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忍リクルート  作者: 枝久
三、
16/89

里長の帰還

 里長帰還、当日。


 二年ぶりに、父上が里に帰ってくる。

何だか頭が冴えてしまい、布団からゆっくり起き上がる……外を見遣ると、まだ黎明(れいめい)の美しい空。


 何処かしら、気分が落ち着かないのだな。


 台所へ行くと、すでにじいとばあが起きて、何やら作業をしていた。

良い香りが鼻を(くすぐ)る。


「あら、おはよう、若」

「おはよう、ばあちゃん……今日はご馳走だね」


 普段が質素な食事な分、品数が増えるだけでも豪華になる。

朝早くから、二人ともご苦労様。


「二年ぶりだからねぇ。きっと昼より前、辰巳ノ刻には飛んで帰ってくるじゃろう」


 ばあも嬉しそうに、鍋を掻き回す。


「若も早起きで……」


 じいが頭を優しく撫でてくる……前よりも痩せた手。


「父親が恋しいのじゃな」

「べ、別に……そんなんじゃ……」


 急に顔の温度がぐんと上がる。


「今、十四歳か。若も随分大きくなって……」

「あと六ヶ月で元服か」


 そう言った、ばあの表情がふっと曇る。


 辰ノ組と同い年の自分も勿論(もちろん)、元服を迎える。

里長代理から、里長へ。


「本来あるべき(さま)にせねばな……」


 生まれる場所は選べず、生きる場所すらも選べない。

里を継ぐ者、それが自分……なんとも不自由な身だ。



◇◇◇◇



 ばあの予想は的中、父上と丑ノ組は辰ノ刻に帰還した。


「帰ったぞーー‼︎」

「くるっくーー‼︎」


 もちろん、河原鳩の(つくね)も一緒。

父上の肩の上に、ちょこんと乗っている。


 どさっ!


「「「「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……」」」」


 大量の土産物が地面に下ろされた。

これだけの量の荷を抱えながら最速で戻ったのか!


 丑ノ組の四人は一歩も動けない有り様だ。

地面に倒れ込んだまま、息は荒く、身体を起こすことが出来ない状態。


 ばしゃぁっ!


 蘇芳丸が桶で水を掛けてやり、梅丸が介抱している。


 それにしても、任務で命じたとは言え……よく父上の速度に付いていったな。

千鳥達もまた一段と成長している……頼もしいものだ。


 片膝を付け、里長に頭を下げる。

ちらりと見遣るが……荷を持ちながら駆け抜けてきたのに、まだまだ元気だな、父上。

息一つ乱れていない……化け物と呼ばれる所以(ゆえん)の一つだ。


「父上、お久しゅうございます」

「わ〜か〜‼︎‼︎」


 迎えの言葉をかけ、再度一礼をするやいなや、いきなり強めの抱擁(ほうよう)を受ける!


 ぎゅううううっ!


「ち、父上……苦しいです……」

「会いたかったよぉぉぉぉぉぉぉっ!」


 最早(もはや)、里長の威厳などどこ吹く風、周りの視線を気にすることもなく、全力で再会の喜びをぶつけてくる。

相変わらず、自分の前ではまるで子供。


(ひろむ)様、若が潰れてしまいます。お離し下さい」


 胡桃がぴしゃりと言い、父上はぱっと私から離れた。


「胡桃〜〜! ……お前いい性格になったじゃねぇか」

「お褒め頂き光栄です」

「褒めてねぇ!」


 親子の再会に水を差され、嫌味を返す父上と、それを意に介さない胡桃。


「私の主は若なので、汎様といえども容赦致しませぬよ」

「ぐぬっ……」

父上でさえ、時として胡桃相手は少し分が悪い。


 自分はそんな兄者に、いつも感謝しかないのだが、な。


 ……四年前、里の全滅を免れたのは胡桃の術のお陰なのだから……。


 ざっ!


「ふわぁぁぁぁぁぁっ⁉︎」


 どすんっ!


 父上と胡桃が謎の火花を散らしている時、後ろで蘇芳丸が()頓狂(とんきょう)な声を上げ、尻もちをついた。


 振り返ると、土産の荷物の山……倒れた背負い籠の中から幼子が二人、のそのそと這い出てきた。


 ……まさか?


「あぁ、さっき拾った」


 ……ですよね。


口減(くちべ)らしだろうな、山ん中で泣いてたから……たぶん、兄弟かな?」


 そう言って、父上は一人をひょいっと抱き上げた。


 年は三つくらいか? 

よく似ているが双子では無さそうだから、年子か?


 幼子は呆気に取られていたが、じわじわと顔が崩れていく……あ、まずいな。


「にぎゃあぁぁぁーー!」


 大音量で泣き始めた……やっぱり。

その声につられて、もう一人、上の子も泣き出した。


「えっ? ええーー⁉︎ 今まで何の反応もしなかったのに!」


 急におろおろと、動揺する父上。


「おいで……」


 父上の手から、ふわりと幼子を奪い取り、そっと抱き締める。

私の腕の中で少し安心したのか、見る間に泣き止み、大きな瞳をじっと私に向けてくる。


 それを見て、泣いていたもう一人も歩み寄ってきて、私の足にぎゅっとしがみついた。


「よしよし……」


 怖かっただろうに……山に捨てられ、知らない人間に拾われ、籠に揺られて……こんな遠くまで運ばれ来たのだから……。


「いい子だ……」


 撫でてやると、すぅっと落ち着いてきたのか、涙も自然と止まったようだ。


 下の子を腕に抱っこし、上の子を膝の上に乗せ、二人を抱える。


「……可愛いな」


 生まれも、生きる場所も選べない……自分と同じだ。

……だとしたら、この里でうんと幸せになってもらいたい。


「父上……この子らは……姉妹ですね」

「何⁉︎ ……そうか、そうしたら……青葉の所に頼む……か」


 短く刈り取られた髪でどうやら男児だと思って疑わなかったのだな。

男児だったら、屋敷で育てる算段だったのかな?


