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第七話 初めての共同作業


 すっかり定着してきた柳城との昼食の最中に、彼女が口を開く。


「駅前に、カラオケ屋さんがあるらしいよ?」


「そうか」


 と聞き流して弁当に箸をつけるのを再開する。

余り物の端材で作ったが、きんぴらはなかなかの出来で美味しい。やっぱり鷹の爪は少なめで少しピリ辛程度が好みだ。


「……カラオケ、カラオケカラオケ〜」


「……今時は1人カラオケってのもありらしいぞ。

人前では歌えない歌を歌ったり、練習ができるとかで」


「そうなの? じゃあ練習しとけば良かったな……。じゃなくて、カラオケ行こうよ」


「……ええぇ……」


 こう……カラオケに行きたくないというのをどうにか察してくれないものだろうか?

 というか最近、柳城がかなりぐいぐいとくるようになった気がする。先生や他の生徒には依然として慣れないのかほとんど会話もしない。話してもどもってしまうようなのだが、俺にだけはすらすらと話しかけてくる。


「きっと楽しいよ〜。2人でオールナイトで歌いまくれば。明日は休みだし」


「あのなぁ……はっきり言うと俺は歌が苦手なんだ。

カラオケだってクラスの打ち上げでも断るぐらいだぞ」


「そうなの? じゃあ浅海の歌は貴重なんだ。

ますます聴きたくなってきた〜」


 カラオケカラオケ〜と謎の歌を口ずさんでいる。

なお最近ではいつのまにか浅海と呼び捨てされはじめている。これたぶんかなり舐められてるな?


「ああ……わかったから、ただし2時間だけな?

家に帰ってご飯の用意とかしないと行けないし」


「ええ〜カラオケで食べればいいのに。

一応下調べしててね。ほらこれとか美味しそうだよ」


 見て見て、と携帯の画面でメニューを見せられる。こいつなんだかんだで俺が折れることを見越してたな? というか2人だけでオールでカラオケとか承諾したらどうするつもりなんだ。


「柳城、お前ってカラオケはじめてだよな?」


「ん? そうだけど……何かルールとかあるの?」


「いや……たぶん2人だと2時間も歌えば満足すると思うぞ。俺はレパートリーほぼないし」


「……やっぱ2時間でいいや。楽しみだね!」


 カラオケなんて年単位で行ってないんだけどな。

自分がどんな曲が歌えるだろうかと考えつつも、

正直カラオケの分のお金を節約して夕飯のおかずを増やしたいなぁなどと思った。

 バスに乗って駅前まで足を運び、柳城の案内で迷いながらもカラオケ屋に辿り着く。


「おおーここがカラオケというものですか」


 特に何の変哲も無い、普通のカラオケ屋のようだ。そのおのぼりさんみたいな反応は周囲の人の視線が気になるのでやめてほしい。ただでさえ柳城の容姿は目立つのだから。

 店に入り、店員の方に注文をしたいと柳城が申し出たので、任せてみる。今更だがなんだか買い物をしたがる子供のようである。


「ふ、2人で、2時間お願いします」


「はい! お二人で2時間ですね!

こちらカップル割がありますがいかがなさいますか?」


 すると、目に見えて柳城があたふたとしだす。

クラスの同級生にすらしどろもどろなのだ。

赤の他人相手ではこうなるのもやむなしかもしれない。助け舟が必要なようだ。


「あー、それ一応お願いします。

後はドリンクバーもお願いします」


「かしこまりました! 少々お待ちくださいね。

……はいどうぞ! ではごゆっくりお楽しみください」


 部屋鍵とマイクその他を渡され、なぜか少し驚いている柳城を連れてそのまま部屋に入る。

すると柳城が控えめに聞いてきた。


「か、カップル割……使うの?」


「……? ああ、少しでも経費を抑えたいんでな。

200円も安くなるなんてお得だろ」


「……だよね〜! いやぁわたしに感謝してほしいな」


 さあ歌おう歌おうと調子よく部屋の椅子に座ったかと思うと、なんか臭うね?と鼻を鳴らしはじめた。たぶん先人がナニかをしたんだろうなぁとはあえて言わなかった。


 当然のように柳城がカラオケの機械の使い方を知らず、それで悪戦苦闘する、しばらくしてなんとか曲が流れはじめてカラオケがスタートした。


「〜〜♪」


 ……うん。実に退屈である。

いや柳城の歌はたぶん上手な部類に入ると思われるのだが、人の歌っている時というのはなにかと暇になるものだ。


 それに柳城の曲選はなんだか昔のアニメの主題歌ばかり。熱い曲なのだろうなぁと歌詞を見て思うものの、たぶん頑張って出しているアルトボイスとの相性は微妙と言ったところだ。


「〜♪ ふぅ。よし次。浅海の番だよ」


「……もう歌えるものがないんだけど……?」


「……よし、童謡でも歌おうか。頑張れ浅海」


 いや俺もう歌える曲ないし携帯いじりながら聞いてるだけでいいよ……と思いながらも、柳城に指定された曲を歌っていく。なお柳城はにやにやと笑いながら俺が歌うのを眺めていた。悪かったな下手で。


「浅海の声って綺麗だよね。もっと喋ってもいいのに」


「それは初めて言われたな……お前の声の方が綺麗だと思うが?」


「ええー? わたしこの声嫌いなんだよね……。

なんか嫌に高くて目立つから……」


 確かに柳城の声はいわゆるアニメ声というやつだ。自己紹介の時も思ったが、どこか浮世離れしていて声を出すと目立つ。


「わたしは……浅海みたいなカッコいい声の方が良かったなぁ……」


「……まあ、褒められて悪い気はしないな」


 すると何を思ったのか柳城が俺の喉仏に手を這わせてきた。くすぐったくて思わずビクッと身体を震わせるとすぐに手を引っ込めて、申し訳なさそうな顔をする。


「あはは、ごめんねつい手が伸びちゃって……」


「べ、別にこれぐらい平気だ」


 本当は驚きで心臓がバクバクとしていたけど。

俺は強がって柳城のフォローをした。


「ねえ、一緒に歌おうよ」


「童謡じゃなければなんでもいいぞ」


「じゃあこれにしよう、流石にこのアイドルなら知ってるよね?」


 入れられたのは有名な男性アイドルユニットの曲で、確かに俺でも知っていた。


「ふふふ、浅海のカッコいい歌聞きたいな」


「期待するなよ……知らないところは歌わないからな」


 曲がスタートすると二人の歌声が重なる。

正反対の声が一つの曲の上で絡み合って、何故だかとても綺麗な音に聞こえた。

 柳城は楽しそうに喉を震わせて、俺もそれにつられた。上手い下手じゃなくて……初めて歌うことが楽しくなった。


「はー……良かったね……もう一回同じ曲やりたいぐらい」


「ああ、そうだな……」


 こんな経験は初めてだった。

心から柳城の言葉に賛同して、自分から次の曲を入れてアイコンタクトする。

 すると彼女がニヤッと笑って、再び二人でマイクを握った。2時間じゃなくてせめて3時間ぐらいは欲しかったな。


 喉がカラカラになって翌日に支障が出るくらい歌った後でも、そんなことを思うぐらい、その日のカラオケは楽しかった。


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