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忍リクルート  作者: 枝久
六、

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里長と蘇芳丸⑤ ー宴の終わりー

 月は気づけば大分高い所に昇っている。

縁側に座っていた父上が瓢箪(ひょうたん)片手に立ち上がり、声を上げた。


「皆の者〜〜! 名残惜しいが、そろそろお開きにしようぞ。……ただ、その前に……起きておる者だけは心して聞け!」


 ざっ!


 里長の声色が変わり、心地良いほろ酔いは一気に覚める。

里の忍びが、一斉に片膝を付いた!

私と蘇芳丸もその場にて同じく、従う。


 縁側から少し離れているので、ここから皆の背中がよく見える。

……酔い潰された者が数名、まだ地面に寝転んでいるのは致し方ない。


 だが父上よ……これは本来、呑む前にやることでは? 

順序が逆ですよ?


 ちらりと前方に、くのいち連中に呑まされ潰された梅丸が見えた。

芽吹姐さんと羽筒に両肩を抱えられ、なんとか座らされているが……ありゃ意識は無いな。

首がぐらんぐらんして、顔は青を通り越して、真っ白だ。


「知ってる者もいると思うが……俺は、浅緋の里の生まれではない」


 ざわざわっ‼︎


 里長の発言中は誰も声を発しないのが暗黙の了解なのだが……それを崩す程の衝撃が皆に広がる!

当然だ。


 知ってる者も勿論いるが、知らない者の方が今は圧倒的に多い。

四年前の疫病で年配者のほとんどが亡くなり、特に若い世代は殆ど知らないはず……。

(わざ)々、里長のことを噂に流す程の命知らずもいない。


「俺の生まれ里はもう無い。だが、……今は無きその筑貢(つきみつ)の里の生き残りが、浅緋の里を狙っておる。……元凶は俺だ。俺のせいで、里の者の命が狙われているのだ」


 そっと斜め前、幹兵衛の背中を見遣る。

今の空っぽな私では、あの背中からは何も読み取れない……心は何を思っているのだろう?


「恐らく、半年後……睦月に執り行う、若の元服を狙ってくるだろう」


 里長の言葉で、皆が私をばっと振り返る!


 そう、筑貢の亡霊の狙いは……私の命……それに巻き込まれるのが、この浅緋の里なのだ。

守りたい里の皆を、私が危険に晒すことになるとは……なんとも皮肉な話。

ふうっと溜息を吐き、私は目の前の地面に視線を落とす。


 ざわっ!


 ん? なんだ?


 顔を上げると、縁側で土下座をする里長の姿が目に飛び込んできた!


「ち、父上⁉︎」


 思わず、声が漏れる。


「皆……力を貸してくれ……俺はどうなっても構わない……だが、若だけは……若だけは生きて欲しいのだ……」


 そこには里長でも、最強の忍びでもなく……愛する娘を持つただの父親が頭を下げていた。


 その光景を見た瞬間、私の心が叫ぶ!


『有り得ないっ‼︎』


 ぶわぁっ‼︎


 全身に鳥肌が立ち、身体がぶるぶると震え出す……これは……怒りだ。

強く握りこんだ拳から、ぽたぽたと血が(したた)ってきた。


 正気か⁇

その頭を下げて、浅緋の里を(にえ)にするおつもりか⁉︎


「若?」


 隣の蘇芳丸が不思議そうに私の横顔を見つめてくる。



 私の父は、敵味方問わず、命を何とも思わない男だ。

無論、自分のでさえ、も……。

彼が大切なのはこの世でただ一つ……私の命だけ。

それ以外、どうだっていいのだ。

そう……里長のくせに、里が潰れても別に構わないというお考えなのだ!



「あぁ、汎様! 顔をお上げ下さい!」

「若のことは皆で力を合わせて守ろうぞ‼︎」

「筑貢とは……そんなに強いのか……ならば対策を立てねばなるまい」

「まだ、半年あるではないか!」

「やるぞぉーー‼︎」


 皆が口々に声を上げ、ざわざわと活気付く。

酒が入って気が大きくなっておる者、空気に流されている者、様々……。

それらが、共に鼓舞(こぶ)し、未来に向けて前向きな展望を掲げ合う……が……。


 待つのは死闘だ。

此度(こたび)は相手が悪すぎる。

父上の生まれ故郷の……復讐の鬼……里の亡霊。


 下の者が上の者の為に、命を()して戦うのは忍びとして至極当然(しごくとうぜん)

そこへ(わざ)々、皆に事情を周知し、里全体で私を守らせようという魂胆(こんたん)……その為には頭を下げるなぞ、ただの父上の演技に過ぎん。


 縁側ですぅっと頭を上げた父上と視線が交差する。

柔らかに……愛おしい者を見つめる瞳……私には、黒い狂気を孕んで見えた。


 私は……嫌なのだ!


 里の皆、誰にも傷ついて欲しくはない‼︎

まして己が生き延びる為に、誰かの命の犠牲を生むなど……だが……私も死ぬ訳にはいかぬ。


 私が死ねば、父の心は死ぬ。

跡取りも残さねば、里の次代へとは繋げない。


 ……だが……もし……私の命で……復讐の連鎖が切れるなら……。



「おい大丈夫か、若? 珍しく顔が青いぞ?」

「あ、あぁ……」


 蘇芳丸が心配そうに声を掛けてきた。

いつも『顔には出すな!』と言っている側の私自身が、あからさまに青ざめていたか。

……あぁ、今日は何から何までほとほと情け無い。

己が嫌になる。


「蘇芳に心配されるとは……私も耄碌(もうろく)したものだな」

「もうろくって……何だ?」

「……」


 誤魔化そうと言葉を返したのだが、通じず……また、気まずい沈黙が続く。


 (しば)しの間が開いてから、隣の少年が再度、口を開いた。


「死なせねぇよ」

「……え?」

「里の誰も死なせない。……もう大樹ん時みたいな思いは死んでも御免(ごめん)だ。俺もこの里の生まれでは無いが……浅緋の里の皆は俺の家族だ。家族は俺が守る!」

「蘇芳……」


「だからお前は……馬鹿な事考えんじゃねぇぞ?」

「⁉︎」


 ぎくりとした。

心を読まれたか、と……この蘇芳丸に⁉︎


 ……これこそ有り得ない‼︎


「若……お前はさ、もう少し自分自身の弱さを許してやれよ、なあ」


 そう言って、蘇芳丸は私の頭をがしがしと撫でた。

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