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忍リクルート  作者: 枝久
八、

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57/90

稽古①

 葉月に入り、日は天高く昇っている。

直にお天道様(てんとさま)を拝もうものなら、この目はあっという間に焼き尽くされてしまうだろう。


 日照り続きになるかと危ぶんだが、夕刻になると雷鳴と共に驟雨(しゅうう)が来る日が(しば)々みられた。

作物が無事収穫終わるまで、どうか、どうか恵みの雨を……陽光に、そっと手を合わせる。


 神にも仏にも……私は祈らない。

そんな人智を超えた存在がいるのならば、この戦乱の世はとうの昔に平定しているはず……。

それとも、無慈悲な御心(みこころ)で、愚かな人間に(ことわり)を説こうとでもいうのか?


「はぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「たぁっ!」

「ひ、ひゃぁぁぁっ!」

「うぉぉぉぉっ!」


 辰ノ組、四人の声が辺りに響き渡る。


 丑ノ組による稽古は、四日前から始まった。

千鳥(ちどり)常吉(つねきち)(はじめ)時人(ときと)(それ)々、一対一で後輩の面倒をみており、日によって組み合わせが変わる。

ぐるりと一巡した形だな。


 鍛錬場の縁側から私は皆に向けて、声を張る。


「千鳥、常吉、元、時人、そして蘇芳‼︎ 三日後に任を命ずる! ……それまでになんとかしろ‼︎」

「「「「「はっ!」」」」」


 五人の声が見事に揃う。

蘇芳丸は身体能力の高さから、感覚も鋭い男……共に切磋琢磨(せっさたくま)することで、連帯感は確実に生まれてきているようだ。


「……指示、雑」


 私に背を向けて座る幹兵衛が、溜息を吐く。


「事細かにこちらが口出しするよりも、千鳥達の方が上手くやってくれるはず……雑なのではなく、彼等を信用しているからだよ」

「物、言い様」

「はいはい。いいから、ほら幹兵衛! お前はさっさと脱げ!」


 そう言って、目の前の少年に着物の半身を(はだ)けさせ、両手で彼の背中にそっと触れる。


 ……冷たいな。

酷く痩せ、骨の浮き出た肉の無い背中。

所々、色白の肌が(まだら)に黒ずんでいるのは身体の組織が壊れ死んできているからか。


 ………………


 こつん、と自分の両手に己の頭を預ける。


「若?」

「あぁ、すまん。何でもない」


 そっと頭を離し、自分の手の甲を見つめる。


 ただの『氣休め』と言われようとも、構わぬ。

私に出来ることを……ただ成すのみ、だ。


 すうっ……と息を吸い込もうとした瞬間、よく知る気配が鍛錬場に近づいてきたので、一旦、呼吸を戻す。


「こほん! 全く……若は辰ノ組に肩入れしすぎですよ……もう少し私に構ってくれても……いや、なんでも……と、()(かく)、今日、明日くらいに調べに出てた組が戻ると、知らせが帰って来ています」


