研修任務② ー有耶無耶ー
「ようは八郷の城に忍び込んで、殿様に文を渡しゃいいってことだろ? なんだ、簡単じゃ……」
がっ! がんっ! べしゃっ!
話途中で今度は常吉に頭を押さえ込まれ、またしても蘇芳丸は床板へと無様に叩きつけられた。
………………
私は溜息を吐き……とりあえず何事もなかったかのように話を続ける。
「そう容易くはいかぬと思うがな……先程も言った通り、筑貢の忍びが既に城内へ潜っている可能性も高い。危険を伴うが……頼めるか?」
千鳥、元、手だけは押さえ込み続ける常吉、潰れた蘇芳丸、時人を順に見回す。
「ぐぬぬぬぬぬぬっ!」
「⁉︎」
すると蘇芳丸が力技で常吉の手を押し返し、元の体勢へとぐぐぐっと戻ってきた。
何か言いたげな顔をしているが、下手なことを言うと、再度、皆の手が飛んでくると悟ったのか、無言で俯いている。
横目で蘇芳丸を一瞥してから、千鳥が私の顔を真っ直ぐに見つめ、すっと頭を下げた。
「我らは若の仰せのまま、ただ動くのみ」
彼の言葉で他の丑ノ組三人も頭を下げ、慌てて蘇芳丸も頭を下げた。
「皆……無事に帰って来い!」
「「「「「はっ!」」」」」
五人、皆が今度は再度、揃って頭を下げた。
そうして、蘇芳丸と丑ノ組は囲炉裏端から静かに立ち去り、出立したのだった。
◇◇◇◇
胡桃が戸を開け放つと、生温い風がゆっくりと部屋の中を通り抜けた。
暫し室内の籠った気を外へ逃し、入れ替え、そして再度、戸を閉めた。
話がまだ終わっていないことを彼は重々承知しているのだ。
「若はお嫌いでしたよね? 八郷城の卜寸殿のこと……」
「あぁ……だが、好き嫌いを申しておる場合ではないやもしれんからな……」
「と、おっしゃいますと……?」
私はそっと地図で浅緋の里を指し示す。
「この里は……知っての通り、吉伏城、草松原城、石突城、八郷城の領地に四方を囲われておる」
「えぇ、普段は術で里の位置を分からなくしていますがね」
「そうだ。だが……もし、この四つの城、何らかの事情で二つ以上が結託して正確な測量がなされた場合……浅緋の里が炙り出されてしまう可能性がある」
「なるほど……裏を返せば、現段階で筑貢の忍びは浅緋の里を捉えられてはいない、と」
「今のところは……な」
毒女……筑貢の美都利は十年前、返り討ちにあった後、里の場所を見つけられなかったのだろう。
でなければ、幾度でも浅緋の里に刺客を送りつけてくるはず……ここまで音沙汰無いのは不自然なのだ。
しかし……とりあえず吉伏城は今の所、問題無かろうが……残り三つのうち、石突城と八郷城は……統制が取れてるとは言い難い荒れた城。
奴等の手に落ちる可能性が高い。
「……本当に奴等は武蔵国を内から潰す気かもしれんな」
地図を眺めながら、思わず声が口から漏れ出ていた。
「……」
俯く私の左顔面に何やら視線を感じ、ちらりと横目で見遣ると、正座をした胡桃がじーーっと美しい瞳をこちらに向けていた。
「何だ、兄者?」
「若……私に何か、おっしゃることはありませんか?」
「うむ……そうだな……石突城にも早急に組を送って……念の為、草松原城と吉伏城にも数名忍ばせておくか。稲刈りの頃には決着をつけたいものだな。今、手隙の組は……あ……」
里の者達の顔を次々と頭に思い浮かべる。
「いえ、そうではなく……では言い方を変えましょう……何を隠しておいでですか?」
「!」
私の阿呆め……失態だ!
胡桃の言葉に一瞬、顔がひくっと反応してしまった。
………………
皆に『顔色を変えるな』と言っている私が、最も不出来ではないか。
……狐のように細めた彼の鋭い目が、それを見逃してくれるわけもなく……。
とんっ!
次の瞬間、私の両肩は胡桃の手でがっしりと掴まれていた。
全く痛くはないが、揺すってもびくともしない。
「氣の抜けた状態の若は……危ういですねぇ。お考えがまるで筒抜けです。……で、誰かに何か言われましたか? そうですねぇ、例えば……井蔵、とか?」
「‼︎」
ぎゅっ!
何もかも見透かされそうな瞳から逃れる為、咄嗟に両目を目一杯、瞑った!
我ながら情けない……無駄な悪足掻き。
「おやおや、そんな子供みたいに可愛いらしいことをしても駄目ですよ?」
甘い呆れ声がすぐ耳元で聞こえてくる。
「主である若に対して、術を使う気など毛頭ございませんが……貴女の抱えるものが貴女を苦しめるなら話は別……私も共に背負わせて頂きとうございます」
「……」
まずいな。
今、胡桃に心を読まれる訳にはいかぬ。
先程、思い浮かべた里の仲間達の顔に……ふと違和感を覚えた。
もしも、私の考えが正しいとしたら……間者は……。
胡桃に知られては……消される。
裏切りには死をもって償わせる以外ない。
だが、間者となった理由は……恐らく……。
胡桃の口がすぅっと、さらに私の耳元に近づくのを肌で感じる。
言惑操術は女子には効かぬ……だが、彼は浅緋の氣葬術も会得している。
昼餉の栄養だけでは回復していないこの身体では、胡桃の術に抗う術は皆無。
さぁ、どうする⁉︎
鼓動が早まり、冷や汗が背中を伝う。
………………
はっ!
その時、屋敷の中によく知る気配が帰ってきたのを感じ取り、大声を上げた!
「父上ーーっ! お帰りなさいませーーっ‼︎」
がらっ!
「わ〜か〜‼︎ ただいま〜〜‼︎ ちょっと聞いてよ〜! じじばば揃って、俺に酷いのなんのって……」
………………
戸を開け、私達の姿を認めた父上の両目が……点になった。
「……ちっ。お帰りなさいませ、汎様」
「てめぇ、胡桃‼︎ うちの子に何してやがんだーーっ‼︎ その手を離しやがれっ‼︎ しかも今、俺に向かって舌打ちしやがっただろ、この野郎ーーっ‼︎」
ぎゃあぎゃあと騒がしい二人のやり取りの隙を見て、部屋からそろっと抜け出した。
父上のお陰で胡桃の追求をなんとか逃れられたか。
このまま有耶無耶になんて……出来るわけが無いんだが、まぁ一時凌ぎだ。
まだ確証はない。
だが……動機は思い当たる。
最悪の事態になる前に突き止め、どうにか止めねばならぬ……やるしかないな。
そう思いながら、里長屋敷から灼熱の空の下へと歩き出した。




