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忍リクルート  作者: 枝久
一、

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1/96

忍びの里①

 基本は若の視点で話を進めていますが、若が不在の時は天の声、その話の主人公の視点で書かせて頂いてます。

読んで頂けたら、幸いです。

 時は戦国時代。


 寛正(かんせい)大飢饉(だいききん)から五十年余経ったが、四年前の疫病(えきびょう)流行で武蔵国(むさしのくに)にある浅緋(あさひ)の里の人口は激減していた。


 この忍びの里は平野にある小さな農村だ。山も森もなく、あるのは見通し良い田畑と林が少しだけ。


 ……はっきり言おう、ど貧乏である。


 特産品もなければ、海もない。里近くを流れる荒魂川(あらたまがわ)は、よく氾濫(はんらん)しては、度々、水害を招いた。


 普段は農民として暮らし、依頼があれば忍として働く。主な仕事は諜報(ちょうほう)、暗殺、工作。


 ……ひたすら地味。


 ど派手な戦闘もなければ、身体の中に物怪(もののけ)を閉じ込めてはいないし、大蝦蟇(おおがまがえる)だって使役できない。

 身体機能は(すこぶ)る高く、独自の忍術や暗器を使いこなし、戦乱の世を暗躍する……けれども、ただの人間。たかが人間。


 それが忍だ。



◇◇◇◇



 今、季節は文月(ふみづき)


 例年なら田んぼにたっぷりの水が張られている時期なのだが、ここ(しばら)く日照りが続いているせいで、大地は干上がり、地割れがそこかしこに出来ていた。


 強い日差しの降り注ぐ下、田んぼの端にそっとしゃがみ、稲の成長具合を確認する。


「あぁ、まずいな。このままでは今年の米は不作だ……」


 深く深く溜息を吐き出し、私は一人項垂(うなだ)れた。



 食糧問題は里の者達の生き死にへ直結する。もし今後、雨量が満たなければ、米の収穫が危ぶまれる。秋頃の(きのこ)狩りもあまり期待できそうにない。


「さて、どうしたものか……」


 すると、独り言を呟く私の横に、よく知る忍びが音もなく現れた。彼はそっと傍らにしゃがみ、心配そうな声を隣で発する。


「若……」


 私の顔色を伺おうと首を傾げ、肩口で結んだ彼の髪が揺れる。それが下を向いている私の視界に入った。


 顔を上げると、青年と視線がぱちっと交差する。

 

「兄者……」

「若……その呼び方は皆の前ではいけませんよ?」


 少し困ったような顔で目を細め、美しい青年が柔らかに微笑んだ。黒い布で鼻から下を覆い隠しているのに、端正な顔立ちをしているのが布越しでも分かる。


「わかったよ……胡桃(くるみ)


 私は彼に言われた通り、名を呼び直し、そっと地面から立ち上がった。



◇◇◇◇



 浅緋の里は今、里長が奥州に出稼ぎで不在だ。

そこで里長の実子である自分が、里長代理を任されている。

 だが、私もまだ元服前の身……最初にこのお役目を任されたのは二年前、十二歳の時だった。

年端(としは)もいかぬ子供に大役を任せる程、この里は危機に瀕しているのだ。


 四年前の疫病流行では、随分と里の者達が死んでいった。とくに抵抗力の弱い老人や女子供の命が多く失われ、当時、里の半数以上が土へと還った。


 無力……その一言に尽きる。


 浅緋の忍びであれば、子供でも(さむらい)三人くらいはまとめて瞬殺可能な身体能力と技術を(よう)する。


 ……それでも人間。

いくら強くとも、病や飢餓には勝てぬのだ。

  

 中央の田畑を抜けて林の手前にある大きな石碑……亡くなった者達は皆、そこに(とむら)われる。里内での死者は、丁重に埋葬してあるが……大半は任務中の死だ。(むくろ)が里に戻ることはない。



