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忍リクルート  作者: 枝久
九、

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研修任務② ー有耶無耶ー

「ようは八郷の城に忍び込んで、殿様に文を渡しゃいいってことだろ? なんだ、簡単じゃ……」


 がっ! がんっ! べしゃっ!


 話途中で今度は常吉に頭を押さえ込まれ、またしても蘇芳丸は床板へと無様に叩きつけられた。


 ………………


 私は溜息を吐き……とりあえず何事もなかったかのように話を続ける。


「そう容易(たやす)くはいかぬと思うがな……先程も言った通り、筑貢の忍びが既に城内へ潜っている可能性も高い。危険を伴うが……頼めるか?」


 千鳥、元、手だけは押さえ込み続ける常吉、潰れた蘇芳丸、時人を順に見回す。


「ぐぬぬぬぬぬぬっ!」

「⁉︎」


 すると蘇芳丸が力技で常吉の手を押し返し、元の体勢へとぐぐぐっと戻ってきた。

何か言いたげな顔をしているが、下手なことを言うと、再度、皆の手が飛んでくると悟ったのか、無言で俯いている。


 横目で蘇芳丸を一瞥(いちべつ)してから、千鳥が私の顔を真っ直ぐに見つめ、すっと頭を下げた。


「我らは若の仰せのまま、ただ動くのみ」


 彼の言葉で他の丑ノ組三人も頭を下げ、慌てて蘇芳丸も頭を下げた。


「皆……無事に帰って来い!」

「「「「「はっ!」」」」」


 五人、皆が今度は再度、揃って頭を下げた。


 そうして、蘇芳丸と丑ノ組は囲炉裏端から静かに立ち去り、出立したのだった。



◇◇◇◇



 胡桃が戸を開け放つと、生温い風がゆっくりと部屋の中を通り抜けた。

(しば)し室内の籠った気を外へ逃し、入れ替え、そして再度、戸を閉めた。


 話がまだ終わっていないことを彼は重々承知しているのだ。


「若はお嫌いでしたよね? 八郷城の卜寸殿のこと……」

「あぁ……だが、好き嫌いを申しておる場合ではないやもしれんからな……」

「と、おっしゃいますと……?」


 私はそっと地図で浅緋の里を指し示す。


「この里は……知っての通り、吉伏城、草松原城、石突城、八郷城の領地に四方を囲われておる」

「えぇ、普段は術で里の位置を分からなくしていますがね」

「そうだ。だが……もし、この四つの城、何らかの事情で二つ以上が結託して正確な測量がなされた場合……浅緋の里が炙り出されてしまう可能性がある」

「なるほど……裏を返せば、現段階で筑貢の忍びは浅緋の里を捉えられてはいない、と」

「今のところは……な」


 毒女……筑貢の美都利は十年前、返り討ちにあった後、里の場所を見つけられなかったのだろう。

でなければ、幾度でも浅緋の里に刺客を送りつけてくるはず……ここまで音沙汰無いのは不自然なのだ。


 しかし……とりあえず吉伏城は今の所、問題無かろうが……残り三つのうち、石突城と八郷城は……統制が取れてるとは言い難い荒れた城。

奴等の手に落ちる可能性が高い。


「……本当に奴等は武蔵国を内から潰す気かもしれんな」


 地図を眺めながら、思わず声が口から漏れ出ていた。


「……」


 (うつむ)く私の左顔面に何やら視線を感じ、ちらりと横目で見遣ると、正座をした胡桃がじーーっと美しい瞳をこちらに向けていた。


「何だ、兄者?」

「若……私に何か、おっしゃることはありませんか?」

「うむ……そうだな……石突城にも早急に組を送って……念の為、草松原城と吉伏城にも数名忍ばせておくか。稲刈りの頃には決着をつけたいものだな。今、手隙の組は……あ……」


 里の者達の顔を次々と頭に思い浮かべる。


「いえ、そうではなく……では言い方を変えましょう……何を隠しておいでですか?」

「!」


 私の阿呆め……失態だ!

胡桃の言葉に一瞬、顔がひくっと反応してしまった。


 ………………


 皆に『顔色を変えるな』と言っている私が、最も不出来ではないか。

……狐のように細めた彼の鋭い目が、それを見逃してくれるわけもなく……。


 とんっ!


 次の瞬間、私の両肩は胡桃の手でがっしりと掴まれていた。

全く痛くはないが、揺すってもびくともしない。


「氣の抜けた状態の若は……危ういですねぇ。お考えがまるで筒抜けです。……で、誰かに何か言われましたか? そうですねぇ、例えば……井蔵、とか?」

「‼︎」


 ぎゅっ!


 何もかも見透かされそうな瞳から逃れる為、咄嗟に両目を目一杯、(つむ)った!

我ながら情けない……無駄な悪足掻(わるあが)き。


「おやおや、そんな子供みたいに可愛いらしいことをしても駄目ですよ?」


 甘い呆れ声がすぐ耳元で聞こえてくる。


「主である若に対して、術を使う気など毛頭ございませんが……貴女の抱えるものが貴女を苦しめるなら話は別……私も共に背負わせて頂きとうございます」

「……」


 まずいな。

今、胡桃に心を読まれる訳にはいかぬ。


 先程、思い浮かべた里の仲間達の顔に……ふと違和感を覚えた。

もしも、私の考えが正しいとしたら……間者は……。


 胡桃に知られては……消される。

裏切りには死をもって償わせる以外ない。


 だが、間者となった理由は……恐らく……。


 胡桃の口がすぅっと、さらに私の耳元に近づくのを肌で感じる。

言惑操術は女子(おなご)には効かぬ……だが、彼は浅緋の氣葬(けそう)術も会得している。

昼餉の栄養だけでは回復していないこの身体では、胡桃の術に(あらが)(すべ)皆無(かいむ)


 さぁ、どうする⁉︎

鼓動が早まり、冷や汗が背中を伝う。


 ………………


 はっ!


 その時、屋敷の中によく知る気配が帰ってきたのを感じ取り、大声を上げた!

 

「父上ーーっ! お帰りなさいませーーっ‼︎」


  がらっ!


「わ〜か〜‼︎ ただいま〜〜‼︎ ちょっと聞いてよ〜! じじばば揃って、俺に酷いのなんのって……」


 ………………


 戸を開け、私達の姿を認めた父上の両目が……点になった。


「……ちっ。お帰りなさいませ、汎様」

「てめぇ、胡桃‼︎ うちの子に何してやがんだーーっ‼︎ その手を離しやがれっ‼︎ しかも今、俺に向かって舌打ちしやがっただろ、この野郎ーーっ‼︎」


 ぎゃあぎゃあと騒がしい二人のやり取りの隙を見て、部屋からそろっと抜け出した。

父上のお陰で胡桃の追求をなんとか逃れられたか。

このまま有耶無耶(うやむや)になんて……出来るわけが無いんだが、まぁ一時凌ぎだ。


 まだ確証はない。

だが……動機は思い当たる。

最悪の事態になる前に突き止め、どうにか止めねばならぬ……やるしかないな。


 そう思いながら、里長屋敷から灼熱の空の下へと歩き出した。

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