里長と蘇芳丸④ ーあの時の赤子ー
今回は前回部分に重なる里長、汎視点のお話です。
「あ〜! 汎様が帰ってる!」
「どうなるか楽しみだなぁ」
「蘇芳、怪我すんなよ〜〜!」
周囲には俺と蘇芳丸の手合わせ見物に、里の者達がわらわらと集まってきていた。
皆、懐かしい顔ばかりだ……奥州へ行く前はまだ幼かった子らも、二年経てば面影はあるものの随分と様相が変わる。
……四年前のあの疫病以降に亡くなったのは……大樹だけ、か。
俺は里を離れていたから和迦の側に居られなかった。
きっと……その小さな肩を震わせて、泣いたのだろうな……お前は……あまりにも優しすぎる。
忍びに向いていないのは、蘇芳丸よりも……むしろ和迦の方だ。
愛する我が子よ……こんな荒れ果てた戦国の世であっても、出来るだけ争いから遠ざけた綺麗な場所にお前を置いてやりたい。
その為には、どんなにこの手が汚れようとも厭わない……たとえお前がそれを望んでいないとしても……。
ざっ……
和迦に蘇芳丸の中の氣を消させて、改めて生身の奴と対峙する。
うちの子と唇を重ねたのは万死に値するが、一思いに首を刎ねるわけにもいかん……そんな事をすれば、俺は愛娘に嫌われてしまう!
ええい、もどかしい!
ぎっ!
睨みつけると一瞬、びくっと怯んだが、すぐに少年は仔犬のように瞳を輝かせて俺を見返してくる。
……阿呆か?
俺を買い被りすぎだぞ、蘇芳丸。
拾ってくれた恩人とでも思っているんだろうが、お前の命を……俺はなんとも思っていない。
その辺に転がる木の枝と遜色無し。
あの日、拾ったのは……ただの気まぐれだ。
ちらりと、梅丸の横に立つ眼鏡の少年を見遣る。
……しかし、幹兵衛や……蘇芳丸に一体、お前は何を飲ませたのだ?
さっき削り取った体力が、もう回復しているだと⁉︎
……俺が言うのも何だが、こいつは化け物だ。
腕っぷしだけなら、既に胡桃を凌駕している、か。
まぁ……だが、あいつは言惑操術が使えるからな……単純な蘇芳丸では、胡桃にはどうやっても勝つことは出来ないだろう……俺ですら、氣を抜くと危うい。
「蘇芳……」
「はいっ!」
「死ぬ気で来いよ?」
「よろしくお願いしますっ‼︎」
ひゅっ!
挨拶直後に、全速力で跳び、間を詰め、一閃を振るう‼︎
がっ!
「ぐぁっ!」
和迦の氣が抜けた蘇芳丸は、俺の一撃を左脇腹にもろに喰らった!
「はっ! なんだ……拍子抜けだな」
「ぐふっ‼︎」
口から吐瀉液を撒き散らす蘇芳丸。
弱ぇっ。
なんだ、がっかりだな……ん?
ひゅんっ!
瞬間、蘇芳丸の一突きが俺の頬をかすめる!
速いっ!
………………
なるほど。
肉を切らせて骨を断つつもりか……。
俺の気配は掴めないと端から認め、代わりに、攻撃を喰らった瞬間に木刀を脇に挟み固め、反撃を繰り出してきたのだ!
捨て身な戦法……頑丈なお前だから出来る……と、でも思ったか?
「誰がお前の相手をしてると思ってんだ? あぁ?」
「っ‼︎」
がん! がん! だん! ごきっ! がごんっ!
幾度の打撃を加えただろうか?
その度に、中々良い攻撃を返してきたが、俺には届かない。
どんな技でも当たらなければ何の意味も無いのだ。
頑丈な蘇芳丸がようやく地に膝をつき、ぐらりと前方へ崩れるように倒れこんだ……。
ざすっ‼︎
蘇芳丸の首の両側に、木刀を二本突き立てる。
「……本当……お前は面白ぇな」
気を失った少年からは、俺への返事は無かった。
◇◇◇◇
十四年前ーー
「はぁ、はぁ、はぁ……ど、どうか……この子だけは……」
遠く、炎に包まれた天守閣が見える。
俺の目の前には、今にも絶命しそうな血塗れな女が、木陰で息も絶え絶えに言葉を吐き出す……と同時に血も吐いた。
女の後ろには引き摺った足で描いた血の跡が奥まで続く。
……あの城から、よくここまで逃げてきたな……既に目もやられていそうだ……もはや執念か。
しかし胸糞悪い……女を滅多刺し、か。
臆病者、弱い輩の仕業だな。
……俺だったら、苦しまないように一瞬で首を斬り落としてやるのに……。
「……分かった。もう眠れ」
俺の言葉で、女は少しだけ微笑んだ。
ひゅん! すとん……
首を落とし、命を終わらせたが……女の肉塊は丸い包みを抱えたまま。
死んでも尚、守るかの如く……。
「子供?」
女は実母か乳母か……最早どうでも良いか。
……包みを開くと、眠った赤子の顔がちらりと見えた。
「……うちの子と同じくらいか」
俺は……どのくらい浅緋の里に帰っていないだろう?
次々と依頼を受けてはこなして、戦場を渡り歩き続けている。
此度の依頼は、焼け落ちた城から逃げる残党の殲滅だ。
任務はほぼ遂行した……この赤子を除いて……。
「さて、では殺すか……恨んでいいぞ? ……次に生まれ変わったなら、太平の世で多幸ある人生を送ることを祈る……」
ひゅん!
言い放ってから、刃を突き刺す寸前で、赤子の瞳がばちりと開いた。
ぴたっ!
「?」
「……っ!」
俺を見返してくる純粋無垢な瞳に、不覚ながら狼狽えてしまった。
……狼狽える? まさか、この俺が?
この感情は……一体、何だ?
最愛の妻、茉莉を失い、現実を受け入れることができず、我が子に向き合うことからも……俺は逃げて逃げて……今、戦場にいる……その俺の前に……赤子だと?
『逃げるな』って言いたいのか……茉莉?
俺は……本当に弱い男だ。
「ははっ、皮肉だな……」
包みをそっと閉じ、懐に捩じ込んだ。
これで窒息するのなら……この餓鬼の人生、そこまでよ。
だが、もし生き残ったなら……里で育ててやるさ。
ぽんっ!
俺は腹の膨らみを軽く叩いたのだった……。
◇◇◇◇
和迦は必死に、蘇芳丸を生まれに帰してやりたいと手掛かりを探していたが……それは無駄なこと。
奴の故郷は、とうに燃え落ちた瓦礫の城だ。
蘇芳丸……お前には和迦の為に生きる以外、道は無いんだよ……捨て駒の……忍びの軽い命だ。