 じわじわと蝉が鳴き出した。雨季は雨をほとんどもたらさずに、この夏を迎えようとしている。

雨を呼ぶ忍術でもあれば、どうか教えて欲しいものだ。


 胡桃と二人で石碑前に並んでしゃがみ、私達はそっと手を合わせた。



◇◇◇◇



 最近では、小田原北条氏が風磨(ふうま)一族を使役し、相模国(さがみのくに)を統一。次は武蔵国に侵攻してくるのでは……と、情報が出回ってきている。


 戦国の世、忍の働き口は単発であれば捨てる程ある。


 できることなら有力な武将と主従関係を結び、末永くお仕えし、一族繁栄できれば望ましいが……残念なことに、今のところ、なかなか良い(えにし)には繋がってはいない。


 父上……里長は、出稼ぎから里に帰る時、毎度どこかで拾った孤児を連れ帰ってきた。そしてその子に名前をつけ、自分の屋敷に住まわせた。


 胡桃も拾われ子だ。


 里長屋敷で共に育ち、私はいつも兄者、兄者と呼んでは後ろを追いかけていた……私が里長代理になるまでは……。


けして豊かではない浅緋の里の暮らし。それでも孤児たちをそのまま見捨てれば朽ちて死ぬ。


「こいつらとは、(えにし)があったんだろ?」


 そう言って里長は笑って、拾い子の頭をがしがしと撫でたのだった。



◇◇◇◇



 胡桃(くるみ)の幼名は胡桃丸。


 十一年前に里長に拾われ、浅緋の里へとやって来た。里長に連れられて来た時、身体は酷くぼろぼろで痩せこけ、死んだ目をした少年……だったそうだ。


 私は当時、まだ三つ……記憶は曖昧(あいまい)だ。それでも(うっす)らと、覚えていることもある。



 里長が幼き日の私を呼んだ。


「若、おいでーー」


 呼ばれた私は、父上の隣に座る少年の側までとことこと歩み寄り……見たまま、思ったことを口にした。


「くるみいろ……きれい……」


 そう言って私は、にこっと笑った。私には、少年の髪の色がとても珍しく、美しく見えたのだ。


 目の前の(うつ)ろだった少年の瞳に、私の笑い顔が反射する。


 その時、彼の闇色の目に僅かだが、すぅっと光が灯った……そんな気がした。



 十五歳、元服の時に幼名を忍名(しのびな)へと改名できるのだが……『丸』だけを外し、彼はニ年前、『胡桃丸』から『胡桃』となった。


「若が付けてくれた名が、私の名です」


 私の前で片膝をつけ、彼は忠誠を誓うように、深々と頭を下げたのだった。



◇◇◇◇



 里長の家は村の北側、道の突き当たりに位置する。父上は出稼ぎで二年間不在、その間に戻ることもなく、拾われ子達の多くはもう屋敷から巣立っていった。


 今この里長屋敷内には、自分と胡桃、じいとばあ、蘇芳丸(すおうまる)梅丸(うめまる)の六人で暮らしている。



 

 どぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんっ‼︎



 胡桃と屋敷に戻ろうとした時、林の近くから聞き覚えのある爆轟音が鳴り響き、鳥が一斉に空へと羽ばたいた。

 

「はぁ……またか」

「……」


 呆れる自分の横に立つ美青年、胡桃のこめかみには青筋がくっきりと浮き上がっていた。



◇◇◇◇



  黒煙がもうもうと空へ昇り、砂埃が舞い上がる。その中心で少年が一人、盛大にむせこんでいた。


「げほげほげほげほげほーーーーっ!」

(はち)(すけ)……今日はまた、何をしでかしたんだ?」


 私は後ろから、咳をする少年に問い掛けた。


「あっ! わ、若……あはは……」


 彼は苦笑いを浮かべながら、ぽりぽりと頭を()いた。爆発の影響で(すす)けた顔、頭に巻いた古い手拭いも端が少し焦げてしまっている。


「火薬量を間違えたみてぇだ」


「び、び、びっくりしたよ……だ、だ、大丈夫?」


 (おび)えたような小声の方をぱっと振り向くと、いつ来たのか、黒達磨(くろだるま)がそこに立っていた。


 いや……正確に言えば、黒い外套を身につけた達磨のような姿の少年だ。長い前髪の隙間からは、不安気な黒い瞳がゆらゆらと揺れる。


「悪い、鋼太郎(こうたろう)! 怖がらせちまったか……」


 膝や肩の埃をぱんぱんと払いながら立ち上がり、鉢ノ助が詫びた。


「び、びっくりして、持ってた苦無(くない)が、ち、散らばっちゃったよぉ……」


 鋼太郎はそう言ってはにかみ、ばさっと外套の裾を(ひるがえ)した。すると(めく)れた内側、裏地にびっしり装着された暗器群が目に入る。痩せぎすの彼の身体には、いつ見ても似合わない。


「分量、大事。無駄遣い。勿体無い」

幹兵衛(みきべえ)……」


 また一人、仲間が現れた。


 彼の言ってることが正論だけに、鉢ノ助はばつが悪いのか、亀の様に首をすくめた。


 こちらも静かに現れた色白の少年、幹兵衛。

無表情に眼鏡だから、怒っているのか嘆いているのか普通では判断がつかない……普通では……。ちなみに今日は、嘆いている方だな。


「とりあえず怪我(けが)がないのなら、不問にするが……」


 三人の顔をぐるりと見回し、私は溜息を吐き出した。


「話がある。皆、屋敷へ……」


 そう促し、北の里長屋敷へと歩み出した。


 屋敷の遠くの空には、黒い雲が近づいて来ていた。

文月:7月

外套:マント

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― 新着の感想 ―
あたしも、「忍者」には興味ある者です。 本格的忍者の背景と設定でリアルでした。 また、合間を見て読みに来ます(≧▽≦)☆ よろしくお願いいたします♩
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