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忍リクルート  作者: 枝久
七、

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木賊の家② ー傷薬ー

 そっと、音を立てずに戸を開けると、先程の四人が土間の(かまち)や長式台に腰掛けて、なにやら騒いでいる。


「ぺっぺっぺっ! あぁ、くそっ! まだ苦いもんが口と喉にぐわぁっと、なんかべとぉっと、へばりついてる気がするぜ……」

「う、ううっ……で、でもこれで……ほ、本当に幹兵衛の言う通りになるのかなぁ?」

「ぐぅぁぁっ! 白湯飲んでも不味さが取れないぃっ……っつうか、千鳥が飲むなんて意外だったなぁ」

「……そうか? ま、まぁ、想像していたよりも酷い味だったな……うぉえっ!」


 ………………


 ちらりと後ろにいる幹兵衛の顔を見遣る。

眼鏡の奥は相変わらずの無表情なのだが……何やら嬉しそうな氣は漏れている。

今日の、まだ氣の満ちていない私が分かるのだから……『だだ漏れている』という表現がしっくりくる。

幹兵衛よ……お前、楽しんでるな?


 溜息を吐いてから、四人の背中に視線を戻し、声を掛ける。


「お前達、何を遊んでいるんだ?」

「げっ! 若⁉︎ 何でここに?」


 蘇芳丸が嫌そうな顔で声を上げた瞬間、千鳥の手が彼の頭をがっと掴む!


 ごんっ!


「若! これは失礼致しました!」


 千鳥の手により、潰されるような形で土下座させられた蘇芳丸。

二人並んで頭を下げている……が、青年の片手は無作法な少年の頭を押さえつけたまま。


「構わんよ、千鳥。辰ノ組はいつもこうだから……お前も楽にしてくれ」

「はっ!」


 千鳥が手をぱっと離す。

すると、抑圧されていた反動で、勢い良く蘇芳丸が頭を上げる!


「い、いきなり何すんだよ!」

「五月蝿い! 蘇芳! お前こそ、里長代理になんて無礼なんだ!」


 本来、里の皆は私に対して礼を払う。

特に、千鳥は義を重んじる性分の真面目な青年。

自分よりも若い組が粗相(そそう)をしたら(いさ)めるのも、当然の行い。


「幹兵衛が辰ノ組を集めたのか?」

「皆、呼ぶ、強化。梅、逃げ」

「う、梅は逃げたんじゃないよぉ。か、花鳥衆との活動に呼ばれて行ったんだよ」


 優しい鋼太郎がここにいない少年の擁護(ようご)をする……が、私は花鳥衆に今、指示は出していない。

……梅丸にしっかり騙されているぞ、鋼太郎。


 それにしても、強化……か。

肉体的にか、精神的にかは分からんが、効能のある薬茶を皆に飲ましたかったのだな。


 しかし幹兵衛……以前よりも、さらに言葉数が少なくなっているのが気に掛かる。

力の消耗を抑えているのか、それとも……。


 ひょこっ!


「⁉︎」


 幹兵衛と鋼太郎を見つめていた私の視線上に突如、鉢ノ助が割り込んできた!


「なぁ! なんか今日の若は……弱っちぃ感じだな? 女みたい。どうした?」


 いきなり鉢ノ助が核心を突いてきて、ぎくりとする。

が、平静を崩さずに言葉を返した。


「鉢……何故そう思う?」

「うーん……えっと、なんとなく?」

 

