報告ー筑貢の里ー
若の視点に戻ります。
宴の翌朝、里の皆の動き出す時間が、いつもより少し緩やかだ。
鳥達はもうとっくに活動を始めている。
昨夜、悪酔いした者達は、床から起き上がるのに苦労するやもしれん。
……ふと、梅丸の青ざめる顔が浮かんだ。
結構、くのいち衆にぐいぐいと飲まされていたからな……大丈夫か?
蘇芳丸があれを起こすのに、またいつも以上に苦労するだろうな。
しかし、里にあれ程の活気……疫病が流行する前は屡々見られたものだが……喜ばしくもあり、また同時に、仲間の弔いの記憶が掘り起こされ、苦々しくも思う。
今度は、いつも側にいる美しい青年の顔が頭に思い浮かぶ……頭を冷やさせる為とは言え、宴を共に出来なかったのは、ちと残念だ。
……おや、屋敷前に……気配。
ぱたぱたぱた……
「兄じ……胡桃!」
玄関土間へ走り、迎えにてうっかり昔の呼び方が出かけて、言い直す。
「和迦! あぁ! 只今戻りました」
安堵した柔らかな表情は、いつもの凛とした青年姿というよりも、少しだけ少年のように見えた。
だが、私の出迎えに対しての反応が……いつもより、僅かばかり薄い。
……何か、あったのだな。
「……報告が御座います。皆を集めても宜しいでしょうか?」
胡桃の言葉に、私は静かに頷いた。
◇◇◇◇
囲炉裏を挟み、上座と下座、それと上座から向かって右に此度の報告役として胡桃が座る。
里長と私、胡桃。
そして青葉と芽吹の親娘……丑ノ組の千鳥、常吉、元、時人の四人。
我らを前に、胡桃が報告を始めた。
「……そして、最後に築貢の忍びがこちらを振り返り、その者が十年前、里に現れた者であると認識致しました」
抑揚のない語り口で、淡々と述べ終え、胡桃は懐からそっと文と大樹の耳環を取り出した。
「そ、それは……⁉︎」
青葉殿が思わず声を上げる。
「大樹……」
ぽつりと私の口からも言葉が漏れ出ていた。
皆、じっと耳環を凝視し……其々が大樹へと思いを馳せているようだ。
苦しい心の内がひしひしと伝わってくる。
暫しの短い沈黙……それを破るように、今度は里長が話し始めた。
「俺が行けば、すぐに済んだものを……」
「いえ、父上では……奴等は出てこなかったでしょう」
「仇自ら現れるのに、出て来ないなんてことがあるのか?」
「……父上相手では、分が悪すぎますからね」
いくら一族の仇だとしても、化け物のように強い父上をその場で倒せるとはたぶん思っていないはず……思っていたら、ただの阿呆だ。
無謀なことはしない。
冷静に確実に復讐の機会を狙っている。
狩りをするように虎視眈々と……。
「その証拠に……」
ひらっ……
胡桃が持ち帰った文を私がそっと開き、床に置いた。
「読み上げます。
『浅緋の忍びに告ぐ。
次の睦月に大切な物を全て頂く。
さもなくば、大人しく里長の首を差し出せ。
筑貢の里 美都利』
以上です。」
睦月……我々の元服に合わせた襲撃予告、か。
もしくは、里長を浅緋の忍びの手で殺せ、と……。
里長に対する消えることのない怨み。
元凶を差し出せば、浅緋の里に危害を加えないとでも言いたいのか?
……有り得ないな。
我らの里を全滅させることが最終的な目的だろう。
十年という月日を費やして、里長に関わった者達を塵も残さずに消し去りたいはず……。
まぁ、当然だな。
里という家族を皆殺しにされて、己だけ生き延びたところで……安穏とは暮らせるはずがない。
ぺらっ……
文を裏返して、眺める。
胡桃の話で、大樹のいた荒ら屋に置いてあったようだが……さして紙の傷みは少ないように思う。
隙間の空いた天井から、雨風に晒されていてなんらおかしくないはずなのに……。
……定期的に見回りに来ていたのか?
筑貢の里に浅緋の忍びが現れるかもしれないと……吉伏城の雪千代様も大樹も誘き寄せる為の餌にされたか? それとも……。
どうやら、まんまと釣られてしまっているな。
私も浅慮だった……無事に胡桃が帰ってきたから良かったものの、一歩間違えれば……。
ぞくっ!
背筋が一気に冷たくなる。
次の一手に間違いがあってはならない。
過ちは、命取りだ。
「美都利……みどり……みどり丸……」
里長はぶつぶつと呟き、手で顎を摘みながら、何やら考えている様子。
心当たりがおありなのか?
以前は『全く無い!』と断言していたのに……。
ぺちん!
「は……ははっ! そうか、そうか! ようやく分かったぞ‼︎」
父上が額を手で叩いた後、いきなり笑い出す。
『分かった』……とは一体?
「皆は下がれ。青葉……これは持ち帰れ。大樹の形見だ」
そう言って、里長は置かれた耳環を指差した。
「はっ!」
青葉殿と同時に、皆も頭を下げた。
丑ノ組、芽吹殿、青葉殿の順に部屋を出て行く。
最後の彼女の背中に、小さく里長は言葉を掛けた。
「……すまなかったな……私怨に巻き込んだ」
「いえ……どこで命を落としてもおかしくない……それが忍びの宿命に御座います」
もう一度頭を下げてから、青葉殿は出て行き、静かに戸が閉まった。
ぱたん……
珍しい。
父上が配慮の言葉を掛けるとは……まぁ、子を持つ親として、青葉殿の気持ちは痛い程に分かるのだろう。
「では、私も失礼致します」
胡桃が立ち上がろうとすると、父上はそれを制止した。
「お前は残れ」
「……はっ!」
一瞬、驚いた顔をしたが、すぐに胡桃が座り直す。
意外だった。
いつも通り、胡桃も退出を促されると思ったから……。
私も座り直して、隣の里長をじっと見つめる。
「胡桃……お前が対峙した『毒女』が……ようやく誰か分かったぞ!」
「……以前、汎様は……心当たりは無いとおっしゃっていたはず……当時、筑貢の里に婚姻前の女子はいなかった、と」
私も十年前、少しだけ父の故郷の話は聞いていた。
築貢の里は、女児が誕生するとその場で殺される慣習なのだ、と。
忍びとして男児しか育てない里。
女は子を孕ませ、飯炊きをさせる為だけに、年頃の娘をその都度、どこかから攫ってきていたそう……。
胸糞悪い野蛮な忍び里……そう思ったことを今でも覚えている。
「あぁ……俺は和迦と幹兵衛が襲撃された時、その場にはいなかったからな。毒女を直に見ていたらすぐ分かったさ」
「……もしや」
胡桃がはっと何かに気づいて、私の顔を見る。
「そうだ……筑貢の里長の実子に緑丸という者がいた。もし、仮に女だったら……掟に従い殺されるはずだった子供が……女であることを隠し、男として育てられていたとしたら?」
「緑丸……」
十年前、嬉々として幹兵衛と私に襲い掛かってきた者。
女が生きづらい生まれ里に対して、一体どのような思いを抱いていたのだろうか?
「俺はな……筑貢の里の……出来損ないだったんだ」
これまた珍しく、ぽつりぽつりと父上は過去を語り出した。




