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第五話 モノクロの日々にさようなら


 その翌日はかなり刺激的な始まりだった。

雨なので余裕を持って始業前に教室に来て、少し予習でもしようかなと思っていたのだが。


「お、おはよう。浅海くん」


「!?……おはよう?」


「あははぁ……えっと……」


 ??? なんで柳城が俺にあいさつしてくるんだ? そのうえ話しかけておいてなんで言い淀んでるんだこの人。


「今日は……良い天気、だね?」


「……まあ、雨が好きな人もいるとは思うよ」


「あぅぅ……そういえば雨だった……」


 ……いや、口下手か?

そういうボケなのかもしれないけど。

とりあえず何かしら用事があるなら早く言ってほしい。周囲の視線が何やってるんだアイツらみたいな驚き混じりでとても痛くかんじるから。


「えっと……そのぉ……今日なんだけど……」


「……はい、今日が何ですか?」


「きょ、今日は、その……」


 と何かを言いかけたと思ったら、ふと柳城が何かに気づく。振り返って見ると、いつの間にやら少し距離を置いたところで木石がこちらを興味深げに見ていた。


「あ、お気になさらずに。続けて続けて」


 ……いや、無理だろう。

案の定、柳城は何やらはわわと声を漏らした後に、

そのまま急いで自分の席へと戻ってしまった。

何しにきたんだあいつ?


「ふぅむ……観察対象に気づかれるとはね。

我ながら失敗だよ。ところで……事情を伺っても?ミスター?」


 木石が軽薄な言葉を吐くものの、目はギラギラと輝いており、どう見ても拒否は出来なさそうだった。そのうえ、普段はこちらを見向きもしないクラスの生徒たちまでじっとこちらを見てくる。

結局、そのあと木石に痛くない腹を根掘り葉掘り探られることになった。



 昼休みになっても朝の事件の熱は冷めやらず、遠巻きに様子を探る周囲の目を感じる。


「んふふふ、奇妙だねぇ実に。

つまりは君はただ目と目をあわせただけであのウワサの柳城女史を墜としたってわけだ」


「そうは言ってないだろう。

あっちが何故かこちらに挨拶しただけのことを飛躍しすぎだ」


「けれどねぇ。あの柳城さんだよ?

難攻不落金城鉄壁の柳城に話しかけられたなんて、

これはもう一大事だよ。」


「勝手に言ってろ。付き合いきれん」


 もちろん言いふらすさ。いや楽しいねぇ、と木石が何やら携帯を弄りだす。止めようかとも思ったが、何を言ってももはや無駄だろう。こうして昼休みに食事を摂っている最中でもチラチラとした周囲からの視線を感じて鬱陶しい。


「あ、あの……ちょっと……いいかな?」


 すると、件の厄介者がこちらに声をかけてくる。

顔が耳まで真っ赤でとても緊張している様子だ。

……待て、その手に持った可愛らしい小包みはまさか?


「め、迷惑でなければ、でいいんだけど。

……い、一緒に、お昼ごはん、た、食べよ?」


 驚きのあまり誰かが箸を落とした音がした。

こっちだってたぶん目が点になっているだろう。


「で、できれば……ふ、2人で食べたいんだけど……」


 柳城はチラチラと木石の様子を伺っているようだ。それよりも言葉の意味が気になる。

2人で食べたい? 何故?


「……ああっと、これは気が利かなくて申し訳ない。僕は部活の用事を思い出した……というよりも今すっごい用事が出来たからさ! お二人でどうぞ〜」


 後で報告しろよ〜と驚きの早さで広げていた弁当を畳んで、木石が何処かへと去っていく。

あいつ部活なんてやってたのか? それともウソか……? どちらにしてもあいつは後でどうにかしてどつきたい。


 すると柳城は木石が座っていた前の机の椅子を向かいあわせてそのままいそいそと弁当を広げ出した。


「きょ、今日も良い天気ですね〜」


「……雨降ってるけどな」


 そういえばそうだった……とまた朝と同じようなことを言っている。この人ほんとに天気しか話せることないのか……? 会話デッキ貧弱すぎない? 俺も人のこと言えないけど。


「その、何か用事でもあるのか?」


「え!? な、何か用事?!

……と、特には無いけど……?」


 ……えっ用事も無いのになんで話しかけてくるの? と素で返したくなったが一応一旦諸々の事情を考える……駄目だ、何が何やらサッパリだ。


「……あ、その唐揚げ美味しそう……」


「……ああ、うん、唐揚げ。唐揚げね。

一応俺の手作りだから、あんまり美味しくないよ」


「手作り? すごいなぁ揚げ物とか苦手。

……あっ! そ、そうだ……」


 こちらが困惑している間に、どうやら何かしらを思いついたらしい。できればそれを解決したらほうっておいてほしい。唐揚げでも何でもあげるから。卵焼きもいいぞ。


「こ、このハンバーグと交換しよう……?」


 すると今度は弁当をこちらに見せてくる。

というかめっちゃ小さいなこの弁当。これで足りるのか?


「……いいけど。味は悪いぞ」


「いいの?! やった……! じゃ、じゃあもらうね……」


 と、こちらに箸を伸ばして唐揚げを掴んでいく。

いや、もしかすると唐揚げ欲しさに話しかけてきたのか?そんなわけないかどんな食いしん坊だよ。


 そして何やら大事そうに箸で掴んだ唐揚げを見つめた後、小さな口で一口齧った。


「……!! …………美味しい……」


「そう、良かった」


 ……いや、めちゃくちゃ味わうなこの人。

なんだなんだ唐揚げ食べたことないのか?

そんな目を瞑って堪能するほどのもんでもないだろうに。


「ありがとう。とっても美味しかったよ」


「……そうですか」


 その後は特にこれといった会話もなく。

二人で無言で味がしないお弁当をつついていたらいつの間にか予鈴が鳴って。ちなみにハンバーグは忘れてたのかくれなかった。


 「も、もし良かったら明日も……一緒に食べよ?」


「いや……まあ、別にいいけど」


「えへへ、やったぁ……!」


 そんな気まずい時間を過ごしたというのに、柳城はなんとも楽しそうに顔を綻ばせている。

きっと断ってしまったらかなり落ち込むのだろうと考えると、とてもじゃないが無碍にはできなかった。


(ま、まあ、そのうち俺の面白味の無さに気づくだろ……)。


 気を取り直し、楽観的に考える。

そうでなければ信じられないものを見る目のクラスメイトがちょっと怖い。


 だが俺の予想に反して、俺の平和で色の薄い日常は、彼女によって華やかで高低差の多い色彩豊かなものへと変わっていくのだった。

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