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忍リクルート  作者: 枝久
九、

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62/90

蘇芳丸の初任務

 若からの命令を受けた五人は里長屋敷を出て、そのまま千鳥の屋敷へと立ち寄った。


 千鳥の母と姉は既に他界している。

父親も長いこと外の任務に出ており、兄達も不在がち。

一人暮らしが長い為か、丑ノ組の集合の場は決まっていつもここだ。

里の東に位置し、青葉邸からも程近い。


 ごそっ……。


「蘇芳、これを持て」

「ん? 何だこれ?」


 千鳥が小さな布袋を蘇芳丸の目の前に突き出した。


兵糧丸(ひょうろうがん)だ。今宵(こよい)、八郷城内に忍び込む。腹が減っては動きが落ちるからな」

「あの城は左程(さほど)ここから遠くねぇが……俺らにゃ下準備が必要だ。用意が出来たら即出るぞ。水は忘れるなよ?」


 そう言いながら常吉が蘇芳丸の頭をがしがしと乱雑に撫でた。


「痛っ! 痛えな、おい。っつうか、常吉! さっきはよくも……」

「若に対して無礼を働くお前が悪いのですよ。はい、八郷城内外の地図はこれ。出立までにちゃんと頭に叩き込んでおきなさいね」


 掴み掛かろうとする少年を、元が柔らかく(たしな)めながら、ひらりと大判の紙を床に広げた。


「……うちの組は八郷城からの仕事を受けたことがない……亥ノ組は受けていたな」


 時人が小さな声でぼそぼそと呟く。


「何でだ? 近い城なら依頼はどさどさ来るんだろ? 丑ノ組にだって当然、回ってくるだろ?」

「依頼は里に山程来ているようだが、若が断っているんだろう、と花鳥衆が噂していたな」

「はぁ? おいおい、忍びが仕事選んでて大丈夫なのか?」


 千鳥の言葉に呆れた顔をする蘇芳丸。

その頭を常吉が強めにこづいた。


 ごんっ!


「阿呆め」

「だ・か・ら、殴んなっつうの!」

「蘇芳……若はねぇ……我等、里の者達をどうにかして守りたいのですよ」


 元が蘇芳丸を羽交締(はがいじ)めにしながら、じたばたする彼に優しく言葉をかける。


「何じゃそりゃ?」

「ここら周辺の城の中で……一番、手駒の命を捨てる城主だからだろう」

「ふぅん。でも、そんなんじゃ臣下は誰もついてこねぇだろうが……」

褒美(ほうび)で釣っているのですよ。もしくは、絶対的な武力によって……」


 そう言って、元は蘇芳丸をぱっと解放した。


「あの城の奴等は略奪、虐殺を良しとしてっからな。野蛮だろうが卑怯だろうが、勝ちゃいいって算段だ」

「……その為に、忍びは何かと使い勝手がいい」

「そんな(くそ)城主の息子殿を救う為に、俺らは書状を(じか)に届けるってか?」


 ぶすっとした顔をする蘇芳丸の頭を今度は千鳥が優しく撫でる。


「いいか蘇芳。此度(こたび)の任務は、人知れず潜入し、対象以外に見つからずに帰還する……霞消の術が使える浅緋の忍びならば容易い仕事だ」

「うぐっ!」


 その術を苦手とする蘇芳丸が苦々しい顔を浮かべる。


「ほら……お前はすぐ顔に出る。若に叱られるぞ? 八郷城はな、あまり浅緋の里との関係は良好とは言えん。万に一つでも、捕まることがあれば……それは忍びとして何を意味するか、分かるよな?」

「うっ、それは……」


 忍びが捕縛されようものなら生き恥だ。

口を割るくらいなら、迷わず自害を選ぶのが常。


(おく)するな。お前は……我ら丑ノ組が補佐する」

「しっかりやれよ、蘇芳」

「落ち着いていきましょう」

「……お前を死なせはしないよ」

「千鳥……常吉……元……時人……よっしゃ! 俺はやるからなーー! そんで若を見返してやるんだからなーー!」


 べしっ‼︎‼︎


 己の主に対して失礼を申す少年は先輩忍者達に叩かれながらも、巳ノ刻に里を出立したのだった。



◇◇◇◇



 天高く伸びた杉林の中、最も高い木に登り、八郷城の城下町を眼下に見下ろしながら、蘇芳丸が口を開いた。


「へーーそこそこ大きい割に……あんまり活気はねぇ感じの町だな」

「蘇芳……お前、望空(ぼうくう)の術を片手では出来んのか?」

「こっちの方が俺はよく見えるんだよ」


 両手で目を囲いながら、千鳥を振り向きながら言葉を返す。


「止めろ。そのまま、こっちを向くなよ」

「おいおい……大丈夫か?」


 千鳥が手で顔を隠し、常吉は眉を(ひそ)めた。



『望空の術』

 親指と他四指を寄せ、指で丸を作り、目を凝らしてその中を覗き見る。

氣を眼球に集め、焦点が絞られることで、より遠く、より細やかに物を見るに特化した術だ。


 本来、片手のみで発動するのだが、未熟な蘇芳丸は両手を使って覗き込んでいた。


「玄武屋のある城下町とは全然雰囲気が違うのなぁ」

「あぁ、玄さんの? あれは春日代(かすがよ)城下……吉伏や石突よりもやや北方だ。あそこは華やかで治安もいいから、人が集まる。そうやって、益々栄えていくんだろうな」

「なるほどな」


 逆を言えば、荒廃した町はさらに人の足が遠退き、そして(さび)れる。


「……そんな半端な術を使っているようじゃ、また胡桃の奴にどやされるぞ?」

「うぐっ!」


 静かな時人に図星を指されて、蘇芳丸は言葉に詰まった。


「あぁ、そういや皆、胡桃と同期だっけか」

「あぁ。お前らの前だと完璧を装っているみたいだが……あれも色々やらかしておる」

「えっ⁉︎ 胡桃兄が? そうなのか⁇ ってうおっ! 危なっ!」


 意外な話に、思わず身を乗り出した蘇芳丸が落ちそうになり、慌てて杉の木にしがみつく!


