げた姿勢は崩さずに、目の前の城主には聞こえぬ忍び声でそっと会話する二人。


 強く握り続けた蘇芳丸の拳は爪が肉に食い込み、掌からじわりと血が滲み出る。

己は主の文句をぎゃあぎゃあと(わめ)くが、若のことをよく知らぬ余所者(よそもの)にとやかく言われると、いくら己よりも位の高い城主殿といえど、(はらわた)が煮えくりかえる思いなのだろう。

随分と我儘(わがまま)なものである。


「落ち着け……落ち着け……」


 目を閉じ、心を(なだ)め言い聞かせるように同じ言葉を繰り返す。

任務中に冷静さを欠くなど、御目付役(おめつけやく)の千鳥に報告されようものなら、また若に深々と溜息を吐かれてしまう。


 その時、よく知る微かな笛の音が二人の耳に届いた!


 ぴーーっ!


「笛⁉︎」

「笛じゃと? ……儂には何も聞こえんが?」


 城主はきょろきょろと天井を仰ぐ。


忍笛(しのびぶえ)に御座います。仲間が一人、他里の忍びの動向を探る為に城内に潜入しておりますが、その者からの合図です!」


 千鳥が淡々と申し上げるが、内心の焦りが僅かに声に顕れていた。


 此度、二手に分かれた丑ノ組の中で、待機組は元と常吉。

城の外で状況を注視している。


 時人は潜入組。

蘇芳丸、千鳥と同時に八郷城内へと忍び込み、途中で分かれた。


「我等の任務は殿に書状を直でお届けすること、つまり既に完したものであり……ここからは我等の範疇(はんちゅう)外……城内、勝手に動くことを何卒(なにとぞ)お許し頂きとう御座います!」


 千鳥が素早く頭を下げ、蘇芳丸もそれに(なら)うようにさっと体勢を低くした。


 二人の忍びと、手元の握り潰した文を交互に見遣り、武士の直勘に従い、城主は太い声を上げる!


「行け!」

「「はっ‼︎」」


 許可と同時に、浅緋の忍びが爆ぜ駆ける!


 部屋に一人残された城主もすぐに立ち上がり、刀と灯りをを(たずさ)えて、戸を開けた!


 ばんっ!


「……はっ! 卜寸(ぼくすん)様!」

「ま、誠に申し訳御座いません‼︎」


 戸の音に驚き、飛び起きた小姓達は今起こした頭をすぐまた下げ、床に擦り付ける。


 二人共小さな身体をがたがたと震わせている。

寝ずの番が居眠りをしたのだ、城主の手の中で光り輝くその刀で、首を()ねられてもおかしくない失態。

 

 だが、恐ろしい城主は構わずに言い放つ。


「行くぞ! お前らも来いっ!」

「「はっ‼︎」」


 青い顔をした小姓を伴い、城主はどすどすと階段を駆け降りた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