鼠取り② ー結婚の儀ー
予想通り、通り雨は多量の雨粒を滝の様に落として、過ぎ去った。
雨上がりの匂いが外から漂う。
天守閣、最上の間はしんと静まり返る。
三名だけでしめやかに始まる、仮初の結婚式。
『式三献』
花嫁が最初に盃に口をつけ、次に花婿が飲み干す……これを三度繰り返す儀式。
花婿、花嫁、侍女の三名で執り行うものなのだが……花婿は女である蓮姫様で、花嫁は私、侍女は男である胡桃なのだから……もう滅茶苦茶である。
「では和姫様、盃を……」
さして気に留める事なく、侍女役の胡桃が優美な所作で私に杯を差し出す。
本来、戦国の世の結婚は政略結婚だ。
城同士の結びつきをより強固にし、己の城を磐石にする為、縁組する。
そこに結婚する当事者の意思など塵程にも反映されない。
他城の姫君が花嫁として、従者の行列と共に豪華な嫁入り道具を持ち込み、城へと輿入りしてくる。
時には人質として……。
厳かに輿入りしてから式三献を交わした後、三日間を白装束のまま過ごす。
四日目に華やかな着物へと着替える『色直し』をして、ようやく親族や上級家臣らと対面するのだが……此度は……。
………………
……ん、何だ? 身体が……熱い?
何かがおかしい⁇ 地面が……揺れる⁇
「さあ、皆の元へと行くぞ!」
「……一蜂殿、御無礼承知で申し上げます。儀礼的なことの大半を抜いておりますが、これで本当に宜しいのですね?」
「胡桃殿……であったな? 良いのじゃ。あくまでも『一蜂』という次期城主が吉伏城にはおる、という……存在を知らしめる為の行いなのだから……後少し付き合ってくれ、なぁ和姫?」
「ふぇぇ?」
………………
「「……は?」」
「ふぁ? なんだぁ〜〜二人そらったぇ〜〜おかひな、顔をひてぇ〜〜」
「……まさかと思うが……」
「よ、酔っていらっしゃいますね、この程度の酒量で⁉︎ でも、あぁ……いつもの凛とした様子とは違い、赤い顔がこれまたお可愛いらし……あ、いぇ、なんでもありません」
「な、なんらぁ〜〜あたひは酔うてなんかひなひぞぉ〜〜!」
「酔っていない……そうか、では……和姫には少しばかり眠ってもらい、お披露目と参りましょうか……ねっ!」
「れ、一蜂殿⁉︎」
ふわっ……
「ふあっ? な、何だ〜〜? わたひはひとりで歩へるぞぉ!」
「な⁉︎ その様な羨まし……じゃなくて、その様なお役目はこの私が! 私が姫様を抱えます‼︎」
「侍女が姫を抱きかかえては却って怪しまれるだろう? ここは儂が連れて行く。……御主には、やるべき仕事があるだろう?」
「っ‼︎ ……そうですね、姫様のお召し替えを……」
「いや、違うだろ‼︎ 大鼠を捕まえることだよっ‼︎」
なんだか頭上で、蓮姫様が大きな声を出しているなぁ……駄目だ……眠くて目が開けられない……。
そうして私は夢の中へと落ちて行ったのだった。
◇◇◇◇
ゆっくりと目を開くと、見たことのない部屋の中。
私の上には柔らかな布団が一枚掛けられている……眠っていたのか⁉︎
………………
「はっ!」
急ぎ身体を起こし、布団の上で構えの姿勢を取る!
ずきんっ!
「うっ!」
頭に鋭い痛みが走る!
一体何が起きたのだ⁉︎
必死に記憶を呼び起こそうとしていると……。
「お目覚めですね。お加減は如何に?」
「胡桃⁉︎ ……ここは?」
周囲を見回す。
「吉伏城の客間です。もう、全て終わりましたよ」
にこっと微笑む青年の顔を見て、ようやく事態に気付くが……時、既に遅し。
居た堪れなくなった私は咄嗟に、ばさっと布団で顔を隠した。
「あぁ……己が情け無さすぎて、泣けてくるわ……」
穴があったら入りたい。
辰ノ組を説教している場合では無いわい。
肝心な所で……御仁の前で粗相をしたのだ。
少量の酒で酔い潰れるとは……。
「一蜂殿は『病弱な姫様として城の者達へ話を通すから却って好都合だ』と仰っていましたよ? それに……」
ふわっと、私の布団を胡桃が剥ぎ取る。
「こんな……普段では見られない和迦様のご尊顔を拝めるなんて……恭悦至極ですよ?」
「……放っておいてくれ」
とても嬉しそうな顔の彼とは対照的に、おそらく真っ赤な屈辱顔の私。
くっ……恥ずかしすぎる……。
「おほんっ! ……と、とりあえず、何がどうなったかの報告を……」
軽い咳払いの後、胡桃に説明を促したのだった。
◇◇◇◇
式三献を終えた直後、花婿が最上間から階下へと下がり、大広間の上座へと座る。
その隣には冬実殿。
花婿……一蜂殿のその手には、抱えられたままの和姫様。
美しい色打掛を着て、角隠しではなく綿帽子を目深に被った花嫁様。
そのお顔の半分以上は覆われ、表情はまるで見えない。
誰も目の前の和姫様が酔い潰れて眠っているとは、夢にも思わないだろう。
冬実殿が下座に平伏す家臣達に向け、声を張る。
「今日という素晴らしき門出を祝福する前に……曲者を我が城に招き入れた不届者を明らかにしようぞ!」
「「さあ、流戸の忍びを招き入れた者。手を挙げよ!」」
冬実殿の声に被せるように、屏風裏に隠れた胡桃が言惑操術を繰り出す。
皆が土下座の姿勢を崩さぬ中に、すっと手が一本挙がる。
「ほう? まさかお主だったとは……」
少し哀しげな声で、冬実殿が嘆く。
「こ、これは……な、何かの間違いです!」
青ざめた年配の男は、必死に喚く。
「有能だと信じておったのに……残念だが、ここでお主は終わりじゃ」
「そ、そんな‼︎ 殿っ‼︎ ……おのれ、斯くなる上は……‼︎」
男は立ち上がり、鬼の形相のまま懐に手を差し込む!
「斯くなる上は……何なんだ?」
「⁉︎」
そう言って天井からするりと降りてきたのは蘇芳丸。
疑問符を投げ掛けた彼へ答えは返らず、男は瞬間的に首を締め上げられ、失神した。
ずるずるとその身を引き摺り、冬実殿の前へと突き出す。
「うむ、下がって良い!」
「はっ!」
これは一種の演技。
城主を謀ると如何様になるか……その見せしめだ。
「此度の城の鼠取りは随分とまぁ、大量なこと……こいつも丁のいい手駒……後でしっかりと躾けましょう」
そう、侍女の青年は口元を着物で隠し、屏風の裏でほくそ笑んだのだった。




