稽古② ー丑と亥ー
「胡桃、すまないがこれを屋敷に持っていってくれ」
「はっ! 戌ノ組も間も無く帰るやもしれませんので、此奴はここに置いて行きます」
「わかった」
大量の銭束を彼に預け、代わりに私は駒を託された。
胡桃は私に頭を下げてから、向きを変えると……すうっと消えた。
それをはっはっと舌を出して見送る駒の背中をそっと撫でた。
「えっと……何? さっきのは……亥ノ組? う〜〜ん……あんまりよく知らないなぁ〜〜」
鍛錬場の中で、最初に口を開いたのは辰ノ組の梅丸だった。
いつものように、可愛らしく小首を傾げている。
事情をよく知らない彼のお陰で、場の緊張が少しだけ緩み、険しい表情の丑ノ組四人はいつもの顔を取り戻した。
里に来てまだ二年の梅丸が知らないのも当然。
亥ノ組は元服して以降、勢力的に里の外へ出ている……いや、出している。
寧ろ、里にいるここ最近の方が珍しい。
亥ノ組は亥年生まれの井蔵、右近、左近、鏑矢 、一つ年下、子年生まれの鎖紅 の五人で組ませている。
個々の能力も勿論高いが、右近と左近は双子で、鏑矢と鎖紅は実の兄弟だからか、この組は連携力が抜きん出ている。
それを率いるのが、あの井蔵だ。
任務は滞りなく遂行……たとえ如何なる案件であっても……。
「まぁ……関わることがなければ……知らなくても良いのですよ」
丑ノ組の元が柔らかな口調で梅丸に微笑む。
眉の無い彼の顔を梅丸は振り返り、じっと見て……あっ、と小さく声を漏らす。
「そうそう、芽吹姐から『梅ちゃん、稽古ついでに元さんから淑やかさを教わって来な』って言われてたんだっけ」
「おやおや……くのいちお墨付きとは……う〜〜ん、喜んでよいのでしょうか?」
ちらりと元が私に困り顔を向けてきた。
花鳥衆が漢らしいのか、元が奥ゆかしいのか……両方かな?
「ま、亥ノ組のこたぁ気にすんな」
常吉も嗄れ声で、ぽんと梅丸の肩を叩いた。
「え〜〜?」
「細かいことは気にせんで良い!」
「えっ⁉︎ 何で若の声⁉︎」
梅丸が驚きの声を上げる……常吉から私の声がしたからな。
声真似は彼の得意技だ。
「……我々は……亥ノ組から……認められていない。ただ、それだけだ」
赤い頭巾を被った時人が静かに呟く。
千鳥はぴくりとも動かず……何も言わない。
二年前の大樹の一件以来、亥ノ組による丑ノ組に対しての当たりが非常に強い。
『弱い奴はくたばれ!』……そう叫んだ井蔵と右近、左近の三人から、四人は再起不能になる寸前まで追い込まれた過去がある。
それを機に、鍛錬場に戸をつけた……気休め程度だがな。
下手に関わらせれば、誰かが手負になってしまう……それだけは避けたかった。
………………
「うーーっ、わんわんわんわん‼︎」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
その時、駒が突如、鍛錬場内に駆け込み、一人の少年に吠えかかる!
いきなり目をつけられた少年は、慌てて表へと逃げ出し、松の木に駆け登る‼︎
だだだだだだだだ、だっ‼︎
「た、助けてぇぇぇぇっ!」
「わんわんわんわんわんっ!」
鋼太郎が半泣きになりながら、木の上で情けない声を出した。
蛇は苦手だし、熊は怖いし、犬には追われるし……鋼太郎は動物と相性が悪い。
……まぁ、蛇や熊と縁があっても嬉しくはないがな。
「ほらほら駒! こっち来ーーい‼︎」
「わんわーーん!」
見かねた鉢ノ助の一声で、駒はくるりと方向転換し、甘えるようにじゃれつく。
怯える鋼太郎と駒を交互に見遣り、まるで丑ノ組と亥ノ組のようだな、とぼんやり思った。
松の木から鋼太郎が静かに地面に飛び降りた。
すとっ!