 ………………


 聞いた私が阿呆だったな。

鉢ノ助はいつもいつも、勘でものを言う。


 今度は、くるりと千鳥に向き直る。


「千鳥は木賊家に何用か?」

「はっ! 眠り薬の調合の指南と傷薬を……」

「傷薬?」


 ………………


 じいっと千鳥の顔を見つめ、そっと手を伸ばす。

彼の左耳にかかる髪をさらりと払った。


 露わになった彼の耳には小さな耳環が一つ、赤く染まる腫れた耳朶(みみたぶ)にぶら下がっていた。

それは……大樹の形見。

……青葉殿から譲り受けたか。


 強くなりたい……二度と友を失わない為に……その為なら、どんなに不味い茶でも望んで飲むのだな、千鳥。


 伸ばした手をそっと下ろすと、千鳥の髪が再び耳環を覆い隠した。

まるで心を読ませないように……。


 亡くなった大樹に対して、皆それぞれの想いがある。

その中でも……彼の死に最も責任を感じているのは、丑ノ組を率いているこの真面目な青年だろう。

その後ろ暗い感情が……いつか千鳥自身の心を(あや)めてしまわないか……つい(うれ)いてしまう。


「千鳥……丑ノ組に二つ、頼みがある」

「はっ!」

「一つ、近々、蘇芳丸を研修任務に出そうと思ってな……お前達に此奴(こやつ)を任せたい。一つ、それまでの間、辰ノ組の面倒をみてやって欲しい」

「ははっ!」


 青年が一瞬、目を輝かせ、素早く頭を下げる。

己の名が突如私の口から出て、蘇芳丸も慌てて頭を下げた。

他の三人も追随する。


「詳細はまた追って伝える。眠り薬は……芹殿に指南してもらうといい。草兵衛殿は留守だし、幹兵衛にはこちらも、ちと用があるのでな」


 私の声が聞こえていたのか、戸が静かに開く。


「千鳥〜〜、おいでおいでぇ〜〜」

「はっ!」

「私もまた外に薬売りに出掛けるから、簡単にだけよ〜〜?」


 芹殿の手招きに従い、青年は足早に奥の部屋へと消えていった。


 戦場に出店する薬売り屋として、草兵衛殿と芹殿は頻繁に出稼ぎに里から出ている。

『合戦場で荒稼ぎする命知らず』、『よく効く幻の薬屋』などと風聞が一部で広まっているらしいが……あまり有名になるのはちと困るな。


 そういえば、大樹は何かと幼い蘇芳丸のことを気に掛け、可愛がっていたな……よく覚えている。

『おいで』と言って、傍に呼んでいた。

蘇芳丸も彼によく懐いていて、子犬のようにちょろちょろと後ろを付いて回っていた。

もう戻らない日々だ……。


「さて、と……」


 今度は辰ノ組の四人に向き合う。


「蘇芳……お前には近日中に指示を出す。それまでは他の者も皆揃って、丑ノ組に鍛えて貰ってこい」

「「「はっ!」」」

「はぁ……鍛えて貰うったって……俺の方が強いぞ?」

「……うつけめ……任務遂行では、丑ノ組の能力はお前の数段上だ。鍛錬ではなく、より実戦的な手技を学べ」


 二年前のあれ以来、彼等の研鑚(けんさん)は鬼気迫るものがあった……里長の迎入も四人で果たせる程に……忍びとしての能力は非常に高い……いや、高くなったのだ。


「いつも言っておる。強いだけでは駄目なのだよ、蘇芳……」

「……お、おう」


 顔は納得していないようだが、口だけは了承の言葉を溢す。


「……皮肉なもので、大樹を失ったことで丑ノ組は忍びとしての強さを手に入れた……だが……お前達には……そうなって欲しくはないのだ」


 全員の顔を見回し……眼鏡の少年の顔で、私の視線がぴたりと止まる。


「幹兵衛は……」

「若、止め!」


 いつも一歩下がった位置で事の成り行きを見守る少年が、珍しく私の言葉を強い口調で遮った。


「み、幹兵衛? ど、ど、ど、どうしたの?」

「お、おい⁉︎」


 鋼太郎と鉢ノ助が戸惑いの声を上げる。

まぁ、当然の反応だ。

礼儀知らずな蘇芳丸ならいざ知らず、あの幹兵衛が……だからな。


 (しば)しの沈黙の後、彼が静かに口を開く。


「自分、言う……僕、毒、進む……命、短い」

「「「⁉︎」」」


 鉢ノ助は驚き目を丸くし、鋼太郎は哀しげに俯いて顔を背けた。

蘇芳丸は、ぽかんと呆気に取られ……そして、眼鏡の少年の襟を思い切り掴み上げる!


「おい、幹兵衛! 笑えねぇ冗談は止めろ! 何で今更、進むとか……毒ったって、十年も昔のことなんだろ⁉︎」


 興奮する蘇芳丸の手を私はそっと制する。


「蘇芳……手を離せ。幹兵衛はこの十年もの間……ずっと闘い続けている……とうに亡骸(なきがら)となってもおかしくはない己を(むしば)む猛毒と……だが、時間があまり多くはない。頼む……お前達は成すべきことを……」


 苦々しい顔をして、蘇芳丸は幹兵衛の襟からぱっと手を離し……その腕を力無くだらりと垂らした。

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