木賊の家② ー傷薬ー
そっと、音を立てずに戸を開けると、先程の四人が土間の框や長式台に腰掛けて、なにやら騒いでいる。
「ぺっぺっぺっ! あぁ、くそっ! まだ苦いもんが口と喉にぐわぁっと、なんかべとぉっと、へばりついてる気がするぜ……」
「う、ううっ……で、でもこれで……ほ、本当に幹兵衛の言う通りになるのかなぁ?」
「ぐぅぁぁっ! 白湯飲んでも不味さが取れないぃっ……っつうか、千鳥が飲むなんて意外だったなぁ」
「……そうか? ま、まぁ、想像していたよりも酷い味だったな……うぉえっ!」
………………
ちらりと後ろにいる幹兵衛の顔を見遣る。
眼鏡の奥は相変わらずの無表情なのだが……何やら嬉しそうな氣は漏れている。
今日の、まだ氣の満ちていない私が分かるのだから……『だだ漏れている』という表現がしっくりくる。
幹兵衛よ……お前、楽しんでるな?
溜息を吐いてから、四人の背中に視線を戻し、声を掛ける。
「お前達、何を遊んでいるんだ?」
「げっ! 若⁉︎ 何でここに?」
蘇芳丸が嫌そうな顔で声を上げた瞬間、千鳥の手が彼の頭をがっと掴む!
ごんっ!
「若! これは失礼致しました!」
千鳥の手により、潰されるような形で土下座させられた蘇芳丸。
二人並んで頭を下げている……が、青年の片手は無作法な少年の頭を押さえつけたまま。
「構わんよ、千鳥。辰ノ組はいつもこうだから……お前も楽にしてくれ」
「はっ!」
千鳥が手をぱっと離す。
すると、抑圧されていた反動で、勢い良く蘇芳丸が頭を上げる!
「い、いきなり何すんだよ!」
「五月蝿い! 蘇芳! お前こそ、里長代理になんて無礼なんだ!」
本来、里の皆は私に対して礼を払う。
特に、千鳥は義を重んじる性分の真面目な青年。
自分よりも若い組が粗相をしたら諫めるのも、当然の行い。
「幹兵衛が辰ノ組を集めたのか?」
「皆、呼ぶ、強化。梅、逃げ」
「う、梅は逃げたんじゃないよぉ。か、花鳥衆との活動に呼ばれて行ったんだよ」
優しい鋼太郎がここにいない少年の擁護をする……が、私は花鳥衆に今、指示は出していない。
……梅丸にしっかり騙されているぞ、鋼太郎。
それにしても、強化……か。
肉体的にか、精神的にかは分からんが、効能のある薬茶を皆に飲ましたかったのだな。
しかし幹兵衛……以前よりも、さらに言葉数が少なくなっているのが気に掛かる。
力の消耗を抑えているのか、それとも……。
ひょこっ!
「⁉︎」
幹兵衛と鋼太郎を見つめていた私の視線上に突如、鉢ノ助が割り込んできた!