「梅! この子達を青葉殿のとこまで連れてってもらっていいか?」

「えーー⁉︎ 子供苦手なのに……もう、しょうがないなぁ〜〜」


 青葉殿は、くのいち、花鳥衆の芽吹と亡くなった大樹の母だ。

大らかな人柄で面倒見が良い。


 幼子達は梅丸の顔をじーーっと見て、にこりと笑った。

……なんだ? 気に入ったのか?

梅丸の方はなんだか照れつつも、少し困惑している。


 ぎこちないながら手を繋いで、梅丸は二人を連れて行った。


「さてさて、あの子達のことは追って考えるとして……」


 父上はくるりと身体を回し、蘇芳丸の方を向く。


 瞬間、蘇芳丸の表情がぴきっと強張(こわば)る。


「蘇芳……辰ノ組全員を呼び出してもらおうか」


 みるみる青ざめていく蘇芳丸。


「は、はっ!」

「里長からの命令だよ」


 薄ら微笑んだような顔を浮かべる……最強であり、最恐の忍び。


 帰還早々、これから何を始めるおつもりなのだろうか……。



◇◇◇◇



 間も無く午ノ刻になろうか。

囲炉裏前には蘇芳丸(すおうまる)(はち)(すけ)鋼太郎(こうたろう)幹兵衛(みきべえ)、子供達を送り届けた梅丸(うめまる)が遅れて集合する。


 皆の表情からは一様に緊張感が(ただよ)う。


 五人の向かい側、上座に里長が座る。

胡座をかき、何故か私を膝の上に乗せている。


 ………………


 何故⁉︎


「父上……私、もう十四です」

「うむ。俺は三十ニだ」

「……存じてます」


 ………………


 いや、そうではなくって……‼︎

もう膝に乗せられるような子供ではない‼︎

恥ずかしい‼︎

しかも誰も何も言わないし、目を逸らしておる‼︎


 父上はきょとんと不思議そうな顔をしているし、下がった所に座る胡桃は怒りを押し殺したような顔で俯いている。


「降ろして頂けないなら……絶縁です」

「なっ⁉︎ 嫌だーー嫌だ嫌だ嫌だーーっ‼︎」


 私はその一言で、愚図(ぐず)る父上の膝の上から、やっと解放された。


 なんやかんや、私の言うことは聞いてくれる。

……自分にだけは、優しいのだ。


 里長の後方に座り直し、改めて事の成り行きを見守る。


「さ・て・と……」


 里長が辰ノ組の五人をゆっくりと見回すと、五人の表情がほぼ同時に引き()った!


 こちら側から里長の表情は見えないが、恐らく微笑んでいる……殺気を放ちながら……。


 蘇芳丸の額には汗が滲み出てるし、鋼太郎は必死に震えを抑えているが止めきれていない。

鉢ノ助と梅丸も、ここまで青ざめているのは見たことがない。

幹兵衛は……早く終われ、と考えてるな、あれは。


「お前ら、残り半年しか無いんだよなぁ……元服」


 ゆっくりと首を動かし……里長の視線がぴたりと一人に止まる。


「なぁ、蘇芳……?」

「は、はっ!」


 蘇芳丸が、がばっと土下座をする!


「も、申し訳ございません」

「……」


 里長はすぅっと音も無く立ち上がり、蘇芳丸の側に近寄る。

 

 そして……。


 がっ!


 髪の毛を乱暴に掴んで、ぐいっと顔を無理矢理上げさせた。


 右の人差し指で顎を持ち上げ、細めた目で蘇芳丸を見つめる……さながら獲物を絡め取る蛇の眼光。


「で、どうすんだ? 忍びになるか? なれずに里を去るのか?」

「っ……!」


 やはり、その二者択一しかないのだな。

……私も同意だ。


 でも、思うのだ……。

蘇芳丸にとって、その方が幸せなのでは無いか……と。


 蘇芳丸はぐいっと顔を里長へ向け、声を張る!


「俺は忍びになります‼︎」

「はんっ……なれるかどうかはてめぇが決めるんじゃねぇ、なぁ?」


 そう言って、里長は私に話を振る。


「お前らが元服する時、長は俺じゃねぇからな」

「……」


 蘇芳丸は不服だろう。

最強の忍びの背中をずっと目指していたのだから……。


 『自分の主は(ひろむ)様だ!』

そう、昔から繰り返し言っていた。


 だから、私に強く当たってくる……それは仕方ない。


「俺は優しいから、機会を与えてやろう」


 そう言って、にやりと笑う。

……本当に優しい人間は、自分から優しいとは言わない。


「もしお前らの誰か一人でも勝てたなら、蘇芳丸を研修任務に出してやろう」

「っ!? ははぁっ‼︎」


 蘇芳丸の瞳がきらきらと輝く!


 ……嫌な予感しかない。


「じゃあ……お前達は……若とかくれんぼをしてもらおうか。なぁ?」


 そう言って私に、いつもの子供じみた無邪気な笑みを向けてくるのだった。

辰ノ刻:午前8〜10時頃

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