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忍リクルート  作者: 枝久
九、

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研修任務①

 まだ辰ノ刻だというのに、外からのじりじりとした熱気が戸板の隙間から室内へと入り込んでくる。

この囲炉裏間の戸を締め切っている為、風は通らずに熱はどんどん籠るばかり。

此奴(こやつ)らに(めい)を下し終えて戸を開けるまで、部屋の暑さを和らげることは難しそうだ。


 囲炉裏を挟んだ下座に並ぶ丑ノ組の四人は、顔色一つ変えず、汗も流さずに、ただ静かに私の次の言葉を待ち控えていた。


 それとは真逆の様相なのは、時人の隣で片膝をつけ目を閉じる蘇芳丸。

ぽたぽたと汗を垂らし、眉間に皺を寄せるその顔には『暑い!』とはっきり書いてある……まだまだ未熟。


 私の後ろに控える胡桃が、小さく溜息を吐いた。


「若、差し出がましいのは重々承知で……本当に宜しいのですか?」

此度(こたび)の任務がもし失敗に終わるなら……元服を待たずして蘇芳は里から追放、だな」


 ちらりと横目で蘇芳丸を見遣る。


 私の視線を肌で感じ、彼はぐっと顔を上げた。

おぉ、察することが出来たか……僅かだとしても、蘇芳丸なりに一応は進歩している。


「はん! 俺はやるときゃやる男だっ! 見てろよ、若ーーっ‼︎」


 にいっと口の端を上げて笑い、私に向けて声を張る。


 がばっ! ごんっ! べしゃ!


 すると、即座に隣の時人によって、その頭は押さえ込まれた。

……蘇芳丸よ、少しは学べ。

丑ノ組は礼儀に厳しい、と。


「時人、離してやってくれ」

「はっ!」


 さっと時人が元の座位に戻り、蘇芳丸は床板からのそのそと顔を起こした。

だが、以前のように私に噛み付いてくる素振りは見られず、彼の瞳には光が満ちていた。


 やる気は有り余っておる、か。


 五人の顔を見回してから、床にさっと地図を広げ、告げる。


「戌ノ組からの報告があった。……お前達も吉伏城、雪千代様の一件は知っているな?」


 千鳥達が静かに(うなず)く。


 私は話を続ける。


「分かっただけで十八名。幼い男児が亡くなることはけして珍しいことではない。だが、ここ数年、飢饉(ききん)が起きていないにしてはあまりに数が多過ぎる。そして、今年の春だ……(ここ)西(ここ)、それと吉伏城(ここ)でほぼ同時期に後継ぎの若君殿が亡くなられた。皆、恐らくは毒殺とのこと……方法も同一。……これらは筑貢の仕業(しわざ)と考えて、ほぼ間違いない」


 話しながら、地図上の城一つ一つに指を動かし、筑貢の里があった秩父のある地点を最後に指した。


 『筑貢』という言葉に、全員が僅かだが、ぴくりと身体を震わせた。

大樹の仇だ、心中穏やかな訳がない。


「これで少なくとも三部隊の忍衆が別行動で動いている……北の羽行(はご)城、西の瀬能(せの)城、東の吉伏城……だが、この北と西の二城主は(いささ)か悪政だったようでな、若君の訃報があまりに早く民に知れ渡っている」

「……わざと風聞を流した、と?」


 千鳥の言葉に私は頷く。


 誰かの耳にそっと(ささや)くだけで、あれよあれよと話は広がる。

それが、正しかろうと、正しく無かろうとも……。


「この戦乱の世だ。皆、満足に腹も満たせずに今日を生きるのに必死だ。不満が(つの)っている者達の心を掻き乱すに、風聞一つ、それで十分だ。現に、これらの領地は今、(まつりごと)が機能せずに荒れておる」

「……奴等は浅緋の里のみならず、武蔵国を潰すつもりか⁉︎」

「それは分からぬ……だから、お前達に頼みたい」


 とんっ!


「皆には、東南(ここ)へ行ってもらいたい」


 私は、八郷(やさと)城をそっと指差した。


「私からの命令だ」

八郷(やさと)城?」


 首を傾げながら、蘇芳丸が地図をまじまじと覗き込んでいる。

浅緋の里を指差し、次いで、この前訪れた玄武屋のある城下町や吉伏城、そしてこれから向かう城の位置を一つ一つ確認するように紙をなぞる。

里から出たことがほとんどなかったからな、周辺の土地を知らなくて当然だ。




 武蔵の国、大小を問わなければ城の数は数多(あまた)に存在する。

難攻不落、強固に築かれた大名の城もあれば、戦国武将が躍進して(たまわ)った支城や砦を少し装飾した程度の小城もある。

(おの)々が己の領地を護り、合戦ともなれば容赦なく他城を攻め、奪い、領土を拡大して発展を遂げていく。


 吉伏城の冬実殿のように温和な武将はごく(まれ)だ。

先々代が農民上がりだったことに起因しているやもしれん。

彼は領地経営に向いた良き城主に思う。


 だがここは戦乱の世、力こそが正義。

弱い奴は己の無力を悔いて、ただ死ぬだけだ。


 武にも智にも()けた名将ならば天下統一を成し遂げこの世に平安を(もたら)してくれるやもしれんが……ほとんどは世襲制で上に座る武将か、刀一つでのし上がった荒くれ者の武将が多い。

後者では、領民の統制なぞまるで取れるわけもなく、略奪、殺戮(さつりく)が朝から晩まで繰り返されている。


 浅緋の里は吉伏城、草松原城、石突(いしづき)城、そして八郷城の領地に囲まれた地に位置する。

どこの配下にも下ってはおらず、年貢を納めることもなく、中立の立場で依頼を遂行する。


 城主殿達は皆、浅緋の忍びの力を認めてくれており、依頼は後を絶たない。

だが、全てが意のままとはいかぬことに対し、我らの存在を忌々しく思っている者もいる……八郷城主、ト(ぼくすん)殿だ。

報酬は弾んでくれるが、危険が伴う任務も多い。

まるで忍びの命を使い捨てるかのごとく、こちらを軽んじているのが手に取るようだ。




 私は懐から一通の書状をそっと取り出した。


「お前達には、これを八郷の城主殿に直接届けて欲しい……それが、此度(こたび)の任務だ」

「直接……ですか?」


 千鳥が聞き返す。


 書状のやり取りは、城主の手に渡る前に、部下達が取り継ぐのが常だ。

直接渡すということは……城に忍び込まねばならない。


「先程の話と関わりがあるのですね?」


 元がいつもの柔らかな口調で尋ねてくる。


「あぁ、八郷城には正室と側室がいるが、生まれたのは姫ばかり。ようやく正室に男児がお生まれになって……早三年か。筑貢の忍びが何を狙っての暗殺を繰り返しているかは分からんが……もし、私なら八郷城(ここ)の若君の命を狙う」


 私も地図をとんと指差した。


 武蔵国、東南の要。

武力で制する血生臭い武士共の城だ。

下総国、野我(のが)城と隣接する地では争いが絶えず、日々血が流れていたはず……以前なら。

父上が流戸の忍びの一件で野我城を潰したことにより、今、八郷の軍勢は略奪しに赴いているだろう。


 ……危うい。

外に目が向いている時、城内の若君の側に、するりと忍びが紛れ込んできても、誰も疑うことはしないだろう。


 そっと目を閉じる。

私の(まぶた)裏には、最悪の光景が浮かんだのだった。

辰ノ刻 : 午前7時〜9時

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