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第六話 コンビニの唐揚げ238円分の幸せ


 その後も願いに反して柳城の謎の行動は毎日続いた。正直、俺としては困惑しかないからやめていただきたいのだが。


「あ、浅海くん。おはよう」


「……おはよう、柳城」


 ……最近ではこちらに慣れてきたのか、最初の頃にあったどもりも無くなりさらに気安くなっている。クラスの中でも、初めの数日は奇異とやっかみの視線があったが、しばらくすると何か生暖かいものを見る目に変わっていった。

女子の一部とかはヒソヒソと微笑ましげな視線を送ってくる。


「あれ? 木石くんは? あの人いつも浅海くんと一緒じゃないの?」


「ああ……アイツなら何やら他に興味が移ったみたいだぞ」


 そうして木石の方を見ると、何やら他クラスの女子と話しているらしい。最近になって木石が突っかかられてるのをよく見かけるので、まあご愁傷様と言ったところか。

人のことを面白がって見ているからそうなるのだ。


「ふうん……そうなんだ……。

ねえ……正直な話、木石くんってどんな人なの?」


「けっこう嫌なやつだと思う」


「……え? 友達じゃないの?」


「アイツとは飯を食べたり授業でペア組んだりするだけの仲だからな……」


 ……? それって友達じゃないの……?と柳城が考え込んでいる。

ちなみに柳城と木石の相性は非常に悪い。

柳城は木石と会話するときにはどもりまくるし、木石は木石でズケズケと疑問を口に出して答えにくいことまで聞くものだから彼女に避けられているのだ。


「じゃ、じゃあさ。わたしは……」


「柳城が……なんだ?」


 と聞くと彼女は口をつぐむ。

ちなみに柳城が俺に話しかけてきた理由は数日経った今でも謎のままである。時おりこうして長いロードのような思考が入るので付き合いにくい。


「……なんでも、ないです……。

あ、授業の準備しなくちゃ。じゃあね」


「おう、予習は大事だからな。」


 後5分ぐらい時間あるし。どうも柳城は会話そのものが得意ではないらしい。こちらもそんなに会話が好きではないので、基本的に適当な会話の後にどちらも携帯を弄りだすのが俺たちの日常になっている。


 ……携帯を弄ってるように見せてチラチラとこちらの様子を伺っているのは、どうにかならないものかと思わなくもないのだが。

本当は俺と何かしらの話題で盛り上がりたいのだろうが、どうも距離を掴み損ねているのだろうか?


 その日もまた、会話がろくに無い昼食を一緒に食べて、ぼうっとしてるうちに放課後のチャイムが鳴った。そしてとっとと帰ろうとしていたところを呼び止められた。


「い、一緒に買い食いしよう!」


 ……また妙なことを言い出したな。

というか唐揚げの件といい、この人わりかし腹ペコキャラなのか? それとも文字通り味をしめたのだろうか?


「言っておくけど、奢ったりはしないぞ」


「奢り……? ああ、うん! お金が無いならわたしが奢るよ。こう見えてけっこう貯めてるからね。遠慮なく食べていいよ」


 むふーっと胸を張っている。……これはどうでもいい情報なのだが、柳城は制服を着てても胸元が目立つ。男子たちが下世話なトークの話題にしているのを聞いたことがある程度には。


「……夕飯が食べられなくなりそうなんだけど」


「またまたぁ、私と違って男なんだし、ちょっとぐらい大丈夫だって。もし食べきれないならわたしと半分こすればいいし、一緒に食べよう?」


 行こう行こうと駄々を捏ね始めている。

いや、柳城は少食だからほぼほぼ食べるのは俺だけだろう。それにお前、今日の弁当は食べ切れないって少し残してただろ?

というかそんなに買い食いに魅力があるのか?