鉢ノ助の腕に抱きかかえられた駒の目と、長い前髪の隙間から目が合ったのだろう、びくっと彼は身体を揺すった。
戌ノ組を率いているのは鋼太郎の六つ離れた実兄だ。
駒も鋼太郎のことを弟のように感じているのだろうが……本人は怯えてしまって、それどころではない。
小さく溜息を吐き、鋼太郎に声をかけようとした瞬間、蘇芳丸が声を上げる。
「おい、若‼︎ なんでちゃんと亥ノ組に厳しく言わねぇんだよ⁉︎ あいつら、いつも千鳥達を……ふがっ!」
どさっ!
里長代理である私に向かって文句を垂れようとした少年の頭を、丑ノ組の四人が同時に抑え込んだ。
「よいよい、此奴の無礼はいつものことだ。それより、蘇芳が潰れる」
「「「「はっ!」」」」
四人が同時に飛び退き、床に這いつくばった少年は無言で上半身を起こして、ぼさぼさの髪の毛を両手で掻き上げた。
「そうか蘇芳は、井蔵達が……」
「大嫌いだっ‼︎‼︎」
ここまではっきりと蘇芳丸が言い放つのは珍しいな。
手を出されたとは聞いていないが、恐らく何かしらの嫌味を顔を合わす度にちくちくと言われているのだろう。
亥ノ組の五人、特に井蔵は辰ノ組が元服出来ないと踏んでいる。
嘲笑したか、扇動したかは分からんが……この蘇芳丸にも喧嘩を売ったのだな。
また、余計な事を……頭が痛いわい。
「若〜〜、皆〜〜! そろそろ昼餉にしましょうかぁ」
声のする方を振り向くと、青葉殿と芽吹殿が大盆を抱えてやって来た。
……おや、井蔵とは会わなかったのか?
遅れて、他の花鳥衆、羽筒と五十鈴と志麻が鍋を運んできた。
その後ろを、父上がこの前連れ帰ってきた拾い子の姉妹、棗と李がちょこちょこと付いてきた。
最初に里に来た時と比べて、だいぶ顔色が良くなったな。
痩せこけた頬に少しだけ肉がついて、ぷくりと丸みが出ている。
名前は何が良いか……悩んだ私は、青葉殿に相談して決めた。
『棗』『李』……そう伝えると、二人とも飛び上がって喜んだ。
元々、浅緋のくのいちは『花鳥衆』と『風月衆』の二派に分かれていた。
だが、四年前の疫病で多くの女子供が死に絶え、人数が激減してしまった為、統合し、花鳥衆として動いてもらっている。
今じゃ生き残った里の者達の男女比は偏り、女は一割程。
この四年間に新たに婚姻した者も、誕生した者もいない。
子孫繁栄が無ければ、浅緋の里はどのみち、いずれ滅びゆく……こちらも由々しき事態だ。
どさっ!
「ほら、たぁんとお上がりよ!」
「味噌汁もあるからね!」
がばっ!
二人の声を聞くやいなや、辰ノ組が周りを囲む。
「おぉ〜〜! すげぇ!」
「わぁ〜〜美味そう!」
「米が……白い‼︎」
「あ、あ、ありがとう、ございます!」
運ばれてきた大盆の上には、山のように白米の握り飯が載っていた。
吉伏城から頂いた備蓄米を炊いたのだな。
いつも食べている黒米とはまるで違う食べ物のよう、艶々していてなんとも美味そう……あぁ、腹の虫が鳴きそうだ。
新米の収穫まであと一月……ありがたく頂戴し、食い繋ぐとしよう。
皆へ順に配っている芽吹殿に声を掛ける。
「むすびをいくつか貰っていっても良いか?」
「ん? それは構わないけど……ちょっと待ってね。あ、あったあった。……はい、どうぞ!」
竹皮に包み、手渡してくれた。
「ありがとう。」
「若、どほ行ふんは?」
口いっぱいに詰め、頬を膨らませた蘇芳丸が聞いてきた。
「ちょっと、用が出来た。すぐ戻る」
そう言って、私は鍛錬場を後にした。




