夕暮れの座談
夕暮れの空は好きだ。
曖昧さが混じり合って、やがて夜を連れて来る。
里長、胡桃、私の三人で囲炉裏を囲むように座る。
暗くなる室内に火を灯し、鉄瓶を掛けた。
屋敷内では、蘇芳丸が目を覚ました気配を感じる。
後で様子を見に行かねばな。
「まあ、気楽に話そうではないか。で、此度のかくれんぼはどうだった? 楽しかったか? ん?」
小さい子供に問うように、父上がにこにこと私に尋ねる。
「はい。大変……楽しゅうございました」
私も幼な子のように、本心を告げた。
それを聞いて、父上も胡桃も一瞬驚いた顔をし、そして、ふっと笑った。
二人とも心の何処かで、私が子供らしく居られないことを気に掛けていたのだな。
忍びなのに……ほとほと私に甘いなぁ。
「里長代理を任せてから、皆と遊ぶこともなかっただろうからな。お互いの成長も見られたようで何より何より」
湯が沸き、胡桃が淹れてくれた茶を啜る父上。
熱かったのか、口元を押さえている。
「父上のお眼鏡には叶いましたか?」
「う〜ん、まずまずだね」
のらりくらりな躱し言葉。
「それにしても胡桃……俺の居ぬ間に、全くうちの子に何を教え込んだのやら」
じろりと胡桃を見遣る。
まぁ、面白くはないのだな。
不在の二年の間に変わった事、変わらぬ事、それらを共有できていない疎外感。
父上は元来、寂しがり屋だからな。
「ふふっ、若は筋が良いので、物にされましたね。素晴らしい。他の者では到底無理でしょう」
穏やかに胡桃が微笑む。
褒めて貰って恐縮だが、まだまだ、私の術は未熟だよ。
「基本である『氣』の操作、若は格別。そこからさらに発展させて、型を作っておられます。応用できれば、かなり有益かと……ただ、誰がどれだけこの術を扱えるかは、まだ見当もつきませぬが……」
もし、実践で使用できるなら、浅緋の忍びが生き残る確率は格段と上がる。
「実際、どのように使ったか、教えて貰おうか?」
そう父上が催促する、好奇心が抑えられぬ輝く瞳。
私は草叢での蘇芳丸とのやり取りを思い出す。
「大地に手を突き様子を探ったところ、僅かですが、具合の芳しくない様子が感じ取れました。早目に終わらせねばと思い、蘇芳丸を捕縛するには如何に? と考えました。」
「蘇芳は気合い入れ過ぎ、空回りだな」
「うつけですね。体調管理も出来ぬとは……」
笑う父上と溜息を出す胡桃。
私は続ける。
「捕まった者は音鳴玉を鳴らす様、辰ノ組は決め合っていたようです。三つ目の音鳴玉を響かせれば、一瞬気が逸れ、隙が生まれると思い、奪った玉を鳴らしました」
「で、その瞬間に術をかけた、と?」
父上の言葉に、頷く。
「私の術はまだまだ不完全。蘇芳や鉢ノ助のように勘のいい輩では『氣』を送り込んだことを察知されてしまう。逆に条件が合えば、まんまと術中に嵌められます。」
「ああ、馬鹿だからな」
「……」
父上も辛辣だ。
こういう所、胡桃と父上は何故だかよく似ている。
「顕霞の術の応用……鉢ノ助には『新月』暗闇を見せる術、そして蘇芳には『朧』をかけました。」
「『朧』?」
「はい。悪夢を見せる術……とでも言いましょうか?」
蘇芳丸が何を見たのか、本人しか知り得ない。
見たくないものを見せてあげられたはず。
……これで、また一つ嫌われたかな?
私達が扱う『氣』とは……何とも摩訶不思議なものだ。
様々な性質を持つが、陰氣、陽氣に大別され、それに加えて、色を持たせることもある。
不調な蘇芳丸に敢えて、混じり色の陰氣を送り込んだ……『朧』は幻覚術だ。
「弱っているとはいえ、私との力量差は大きい。幻を見て蘇芳が暴れ回り消耗した所を捕らえようと図っていたら、彼は勝手に意識を失いました」
私の説明に頷く二人。
あくまで、私は見せる側。
何を見たのかは本人のみぞ知る。
「気絶し、泣いて怒る程とは、如何なる酷い夢だったのか……気になるねぇ」
父上が、にやにやと悪い笑みを溢す。
「いくら朦朧としていたとはいえ、夢か現実か分からぬ状況へ追い込めるとは……その術は今後、試していく価値がありますね」
胡桃が神妙な面持ちで呟く。
「あっ……」
鋼太郎達が、屋敷から出ていく気配……帰るのか。
蘇芳丸が起きたな……ん? また寝たか?
「あいつら挨拶ぐらいしていきゃ良いのに……」
「里長の談話中には、入って来れませんでしょうに」
「あぁ、それもそうか」
父上は里長としての自覚が薄くなる時があるが、そういう場合は大抵、胡桃にお小言を言われる。
「蘇芳が起きたら、話しておけ」
父上がこちらに向き直る。
先程とは打って変わって真剣な眼差し。
「覚悟を決めろ、と」
「はっ!」
……それは果たして、どちらの意味なのだろうか?