「……わかった、わかったから駄々をこねるなよ」


「行ってくれるの? やったぁ! コンビニ楽しみ〜」


 そんなにコンビニでご飯が食べたいなら1人で行けばいいのに……とは思ったものの、口には出さずにウキウキの柳城の後についていった。


 しばらく歩いて最寄りのコンビニに着くと、柳城はすぐには入ろうとせずに足を止めてじっくりと店を眺めた。


「おお……ここがコンビニ……」


「……待て、コンビニ入ったことないのか……?」


 実はそうなんだよね〜という衝撃の告白。

現代日本においてコンビニを使用したことのない人間がいることに少なくない驚きを感じながら、そのまま店内へと入っていく。


「……おお……CMで見たやつだ……!」


「たぶんお前ほどコンビニのことを特別視してるやつはいないと思うよ」


 柳城がうろちょろとコンビニの中を歩き回る。全体的に小さいので迷いこんだネズミのようだ。正直恥ずかしいので是が非でも止めたいのだが、関係者と思われたくもないという羞恥心もある。


「あ、見て見て! 唐揚げ! 唐揚げ美味しそうだよ!」


「お前のその唐揚げに対する情熱はなんなんだ」


 レジの横の唐揚げパックを見て感嘆の声をあげている。レジの人もなんだこの子……と驚きの混じった目を向けないように必死なようだ。


「あー……わかったわかった。

買ってやるから騒がないでくれ頼むから。

……すいません、唐揚げ一つ」


「あー! 待って待ってわたしが買う!

コンビニでお買い物してみたかったから!」


 横から入り込まれて代金を出しはじめる。

頼むから静かにしてくれよ……。

後ろに並んでるおばちゃんのあらあらって目線が辛いから。


 柳城は一万円札で支払い、お釣りを大量に貰って、あわあわとしながらコンビニの店員から唐揚げを受け取ったのを確認して、周囲の目から逃げるように急いで店の外へと連れ出した。


「子供じゃないんだから……あんまり騒ぐなよ……」


「ご、ごめん。はじめての体験でテンションあがっちゃって……。あ、でも唐揚げいい匂いだよ」


 美味しそーと明らかに反省していない様子である。もうどうにでもしてくれ……と諦観を込めた視線を送るものの、気づいていないようだ。


「それじゃ早速……いただきます」


 はむはむと小さな口で一つの唐揚げを爪楊枝で刺してかじって食べはじめる。まるでリスみたいだ。

これパックの唐揚げ全部を食べ終わる頃には冷めてしまいそうだな。


「美味しい……けど、正直浅海くんの唐揚げのほうが美味しいね」


「企業努力の結晶でほかほかなのにか?

……俺のほうが味付けが濃いのかな?」


「……うう、真に申しあげにくいんだけど……」


 爪楊枝が一向に動かないあたり、どうやらただでさえ少ない胃の空き容量が無くなったらしい。


「……わかった、わかったから。

少し待っててくれ。爪楊枝を買ってくるから」


「? いらないでしょ? はいコレ使ってよ」


 いやそれは……と言いかけたものの、まあ本人が気にしてないならいいかぁ……と半ば投げやりになってそのまま爪楊枝を受け取り、唐揚げを食べた。

間接キスとか気にならないのかな?

……うん。やっぱりこっちの暖かいほうが俺のよりは美味しい気がする。


 その後は親の迎えを待つ必要があるとのことで、学校までの少なくない距離をまた戻る羽目になった。なんでもコンビニで買い食いしたことがバレたら怒られてしまうらしい。


 見た目と行動通りの箱入りっぷりだ。

俺も柳城の親に出くわすのは嫌なので、言う通りにして学校まで戻る。


「美味しかったね! また一緒に食べよ?」


「喜んでもらえて何よりだけど、そう毎日食べると金がな……」


「奢るから大丈夫だって〜えへへ、もしかして太っちゃうのが怖いの?」


 え、えーい……! とすっごく控えめに脇腹を突いてくる。そして目で何かを期待しているようだ。

その期待を察しておそるおそる俺も柳城の脇腹を突く。ぷにっと柔らかな感触。


「……! やったな〜! お返ししてやる!」


「わ、悪かったって」


 許さーんと楽しそうに俺の脇腹をこちょこちょしてくる。ぎこちないやりとりだが本人は嬉しそうなので良しとしよう。

 その後はまた明日遊ぼうね!と満面の笑みで手を振られてしまって、断ることもできないでいるとそのまま走り去ってしまった。


(大変なやつに懐かれたな……)。


 俺のどこに琴線が触れたのかわからないが、でもまあ……正直、見ていて面白くはあるので悪い気分ではない……買い食いか。俺も初めてだったな。


 自分の過去を振り返ろうとして暗い気分になりつつも、柳城の輝く笑顔を思い出し、顔を上げて帰路に着いた。


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