Magical φ ~この学園にも魔法少女はいます~
先日、連載が完結したMagicalφのアナザーストーリーです。読み切り版ではなくアナザーストーリーです。
本編のネタバレも若干含みますが、大筋では問題ないかと思います。
"あの設定"なら、こういうオチもありだよなぁという物語になっています。
ハザマ学園の中庭で、小日向茜と五月女麗は昼食をとっていた。
「あら、今日はオムライスなのね」
麗は学園一のクールビューティお嬢様だ。理事長の姪でもある。
「うん! ケチャップでスマイルマーク書いてもらったよ!」
茜は学園一の元気娘だ。つい先日、念願の魔法少女になれた。
「あら、この井戸、いつからあったかしらん?」
麗は首を傾げた。さきほどまで無かった柳の木と井戸が中庭で鎮座していた。
「麗ちゃん。何か聞こえるよ」
茜は怯えながら麗の腕にしがみついた。茜は幽霊の類が苦手だ。
「い、いちーまい。に、にーまーい」
か細い女の声だ。
「さんまーい。よんまーい。ごーまーい。ろくまーい」
ドロドロとした不穏な空気があたりを漂っていた。
「ななま-い。はちまーい。きゅーまーい」
髪が長い白装束の女が井戸から現れた。
「ない! ない! 『おじゃる魔女ドレイ』のブルーレイディスクが一枚、な~い!」
幽霊女は二人に襲いかかった。
少女たちは颯爽とよけ、魔法少女に変身した。茜は炎属性の魔法少女で、麗は氷属性の魔法少女だ。
*
なんやかんやあって、幽霊の討伐に成功した。突如出現した木と井戸は消えていた。
「見事だったよ」
バリトンボイスが聞こえた。
「いつも学園を守ってくれてありがとう」
麗の叔父である学園理事長だ。拍手をしていた。
「どういたしまして」
麗がつんけんと応えた。
「おや。麗は不機嫌なのかい?」
理事長は茜に聞いた。彼女はかぶりを振る。
「本編だと、理事長が中庭に現れると何かしらの前触れなので、危機感があるのだと思います」
「本編? なんだいそれは?」
「パラレルワールドのことですわ」
麗は眼光鋭く答えた。
「はは。小説か何かの話かな?愉快、愉快」
理事長はわざとらしく笑った。冷や汗が頬を伝う。
「おじ様。そんなことより、ご用件はなんでしょうか?」
麗が尋ねると、理事長は咳払いした。
「実はな。知り合いの店に、たびたび化け物が出没して困っているんだ」
彼は続けて言う。
「そこで、君たちに倒してほしいんだ」
理事長は顎髭を触った。
「わかりましたわ。その店は、どこにあるのかしら?」
「K大学前にあるチャンピョンカレーだ」
理事長が店名を言うと、
「チャンカレ!」
茜はすっとんきょうな声で反応した。チャンカレとは、K市のご当地カレーである。銀の器にカレーライス、カツ、キャベツが乗っている。
「K大学って、遠くないですか? おじさま、おわかりですか?」
学園から離れすぎると少女たちは変身できない。K大学は学園から2km以上はある。
「ふふ」
麗の叔父は不敵に笑う。
「問題ないよ。これがあれば」
彼は二人にカプセルを渡した。
「これはなんでしょうか?」
麗は訝しげに渡された品を見つめた。
「変身アイテムだ。そのカプセルを飲めば、ものの数秒で変身が可能になる」
「ほえ~」
茜は奇妙な声を漏らした。
「副作用はなくて?」
姪の問いに、叔父は唸りながら言う。
「ない!とは言い切れないが、せいぜい、軽い頭痛が出る程度だと予測している」
「わかりました。いずれにしろ、使用しないことには変身できませんので、いただきますわ」
*
K大学前のチャンピョンカレーは大盛況だった。
自家用車で30分ほどかかり、専用駐車場に止めた。運転は五月女家のドライバーである横田が担当した。
「いい匂い」
下車すると、茜は犬のように鼻をクンクンさせていた。
「本当ね。食欲をそそるわ」
周囲はカレーの匂いが立ち込めており、それが集客効果を発揮していた。
「あの、お嬢様」
横田が声をかけてきた。
「何かしら?」
「あの、私は、カツカレーを食べて待っていてもよいでしょうか」
横田が恐る恐る言うと、麗は「どうぞ」と承認した。
「いいな! 私も食べたい!」
茜はいまにも垂涎しそうだ。
「茜ちゃんは、化け物退治が終わってからだわ」
麗はクールビューティに微笑みながら言った。
「ちぇー」
茜は駐車場にあった小石を蹴り、拗ねた。
「じゃあ、代わりに、一発ギャグでもしてお腹を誤魔化す!」
「どうぞ」
「よーーーーい、どどどどん! どどどんぱ! ドン小西!!!」
茜は右手の人差し指を何度も上下させた。麗には理解不能のギャグだったので、おざなりな笑顔を作った。
「ふぇふぇふぇ。ふぇるなんです」
低い男の声が聞こえた。
「え、誰、今の面白いギャグ」
「私だ」
声の主は、異形のものだった。頭は鳥、胴体は人間、腕には黒い羽が生えていた。カラス人間だ。
「でた!」
茜と麗は変身カプセルを嚥下した。すぐに体が光に包まれ、魔法少女に変身した。
カラス男は強敵だった。