 軽い咳払いの後、胡桃が美しい眉間に皺を寄せて、溜息混じりの声を出した。


 ……帰って来ている? あぁ、そうか。


 見ると、彼の足元にはよく知る犬の『(こま)』が利発そうな顔でこちらを向き、静かに座っていた。

忍びの犬はしっかり気配の消し方を心得ている……これくらい蘇芳丸にも出来てくれたら……。


「……知らせを持ち帰ってきてくれたのか、ありがとうな」


 駒の頭を優しく撫でると、ふさふさの茶色い尻尾が大きく揺れる。

ふふっ、愛嬌のある子だ。

……ということは、間も無く戌ノ組が戻るのだな。


「さて、と」


 改めて座り直し、すぅっ……と息を吸い込んで、吸い込んで、吸い込んで……。


 幹兵衛の背中に当てた両手から、私の氣を一気に送り込む‼︎


 どんっ‼︎


 氣を送るには粘膜からが良いのでは? という話を以前、幹兵衛としたが、それでは片手だけしか使えぬという結論に至った……。

蘇芳丸にした己の愚行が思い出され、恥ずかしくなり……頭を振る。


 阿呆か、集中しろ‼︎


 私の氣なぞ……いくらでもくれてやる。

だから、どうか命を繋いでくれ……幹兵衛や。


 祈る気持ちで、彼の薄い背中に氣を押し込み続けた。



◇◇◇◇



「ふぅ……」


 口から言葉としての溜息が漏れた。


「若、空っぽ」


 私を(たしな)めるかのように、背中を向けたままの幹兵衛が呟く。

背中に置いた両手から彼の呼吸が伝わる……少しだけ、私の氣が役に立ったのを感じられ、嬉しくなった。

そして彼の言葉の通り、また私の氣は空になった。


昼餉(ひるげ)にはまだ早いですよ? 大丈夫ですか?」


 つい今し方まで、犬の駒と(たわむ)れていた胡桃が、心配そうに私の両手をそっと掴んではぱっと膝に置き、幹兵衛の開けた着物は粗雑に彼の背中へばさっと被せた。


(しま)ったなら、お前の肌は若の目に触れさせずとも良いでしょう」

「はい」


 眼鏡の少年はゆっくりと着物を整え、私と胡桃に一礼した。


「腹、減る?」

「いや、流石(さすが)にこの時間、まだ大丈夫だ……と思う」


 彼の気遣いに言葉を返す。


 氣を消耗すると、やたらに腹が減るが、まぁいつものこと……満足に食べられることの方が少ない。

あぁ、実りの秋が待ち遠しいなぁ。


 ぼんやりと(きのこ)鍋やら柿や栗の実を頭に思い浮かべていると、二人が何やら険しい表情を浮かべる。


「皆、戸を閉めよ‼︎」


 胡桃が振り向きざま、稽古中の辰ノ組と丑ノ組に指示を出す!


 咄嗟(とっさ)の発言だった為か、彼等はまんまと胡桃の言惑操術に(はま)り、鍛錬場の木の戸は目にも止まらぬうちに閉じられた。


 ぴしゃんっ‼︎


 見ると、幹兵衛は胡桃の意図を察していた為か、耳を塞ぎ、術を逃れたようだ。


 本来、こんな半端な位置に、戸は立て付けない。

訳あって鍛錬場に後から作りつけたのだ。


 戸で仕切られ、縁側だけが残されたこちら側には、私達三人と駒がいるのみ。

縁側と鍛錬場の間にあるこの戸が閉められたことで、ようやく私は彼等が帰還したことを悟る。

……氣が空っぽな身体はなんとも不自由。


 戸が閉まったのとほぼ同時に、駒が何も無い空間へと吠える!


「わんわんわんわんっ!」


 すっ……


 音も立てずに、私達の目の前には帰還した()ノ組の五人が現れた。

(いぬ)ノ組よりも先に、此方(こちら)が戻ったか……思ったよりも早かったな。


「ご苦労」

「「「「「はっ!」」」」」


 駒の頭を撫でる私の前に、五人が大地に膝を着いて頭を下げた。


 里長がまたも不在の為、代理の私の所へ報告に来たのだな。

今日の昼過ぎには戻ると聞いているが……二年ぶりに里に帰ったら帰ったで、父上は何かと忙しそうである。


「依頼は全て果たして参りました。報酬はこちらに……」


 そう言って、亥ノ組の井蔵(いぞう)が懐からじゃらじゃらと銭束を大量に取り出した。

数件任せていたが……素晴らしい成果だ。


「……見事なり。皆、暫し休んでくれ」

「はっ!」


 再び頭を下げ、亥ノ組は消えるように立ち去った。

……去る瞬間、胡桃に目を走らせていたな……まだ根にもっているのか、井蔵。


「面白くなかったでしょうね、奴等は……」


 遠くを見遣りながら、胡桃が呟く。


「下手な(いさか)いは避けるに限る」

「開けて、いい、よ」


 戸に向けて幹兵衛が言葉を放つが、中から返事は無い。


「……あ。胡桃」

「そうであった。皆、戸を開けよ!」


 がらっ!


 美しい青年の言葉で一斉に戸が開かれる。

急に差し込んだ光で、鍛錬場の(ちり)が光って見えた。


 その中に立ち尽くす二つの組。

よく見ると、四人が険しい顔をしていた。

葉月: 8月

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