鉢ノ助③ ー父ちゃんー
合同弔儀が過ぎて、里には少しずつ日常が戻ってきていた。
いつまでも哀しみに暮れているわけにはいかない、生活は続いていくのだから……。
うん、分かってる。
俺は幹兵衛の家にお礼を言って、またあの家に戻り、一人で父ちゃんの帰りを待つことにした。
持ち主がいなくなった畑を、目的も無くただぼんやりと耕す毎日。
織部の爺さんの畑、実が大分大きくなってきたな。
もう収穫できそうだ……今年は豊作だよ、爺ちゃん……一緒に食いたかったな。
「鉢ノ助……久しぶりだな。ちょっといいか?」
「……若」
かたんっ!
鍬を置いて、声の主にぺこりと頭を下げた。
若に会うのは、竹藪で穴から助けてもらったあの日以来、半年ぶりか。
里の寵児は、疫病から守る為という名目で、籠の鳥のように長らく幽閉されていたと聞く。
元々、白い肌がさらに透き通ったように見える。
「あ、そうだ……若、ごめん」
「?」
「貰った手拭い、始末されてしまったんだ」
看病に使った品物は疫病の根絶の為、全て処分された。
「鉢、謝らないでくれ……」
若が哀しげな顔で、次の言葉を選んでいる。
「これから……庚辰衆が里に戻ってくる。お前も屋敷に来てくれないか?」
「えっ! 父ちゃんが‼︎」
父ちゃん……父ちゃん……‼︎
やっと帰ってくる‼︎ やっと会えるんだ‼︎
◇◇◇◇
里長屋敷……若に呼ばれ、囲炉裏部屋の戸の隙間から、こそっと中の様子を覗き見る。
囲炉裏端に五人の忍びが片膝を付き、里長に礼を向けている。
「庚辰衆、只今、帰還しました!」
「うむ、よくぞ戻った」
胡座をかき、頬杖を付いている汎様。
しーんと、空気が……怒りを孕んでいる。
静かに父ちゃんが声を絞り出す。
「長……何故我らを……帰還させなかったのですか?」
里長の命令は絶対だ。
帰還の許可を出さなかったのは、汎様の判断。
「納得いかないか? 陸ノ助」
冷たい瞳を父ちゃんに向ける。
「殴れば良い、ほれ」
汎様はくいっと顎を上げ、右の頬を突き出して……父ちゃんを挑発した。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ‼︎」
がんっ!
父ちゃんの拳が汎様の頬を殴りつける!
だが、重い一撃を受けても、その場から胡座を崩すことなく、汎様は微動だにしない。
あの父ちゃんの拳を受けて、何で平気なんだ⁉︎ 化け物か⁉︎
「陸よ、その程度か?」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
がんっ! がんっ! がんっ!
煽られて、さらに拳が入る。
一発、また一発……。
がらっ!
「父ちゃん、もう、やめてよーーっ‼︎」
「鉢ノ助⁉︎」
俺は思わず、戸を開けて飛び出していた!
「父ちゃん! うぅっ! 父ちゃんっ!」
「は、鉢ノ助……すまなかった……」
しがみついた俺を父ちゃんがきつく抱き締めた。
「お前が生きているっ‼︎ 生きているっ‼︎」
頭の上からぽたぽたと水が落ちてきた。
……泣いているの? 父ちゃん?
「分かってる……あのとき……里に戻って俺達が全滅するわけにはいかなかった……分かってる……分かってる……が……」
さらに強く、ぎゅうっと抱き締められる!
「それでも、俺は、俺は……お前達の元に駆けつけたかったのだ……」
「と、父ちゃぁぁぁぁぁぁん‼︎」
内に溜まっていた涙が枯れ果てるまで、俺と父ちゃんは泣き続けたのだった……。