茜と麗の攻撃をかわし、カウンターを当ててくる。その繰り返しで、ダメージと疲労度が蓄積していった。
「茜ちゃん。何か策を練りましょう」
「うん」
策はすぐに浮かばなかった。
ポケットに手を突っ込む。カプセルによる効果は長くて五分しか持たないので、二人は予備のカプセルを取り出した。
「麗ちゃん」
「なにかしら?」
カラス男の攻撃をよけながら会話をする。
「こいつを引き付けてくれない?あと、予備のカプセル頂戴」
「何かするのね。わかったわ」
麗は持っていた予備のカプセルを渡した。
麗は氷の矢を作り出し、次々とカラス男に飛ばしていく。
「ふん。こんなもの、当たらない」
カラス男が避けた刹那、茜が彼を羽交い絞めにした。
「なんだ? 俺に恋でもしたのか?」
彼は余裕だった。
「違うよ。花火になるんだよ」
彼女の口には大量のカプセルが入っていた。
「麗ちゃん、バイバイ」
茜が麗のほうを見て、微笑んだ。
「茜ちゃん!あなた、まさか!」
茜はカラス男もろとも爆発した。
*
警察や消防や特殊部隊が現れ、現場は騒然となった。
目撃者も多く、魔法少女の研究機関および関係者は、口封じに躍起となっていた。
麗は、研究機関が用意した大型トラックの荷台に座っていた。外では大人たちが騒がしく走り回っている。
「ごくろうさま」
理事長が現れた。
「大体の経緯は聞いた」
麗は駄々っ子のように首を振った。受け入れがたい事実。
「おじさま」
「なんだい」
叔父は優しい声をだした。
「魔法少女を蘇らせる方法はなくて?」
麗の問いに、
「無理だよ。それができるなら、もっと色々と有効利用している」
と彼は答えた。
「そう……」
麗は沈痛な面持ちでうつむいた。
「しかし、別の方法はある」
「別の方法?」
意外な提案に、麗は虚をつかれた。
「ついてきなさい」
理事長は姪の手をとった。
*
「ここがなんだというのかしら?ただの学園の理事長室じゃない」
麗はヒステリックに言った。
理事長はテーブルの底をごそごそと弄り始めた。少し待つと、ガコンと開錠するような音がどこかから聞こえた。
彼は部屋右奥に行き、そこにある兎と亀が描かれた掛け軸を引き剥がし、そこの壁を押した。
壁はガコッと音を立て動き、成人男性一人が余裕で通れる空洞が見えた。
「おいで。麗」
うす暗く長い階段になっていた。
「足元が見えにくいので、気をつけたまえ」
理事長の先導で階段を下っていく。
五十段ほど下ったあたりで、扉があった。理事長がスマートフォンを取り出し、扉に据え付けられた機械にかざした。
ピピッと音が鳴り、ドアのロックが外れる音がした。
扉の中は、通路になっていた。通路を十メートルほど進むと、駅の自動改札のようなゲートがあり、傍に警備員らしき人物が立っていた。
「ご苦労様。急用なのだが、いいかな?」
理事長が言うと、警備員がリモートコントローラらしきものを操作した。改札が開く。
「ありがとう」
「あのおじさま」
理事長の後ろを小走りについていきながら、麗は言う。
「ここは何の施設ですか?」
「それは後で説明する」
厳重な鉄製の扉の前で、理事長は立ち止まった。横にあるボタンを押す。
中から眼鏡をかけた女性が扉を開け、「どうぞ」と入室するように促した。
「麗は、この本を読んだことはあるかい?」
部屋に入るなり、理事長から本を受け取った。
麗は渡された本の表紙を見た。
≪パラレルワールド・ラブストーリー≫と書いてある。作者は東野圭吾だ。
「お父さんの書斎にあったのを、一度読んだことはあるわ」
「そうか。流石、読書家の麗ちゃんだ」
「この本が、なんだっていうの?」
麗は当然の疑問をもった。大切な人を亡くした直後に何を見せられているのだろうか、と苛立った。
「その本と同じさ。この研究室は、パラレルワールドを主題にしているのだよ」
「パラレルワールド!」
麗は目を見開いた。
「そんな荒唐無稽な……」
「まあ、詳しい説明は彼に聞いてくれ」
理事長は麗の手を取り、部屋の奥にあるシャワールームのような場所に押し込む。
「私はここを出るから、私が出たら、鍵をかけるんだ」
理事長はそそくさと退室した。
「いいか。今から君は、パラレルワールドに行くんだ」
窓越しに理事長が話しかける。窓の外にも内にもマイクがついており、スピーカーがある。
「そこでは、今回のような事件は起きていないはず。いや、それどころか、魔法少女すらいないかもしれない」
「どういうことでしょうか」
「詳しいことは、パラレルワールドの、もう一人の私に聞いてくれ」
ルームは霧のようなものがモクモクと出てきた。稲光のようなものもある。
「あちらで、彼女に会えるはずだ」
けたたましい音と眩しい光が続いた。
*
「麗ちゃん! 麗ちゃん! ってば」
名前を呼ぶ声に、麗は意識を取り戻した。
不思議そうな顔で、茜は麗を見ていた。ぽろぽろと涙が零れた。
「え、どうしたの? 麗ちゃん」
茜は困惑した。
「なんでもない。なんでもないわ」
麗は目の前の少女に感謝した。