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忍リクルート  作者: 枝久
五、

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39/90

鼠取り② ー結婚の儀ー

 予想通り、通り雨は多量の雨粒を滝の様に落として、過ぎ去った。

雨上がりの匂いが外から漂う。


 天守閣、最上の間はしんと静まり返る。

三名だけでしめやかに始まる、仮初(かりそめ)の結婚式。


式三献(しきさんこん)

花嫁が最初に盃に口をつけ、次に花婿が飲み干す……これを三度繰り返す儀式。

花婿、花嫁、侍女の三名で執り行うものなのだが……花婿は女である蓮姫様で、花嫁は私、侍女は男である胡桃なのだから……もう滅茶苦茶である。


「では和姫様、(さかずき)を……」


 さして気に留める事なく、侍女役の胡桃が優美な所作で私に杯を差し出す。


 

 本来、戦国の世の結婚は政略結婚だ。

城同士の結びつきをより強固にし、己の城を磐石(ばんじゃく)にする為、縁組する。

そこに結婚する当事者の意思など(ちり)程にも反映されない。


 他城の姫君が花嫁として、従者の行列と共に豪華な嫁入り道具を持ち込み、城へと輿入りしてくる。

時には人質として……。


 (おごそ)かに輿入りしてから式三献を交わした後、三日間を白装束のまま過ごす。

四日目に華やかな着物へと着替える『色直し』をして、ようやく親族や上級家臣らと対面するのだが……此度は……。


 ………………


 ……ん、何だ? 身体が……熱い? 

何かがおかしい⁇ 地面が……揺れる⁇


「さあ、皆の元へと行くぞ!」

「……一蜂殿、御無礼承知で申し上げます。儀礼的なことの大半を抜いておりますが、これで本当に宜しいのですね?」

「胡桃殿……であったな? 良いのじゃ。あくまでも『一蜂』という次期城主が吉伏城にはおる、という……存在を知らしめる為の行いなのだから……後少し付き合ってくれ、なぁ和姫?」

「ふぇぇ?」


 ………………


「「……は?」」

「ふぁ? なんだぁ〜〜二人そらったぇ〜〜おかひな、顔をひてぇ〜〜」


「……まさかと思うが……」

「よ、酔っていらっしゃいますね、この程度の酒量で⁉︎ でも、あぁ……いつもの凛とした様子とは違い、赤い顔がこれまたお可愛いらし……あ、いぇ、なんでもありません」

「な、なんらぁ〜〜あたひは酔うてなんかひなひぞぉ〜〜!」


「酔っていない……そうか、では……和姫には少しばかり眠ってもらい、お披露目と参りましょうか……ねっ!」

「れ、一蜂殿⁉︎」


 ふわっ……


「ふあっ? な、何だ〜〜? わたひはひとりで歩へるぞぉ!」

「な⁉︎ その様な羨まし……じゃなくて、その様なお役目はこの私が! 私が姫様を抱えます‼︎」

「侍女が姫を抱きかかえては却って怪しまれるだろう? ここは儂が連れて行く。……御主には、やるべき仕事があるだろう?」


「っ‼︎ ……そうですね、姫様のお召し替えを……」

「いや、違うだろ‼︎ 大鼠を捕まえることだよっ‼︎」


 なんだか頭上で、蓮姫様が大きな声を出しているなぁ……駄目だ……眠くて目が開けられない……。


 そうして私は夢の中へと落ちて行ったのだった。



◇◇◇◇



 ゆっくりと目を開くと、見たことのない部屋の中。

私の上には柔らかな布団が一枚掛けられている……眠っていたのか⁉︎


 ………………


「はっ!」


 急ぎ身体を起こし、布団の上で構えの姿勢を取る!


 ずきんっ!


「うっ!」


 頭に鋭い痛みが走る!


 一体何が起きたのだ⁉︎

必死に記憶を呼び起こそうとしていると……。


「お目覚めですね。お加減は如何に?」

「胡桃⁉︎ ……ここは?」


 周囲を見回す。


「吉伏城の客間です。もう、全て終わりましたよ」


 にこっと微笑む青年の顔を見て、ようやく事態に気付くが……時、既に遅し。


 居た堪れなくなった私は咄嗟に、ばさっと布団で顔を隠した。


「あぁ……己が情け無さすぎて、泣けてくるわ……」


 穴があったら入りたい。

辰ノ組を説教している場合では無いわい。


 肝心な所で……御仁の前で粗相(そそう)をしたのだ。

少量の酒で酔い潰れるとは……。


「一蜂殿は『病弱な姫様として城の者達へ話を通すから却って好都合だ』と仰っていましたよ? それに……」


 ふわっと、私の布団を胡桃が剥ぎ取る。


「こんな……普段では見られない和迦様のご尊顔を拝めるなんて……恭悦至極(きょうえつしごく)ですよ?」

「……放っておいてくれ」


 とても嬉しそうな顔の彼とは対照的に、おそらく真っ赤な屈辱顔の私。


 くっ……恥ずかしすぎる……。



「おほんっ! ……と、とりあえず、何がどうなったかの報告を……」


 軽い咳払いの後、胡桃に説明を促したのだった。



◇◇◇◇



 式三献を終えた直後、花婿が最上間から階下へと下がり、大広間の上座へと座る。

その隣には冬実殿。

花婿……一蜂殿のその手には、抱えられたままの和姫様。


 美しい色打掛を着て、角隠しではなく綿帽子を目深に被った花嫁様。

そのお顔の半分以上は覆われ、表情はまるで見えない。

誰も目の前の和姫様が酔い潰れて眠っているとは、夢にも思わないだろう。


 冬実殿が下座に平伏す家臣達に向け、声を張る。


「今日という素晴らしき門出を祝福する前に……曲者を我が城に招き入れた不届者(ふとどきもの)を明らかにしようぞ!」

「「さあ、流戸の忍びを招き入れた者。手を挙げよ!」」


 冬実殿の声に被せるように、屏風(びょうぶ)裏に隠れた胡桃が言惑操術を繰り出す。


 皆が土下座の姿勢を崩さぬ中に、すっと手が一本挙がる。


「ほう? まさかお主だったとは……」


 少し哀しげな声で、冬実殿が嘆く。


「こ、これは……な、何かの間違いです!」


 青ざめた年配の男は、必死に喚く。


「有能だと信じておったのに……残念だが、ここでお主は終わりじゃ」

「そ、そんな‼︎ 殿っ‼︎ ……おのれ、()くなる上は……‼︎」


 男は立ち上がり、鬼の形相のまま懐に手を差し込む!


「斯くなる上は……何なんだ?」

「⁉︎」


 そう言って天井からするりと降りてきたのは蘇芳丸。


 疑問符を投げ掛けた彼へ答えは返らず、男は瞬間的に首を締め上げられ、失神した。


 ずるずるとその身を引き摺り、冬実殿の前へと突き出す。


「うむ、下がって良い!」

「はっ!」


 これは一種の演技。

城主を(たばか)ると如何様になるか……その見せしめだ。


「此度の城の鼠取りは随分とまぁ、大量なこと……こいつも丁のいい手駒……後でしっかりと躾けましょう」


 そう、侍女の青年は口元を着物で隠し、屏風の裏でほくそ笑んだのだった。

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