「なぁ! なんか今日の若は……弱っちぃ感じだな? 女みたい。どうした?」
いきなり鉢ノ助が核心を突いてきて、ぎくりとする。
が、平静を崩さずに言葉を返した。
「鉢……何故そう思う?」
「うーん……えっと、なんとなく?」
………………
聞いた私が阿呆だったな。
鉢ノ助はいつもいつも、勘でものを言う。
今度は、くるりと千鳥に向き直る。
「千鳥は木賊家に何用か?」
「はっ! 眠り薬の調合の指南と傷薬を……」
「傷薬?」
………………
じいっと千鳥の顔を見つめ、そっと手を伸ばす。
彼の左耳にかかる髪をさらりと払った。
露わになった彼の耳には小さな耳環が一つ、赤く染まる腫れた耳朶にぶら下がっていた。
それは……大樹の形見。
……青葉殿から譲り受けたか。
強くなりたい……二度と友を失わない為に……その為なら、どんなに不味い茶でも望んで飲むのだな、千鳥。
伸ばした手をそっと下ろすと、千鳥の髪が再び耳環を覆い隠した。
まるで心を読ませないように……。
亡くなった大樹に対して、皆それぞれの想いがある。
その中でも……彼の死に最も責任を感じているのは、丑ノ組を率いているこの真面目な青年だろう。
その後ろ暗い感情が……いつか千鳥自身の心を殺めてしまわないか……つい憂いてしまう。
「千鳥……丑ノ組に二つ、頼みがある」
「はっ!」
「一つ、近々、蘇芳丸を研修任務に出そうと思ってな……お前達に此奴を任せたい。一つ、それまでの間、辰ノ組の面倒をみてやって欲しい」
「ははっ!」
青年が一瞬、目を輝かせ、素早く頭を下げる。
己の名が突如私の口から出て、蘇芳丸も慌てて頭を下げた。
他の三人も追随する。
「詳細はまた追って伝える。眠り薬は……芹殿に指南してもらうといい。草兵衛殿は留守だし、幹兵衛にはこちらも、ちと用があるのでな」
私の声が聞こえていたのか、戸が静かに開く。
「千鳥〜〜、おいでおいでぇ〜〜」
「はっ!」
「私もまた外に薬売りに出掛けるから、簡単にだけよ〜〜?」
芹殿の手招きに従い、青年は足早に奥の部屋へと消えていった。
戦場に出店する薬売り屋として、草兵衛殿と芹殿は頻繁に出稼ぎに里から出ている。
『合戦場で荒稼ぎする命知らず』、『よく効く幻の薬屋』などと風聞が一部で広まっているらしいが……あまり有名になるのはちと困るな。
そういえば、大樹は何かと幼い蘇芳丸のことを気に掛け、可愛がっていたな……よく覚えている。
『おいで』と言って、傍に呼んでいた。
蘇芳丸も彼によく懐いていて、子犬のようにちょろちょろと後ろを付いて回っていた。
もう戻らない日々だ……。
「さて、と……」
今度は辰ノ組の四人に向き合う。
「蘇芳……お前には近日中に指示を出す。それまでは他の者も皆揃って、丑ノ組に鍛えて貰ってこい」
「「「はっ!」」」
「はぁ……鍛えて貰うったって……俺の方が強いぞ?」
「……うつけめ……任務遂行では、丑ノ組の能力はお前の数段上だ。鍛錬ではなく、より実戦的な手技を学べ」
二年前のあれ以来、彼等の研鑚は鬼気迫るものがあった……里長の迎入も四人で果たせる程に……忍びとしての能力は非常に高い……いや、高くなったのだ。
「いつも言っておる。強いだけでは駄目なのだよ、蘇芳……」
「……お、おう」
顔は納得していないようだが、口だけは了承の言葉を溢す。
「……皮肉なもので、大樹を失ったことで丑ノ組は忍びとしての強さを手に入れた……だが……お前達には……そうなって欲しくはないのだ」
全員の顔を見回し……眼鏡の少年の顔で、私の視線がぴたりと止まる。
「幹兵衛は……」
「若、止め!」
いつも一歩下がった位置で事の成り行きを見守る少年が、珍しく私の言葉を強い口調で遮った。
「み、幹兵衛? ど、ど、ど、どうしたの?」
「お、おい⁉︎」
鋼太郎と鉢ノ助が戸惑いの声を上げる。
まぁ、当然の反応だ。
礼儀知らずな蘇芳丸ならいざ知らず、あの幹兵衛が……だからな。
暫しの沈黙の後、彼が静かに口を開く。
「自分、言う……僕、毒、進む……命、短い」
「「「⁉︎」」」
鉢ノ助は驚き目を丸くし、鋼太郎は哀しげに俯いて顔を背けた。
蘇芳丸は、ぽかんと呆気に取られ……そして、眼鏡の少年の襟を思い切り掴み上げる!
「おい、幹兵衛! 笑えねぇ冗談は止めろ! 何で今更、進むとか……毒ったって、十年も昔のことなんだろ⁉︎」
興奮する蘇芳丸の手を私はそっと制する。
「蘇芳……手を離せ。幹兵衛はこの十年もの間……ずっと闘い続けている……とうに亡骸となってもおかしくはない己を蝕む猛毒と……だが、時間があまり多くはない。頼む……お前達は成すべきことを……」
苦々しい顔をして、蘇芳丸は幹兵衛の襟からぱっと手を離し……その腕を力無くだらりと垂らした。




