里長と蘇芳丸⑤ ー宴の終わりー
月は気づけば大分高い所に昇っている。
縁側に座っていた父上が瓢箪片手に立ち上がり、声を上げた。
「皆の者〜〜! 名残惜しいが、そろそろお開きにしようぞ。……ただ、その前に……起きておる者だけは心して聞け!」
ざっ!
里長の声色が変わり、心地良いほろ酔いは一気に覚める。
里の忍びが、一斉に片膝を付いた!
私と蘇芳丸もその場にて同じく、従う。
縁側から少し離れているので、ここから皆の背中がよく見える。
……酔い潰された者が数名、まだ地面に寝転んでいるのは致し方ない。
だが父上よ……これは本来、呑む前にやることでは?
順序が逆ですよ?
ちらりと前方に、くのいち連中に呑まされ潰された梅丸が見えた。
芽吹姐さんと羽筒に両肩を抱えられ、なんとか座らされているが……ありゃ意識は無いな。
首がぐらんぐらんして、顔は青を通り越して、真っ白だ。
「知ってる者もいると思うが……俺は、浅緋の里の生まれではない」
ざわざわっ‼︎
里長の発言中は誰も声を発しないのが暗黙の了解なのだが……それを崩す程の衝撃が皆に広がる!
当然だ。
知ってる者も勿論いるが、知らない者の方が今は圧倒的に多い。
四年前の疫病で年配者のほとんどが亡くなり、特に若い世代は殆ど知らないはず……。
態々、里長のことを噂に流す程の命知らずもいない。
「俺の生まれ里はもう無い。だが、……今は無きその筑貢の里の生き残りが、浅緋の里を狙っておる。……元凶は俺だ。俺のせいで、里の者の命が狙われているのだ」
そっと斜め前、幹兵衛の背中を見遣る。
今の空っぽな私では、あの背中からは何も読み取れない……心は何を思っているのだろう?
「恐らく、半年後……睦月に執り行う、若の元服を狙ってくるだろう」
里長の言葉で、皆が私をばっと振り返る!
そう、筑貢の亡霊の狙いは……私の命……それに巻き込まれるのが、この浅緋の里なのだ。
守りたい里の皆を、私が危険に晒すことになるとは……なんとも皮肉な話。
ふうっと溜息を吐き、私は目の前の地面に視線を落とす。
ざわっ!
ん? なんだ?
顔を上げると、縁側で土下座をする里長の姿が目に飛び込んできた!
「ち、父上⁉︎」
思わず、声が漏れる。
「皆……力を貸してくれ……俺はどうなっても構わない……だが、若だけは……若だけは生きて欲しいのだ……」
そこには里長でも、最強の忍びでもなく……愛する娘を持つただの父親が頭を下げていた。
その光景を見た瞬間、私の心が叫ぶ!
『有り得ないっ‼︎』
ぶわぁっ‼︎
全身に鳥肌が立ち、身体がぶるぶると震え出す……これは……怒りだ。
強く握りこんだ拳から、ぽたぽたと血が滴ってきた。
正気か⁇
その頭を下げて、浅緋の里を贄にするおつもりか⁉︎
「若?」
隣の蘇芳丸が不思議そうに私の横顔を見つめてくる。
私の父は、敵味方問わず、命を何とも思わない男だ。
無論、自分のでさえ、も……。
彼が大切なのはこの世でただ一つ……私の命だけ。
それ以外、どうだっていいのだ。
そう……里長のくせに、里が潰れても別に構わないというお考えなのだ!
「あぁ、汎様! 顔をお上げ下さい!」
「若のことは皆で力を合わせて守ろうぞ‼︎」
「筑貢とは……そんなに強いのか……ならば対策を立てねばなるまい」
「まだ、半年あるではないか!」
「やるぞぉーー‼︎」
皆が口々に声を上げ、ざわざわと活気付く。
酒が入って気が大きくなっておる者、空気に流されている者、様々……。
それらが、共に鼓舞し、未来に向けて前向きな展望を掲げ合う……が……。
待つのは死闘だ。
此度は相手が悪すぎる。
父上の生まれ故郷の……復讐の鬼……里の亡霊。
下の者が上の者の為に、命を賭して戦うのは忍びとして至極当然。
そこへ態々、皆に事情を周知し、里全体で私を守らせようという魂胆……その為には頭を下げるなぞ、ただの父上の演技に過ぎん。
縁側ですぅっと頭を上げた父上と視線が交差する。
柔らかに……愛おしい者を見つめる瞳……私には、黒い狂気を孕んで見えた。
私は……嫌なのだ!
里の皆、誰にも傷ついて欲しくはない‼︎
まして己が生き延びる為に、誰かの命の犠牲を生むなど……だが……私も死ぬ訳にはいかぬ。
私が死ねば、父の心は死ぬ。
跡取りも残さねば、里の次代へとは繋げない。
……だが……もし……私の命で……復讐の連鎖が切れるなら……。
「おい大丈夫か、若? 珍しく顔が青いぞ?」
「あ、あぁ……」
蘇芳丸が心配そうに声を掛けてきた。
いつも『顔には出すな!』と言っている側の私自身が、あからさまに青ざめていたか。
……あぁ、今日は何から何までほとほと情け無い。
己が嫌になる。
「蘇芳に心配されるとは……私も耄碌したものだな」
「もうろくって……何だ?」
「……」
誤魔化そうと言葉を返したのだが、通じず……また、気まずい沈黙が続く。
暫しの間が開いてから、隣の少年が再度、口を開いた。
「死なせねぇよ」
「……え?」
「里の誰も死なせない。……もう大樹ん時みたいな思いは死んでも御免だ。俺もこの里の生まれでは無いが……浅緋の里の皆は俺の家族だ。家族は俺が守る!」
「蘇芳……」
「だからお前は……馬鹿な事考えんじゃねぇぞ?」
「⁉︎」
ぎくりとした。
心を読まれたか、と……この蘇芳丸に⁉︎
……これこそ有り得ない‼︎
「若……お前はさ、もう少し自分自身の弱さを許してやれよ、なあ」
そう言って、蘇芳丸は私の頭をがしがしと撫でた。




