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忍リクルート  作者: 枝久
三、
17/89

かくれんぼ①

 「ぜーーったい、無理‼︎ 蘇芳丸の阿呆‼︎ 出来るわけなーーいじゃーーん‼︎」

「うるせぇぞ梅! 俺は勝つんだ‼︎ 絶対に‼︎」


 胡桃は、里長に山程溜まった仕事をさせたいようで、嫌々する父上の襟首をずるずると引き摺りながら部屋を出て行った。


 残された皆は、やいのやいのと囲炉裏前で騒いでいる。


「ぼ、僕ら……い、今まで一度だって若に勝ったこと無いじゃないかぁ……」

「だよな。無理だな、うん」


 不安がる鋼太郎と(いさぎよ)い鉢ノ助。


 確かに、幼い頃はよく一緒に遊んだ。

そして、自慢じゃないが……私はかくれんぼで一度も負けたことはない。

……というか、皆が隠れるのが(すこぶ)る下手くそ過ぎるし、隠れたら隠れたで全然見つけてもくれない。

あまりにも退屈過ぎて、面白く無かったのをよーーく覚えている。


 里長は一体何を考えているのやら……。

五人の成長の確認か? 蘇芳丸に諦めさせる為の口実か?

……それともただの(たわむ)れか?


 ………………


 そもそも、何で自分はこの空間に皆と一緒に残されているのだ?


 ぼーっと色々思案していると、私の前に蘇芳丸がどんと仁王立ちになり、びしっと指を差してきた。


「若に絶対勝つからな! そして俺は任務に出るからな‼︎ そんでもって元服して、ちゃんと忍びになるんだからな‼︎‼︎」


 ………………


「で……それをわざわざ私に宣誓して、どうするというのだ?」

「……情に、訴え、とか?」


 幹兵衛……それ、言ったら駄目なやつだろう、意味がない。


 私は深く深ーーく、溜息を吐いた。


「それと、蘇芳……人を指差してはいけないと、以前教えたはずなのだが?」

「うぐっ……」


 私の指摘で言葉が詰まった。


 そう……甘やかしてはならぬのだ、何事も……。



◇◇◇◇



 里長屋敷の囲炉裏端、二年ぶりに皆で囲む昼餉(ひるげ)だ。

父上は『美味い、美味い!』と笑顔で召し上がっていた。


 早朝からじいとばあが用意してくれた食事、いつも以上に美味く感じたのは、こうして全員が集まったからかもしれない。


 蘇芳丸はがつがつと喰らい、梅丸は複雑な表情を浮かべ……あまり箸が進んでいない様子。


 梅丸は里に来て約二年。

里長代理として動いていた自分とは一緒にかくれんぼをしたことは無い……いや、共に遊んだことすら無い。


 可愛いらしい顔だが、自分なりの矜持(きょうじ)をしっかりと持った男だ。

その上、賢い……余計なことを言わん分、腹に色々抱えていることだろう。

適材適所で、くのいち衆に同行させてはいるが、本心では納得していないのが見て取れる。


 私のことは、あの笑顔の下で『気に食わん!』……そう思っているはずだ。


 いつかお前と、腹を割って話せる日は来るのだろうか?

……未だ想像もつかん。


 梅丸の横顔を眺めながら、ぼんやりそう思い、茶を(すす)った。



◇◇◇◇



 各々が食事を終え、屋敷前には里長、胡桃、辰ノ組と自分が再集合する。


「よっしゃ、やるぞーー!」


 張り切っているのは蘇芳丸だけ。

他三人は微妙な顔、幹兵衛はいつも通りの無表情。


「大丈夫ですか?」


 胡桃が心配そうに尋ねてくる。


 あぁ、自分も皆と同様、浮かない顔だったのだな。

気乗りはしない、が、これも里長命令。


「やるからには徹底的にやるよ」



「こほんっ!」


 軽く咳払いをして里長が話し出す。


「これより、かくれんぼを開始致す‼︎ 忍びを目指す者として、心して掛かれ‼︎」


 言葉は仰々しいが、にやにやした顔とは相容れないな。


「さあ! 三十数える間に皆、上手に隠れるんだぞ‼︎」


 随分とまぁ、上機嫌なこと……。



◇◇◇◇



「ひとーーつ、ふたーーつ、みーーっつ……」


 松の木に腕を預けて、眼を伏せる。

……私は鬼だ。この五人に憎まれる敵。


 皆、数え出しの瞬間から、一斉に消えた。

隠れ場所の範囲は里全体。

日没までに見つからなかった者が勝者。


 ゆっくりと、一つずつ数を数えながら、ふと皆と遊ぶのはいつぶりかと思い出す……七つくらいが最後か? 実に七年ぶり。


 此度(こたび)は遊びではなく、あくまで真剣勝負。

……いっそ、この際、蘇芳丸に引導(いんどう)を渡してやろうか?