「ち、ちなみに、どんな?」

「ん? そうだな……『止まれ!』と言って俺らの心の臓を止めたり……」

「えっ!」

「栗の木の下にいるところを『動くな!』って言って、毬栗(いがぐり)を降らせてきたこともあったな……」

「ええっ‼︎」


 千鳥の話に(らん)々と目を輝かせて聞き入る蘇芳丸。


「それで、それで?」

「耳栓した大樹が猿のように木に登って、胡桃のことを木の上から引き摺り下ろしたんだよ!」


 思い出し笑いで、千鳥も顔が(ほころ)ぶ。


「今でこそあぁだが、不意な発言で術を掛けてしまうのを恐れたんだろう。胡桃(あいつ)は……俺達と少し距離を取っていた。壁を作るというか……その壁を越えていったのが、あの大樹だったんだ……」

「ははっ。大樹兄らしいな」


 二人、各々が亡き仲間への思いを馳せる。


「こら、千鳥。あんまりぺらぺら話すと、胡桃に蘇芳が叱られますよ?」


 やんわりと元が口元に人差し指を添える。


「大丈夫だよな。秘匿(ひとく)は忍びの基本だから。なぁ!」


 蘇芳丸の顔を見て、千鳥がにっと笑う。

そして、すっと目的の場所を指差す。


「今宵、忍び込むのがあの城だ。出立前にも言ったが、内部構造は頭に入っているか? 明るいうちに再度よく地図と城を見て確認し、その頭に叩き込んでおけ」

「おう!」


 振り向いた千鳥の髪が揺れ、彼の左耳の耳環が控えめに光った。



◇◇◇◇



 日はとっぷりと暮れ、犬の遠吠えが何処からか響き渡る。

家のある者は戸締まりをして、寝床を整え始める頃合いだ。


 城からまだ少し距離を開けた川縁(かわべり)の草場で五人は声を(ひそ)め、顔を突き合わせていた。


「今宵は月が現れない。……この日に合わせたのだな、若は……」

「あぁ、だからあの時、三日後って言ったのか」


 蘇芳丸が納得したように大きく頷く。


 月明かりは闇夜を優しく照らす。

陰で動く者達にとっては、味方であり、敵なのだ。


「もう数刻後、動くぞ。ここら町外れは野犬も彷徨(うろつ)く。奴等(やつら)は下手な城番よりも有能だ。騒がれると面倒なことになる」

「この中で一番美味しそうなお肉は……若い蘇芳かもねぇ」

「げぇっ! やめてくれよ!」


 元の冗談で蘇芳丸の眉間にぐぐっと皺が寄った。


 鼻の効く獣は非常に厄介だ。

野犬は強い者に付き従い、数頭から十数頭が群れをなす。

幼な子が喰い殺されることはよく聞くが、本来、賢く警戒心の強さから人間の大人が襲われることは(まれ)だ。

だが、一度餌の味を覚えてしまったら……その集団は何度でも人を狩る。

動きも素早く、連携を取り、噛み付かれればその鋭い歯は骨まで達し、あっという間に(むさぼ)り喰われてしまう。

運良くその場を逃れても、噛み跡から病が広がって身体が腐り、死に至ることも珍しくない。


 浅緋の忍びが犬ころ(ごと)きに負けはしない。

だが、吠えられ、町衆の盗人見回りにでも聞きつけられては任務に差し支える。


「……野犬の集団、まるで八郷城のようだな」


 時人がぽつりと呟き、城を仰いだ。


「いいか、蘇芳。此度(こたび)、眠り薬は使えん。既に筑貢の忍びが八郷城に紛れているやもしれんからな。我々が動いたこと、気付かれるわけにはいかんのだ」

「お、おう。わ、わかってらぁ!」


 少し緊張しているのか、返事の声が少し裏返った。


 ばしっ!


「痛っ!」

「大丈夫だ、誰がお前らを鍛錬したと思ってんだ。こんくらいのこと出来なくて、忍びが務まるか、なぁ!」

「常吉……」


 叩かれた腰を摩りながら、先輩を振り返る。


「そうですよ。いつもの自信満々な態度はどうしたのです? 私達を吹っ飛ばした時のように、威勢よく居なさいな」

「元……もうそれは言わんでいいって! ……本当あの時はごめんよ」


 柔らかな嫌味を言われ、亀のように首を(すく)めた。


「……お前の能力の高さを俺らは買っている、いや、誰よりも若が……。だから、それに(こた)えろよ」

「時人……相変わらず、慣れないや、それ……」


 いつの間にか赤い頭巾を外し、忍びの姿勢になった彼を見つめ、本音を溢す。


「蘇芳、お前が城主殿にこれを届けるのだ。俺は側でただ見届ける……それだけだ」


 そう言って、千鳥が取り出した書状を、蘇芳丸の前へそっと差し出した。


 ぐっ!


 それをしっかりと受け取り、蘇芳丸が懐に仕舞う。


「行くぜ、八郷城」


 静かに蘇芳丸が言い放ち、五人はふっと姿を消した……。



 ぐるぐるぐるぐぅ……


 彼等が立ち去った後、草場の匂いを数頭の野犬達が嗅ぎ回り、真っ暗な空に向かって高く()えたのだった。

兵糧丸 : 携帯食

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