お前は忍べないのだ、と。


 どんなに言っても忍びになることを諦めない男の心は、徹底的に叩き折らなければならない。


 ……正直、今の段階で元服できる可能性は限りなく(ぜろ)に等しい。


 二年前とは見違える程……努力も相まって気配を消す霞消の術を少しは使えるようになってきた……それは認めよう。


 ただ、それ以上に禍々しく雄々しい狂気を孕んだ存在感も、この二年で爆発的に育ってしまったのだ。

術では到底、抑えきれないほど……。

純粋な力比べなら、十四歳でもう既に父上に肉薄するだろう。


 ……いったい蘇芳丸をどこで拾ってきたのだ? 全く。


 胡桃は恐らくどこぞの忍びの家系の出だと思われる。

昔、戦場にとり残された少年を連れ帰ってきた、とだけ父上から聞かされたが……特殊な身体能力と忍術を持ち合わせていながら、平民出身はあり得ない。


 蘇芳丸の力も同様、それ相応の身分や血筋であっても何らおかしくない。

(けた)違い……忍びではなく武家か、下手したら……。


 人間とは摩訶不思議なもので、惹かれ合うかの如く、強者は強者を引き寄せてしまう……なんとも性質(たち)の悪い生き物。


 しかも大概、そういう(やから)は好戦的で残虐だ。


 仮に、辰ノ組が元服できたとしよう。

蘇芳丸に引き寄せられた曲者(くせもの)に遭遇した時、他の四人は己の力だけで払い()けられるのだろうか?

それとも、蘇芳丸が皆を護りながら戦うのか?


 否、全員、犬死にする。


 本来の生まれに返してやれたらと、情報を集めてはいるが……何の手掛かりもなく今日(こんにち)に至る。


 それどころか、蘇芳丸が追放されることこそ、最善ではないかと、いつしか考える様になってしまった。

……恨まれて当然……本当、私は鬼だな。




「……はたまりやっつーー、はたまりここのつーー、みーーそ!」


 三十数えて、伏せた松の木からすっと顔を上げる。


 眼を閉じ、ふーーっと大きく身体の深くから息を吐き出す。


 集中しろ……落ち着け……行くぞ……。


「では……」


 かっ!


「わ〜〜か〜〜!」


 開眼した瞬間に、父上が後ろからがばっと抱き付いてきた! 


 ……なんと、間が悪い! 

きーーっ! 腹立たしい‼︎


「なっ! 何用ですか⁉︎」

「えーー怒んないでーーごめんよーー!」


 私の睨みに少しだけ(ひる)むが、絡ませた腕を下ろすつもりは無いようだ。

いやいや貴方様に比べたら、私の殺気なぞ鼻で笑う程度でしょうが……。


 ちらりと、背後の父のさらに後ろ、胡桃の姿が目に入る。

私の気迫がてんで足元にも及ばぬ程、びりびりと皮膚がひりつく殺気を、隠そうとせずそこに立っている。

……後で父上の仕事量は無駄に増やされてしまいそうだな。


「なぁ……今、どこまで探知できる?」


 急に意外な問いかけ。


「えっ? そうですね……。里の全範囲ならば何とか、東西南北どの辺りかの当たりくらいはつけられるかと。……正確な位置の特定となると、もう少し接近しないと引っ掛かってこないですね」

「ほう! いいね、流石(さすが)!」


 我が子に対して激甘い判定を下す為、父上の褒め言葉は全く信用していない。


「父上こそ、何が目的ですか?」

「ん? 何が〜〜?」


 はぐらかすのは常、腹の底が見えないこの御方、自分の父親ながら時折恐ろしく感じることもある。


「言い方を変えましょう。……どちらの味方ですか?」

「味方……か。そうだなぁ、俺は里長だからねーー。五人にはちゃんと元服してもらいたいとは思っている」


 これも意外……即答で自分の名を呼ぶかと思っていた。


 ……いや、父上と私とで浅緋の里に対する考えは大きく(たが)えている。


 そうか、このかくれんぼは……。


「六人分の検分だよ」


 私も試される側の人間か。

検分……そうか……父上が諦めさせたいのは、蘇芳丸ではなく、私の方……か。


「ふふっ……」

「ど、どうした?」

「いえ……なんだか楽しくなって参りました」


 先程まで憂鬱(ゆううつ)であったのに、俄然、気合いが入る。


 そちらがその気なら、こちらも好きにさせて頂きましょう。


 私の反応に驚いたのか、おろおろし始める父上……だったら余計な口は閉ざせばよいのに……。


 胡桃は菩薩(ぼさつ)のようにきらきらと微笑む。


「私は何があっても若の味方です」

「あっ! てめぇこの野郎!」


 二人がまた火花を散らし始めたので、とりあえず放っておこう。


「ふぅーーっ……」

 

 再度、しっかりと息を吐き切り、そして全力で吸い込む。


 片膝を着きながら地面に手を突く!

全神経を右手掌に集中させ、大地へと送り込む。


顕霞(けんか)


 ぶわぁっ!


 接地した手掌から地面へと一気に地中を這うように己の氣が広がる。

術発動範囲端まで行き渡った瞬間、さらに力を押し込む。

抑圧された氣は耐えきれずに大地から天へと昇るように一気に拡散する。


 そして霞は広がる……これが顕霞の術。


 実眼では視えない、私の脳裏に広がる霞。

その揺らめきが隠れた者を(あら)わにする。


 己が張り巡らせた(わな)に獲物がかかるのを探る蜘蛛のように……。


「さてと……ふむ。東に鋼太郎と梅丸、南に幹兵衛、西に鉢ノ助、中央が蘇芳……か」


 ここ里長屋敷は里の北に位置する。

それぞれが方々に散ることで、時間稼ぎのつもりかな?


 ふと、自分の口の端がつり上がっていくのを感じる。

血が沸き立つようなこの感覚……あぁ久方ぶりだ。


「見ぃつけた」


 いざ鬼の出陣……お前達を捕まえに行くぞ。

矜持:プライド

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