第四話 まるで恋に落ちたかのように
ぶっきらぼうに返事をされて、そのまま教室を出て行く浅海くんの背中を見送る。
その姿にわたしは……とても、期待を込めていた。
(もしかしたら……あの人なら……?)
仄かな期待。
これまで幾度となく抱いてきて、そして幾度も失敗したことだけれども、わたしはまた同じようなことを繰り返そうとしている。
けれど、今度こそは大丈夫だと確信した。
それは理屈ではなくて……きっと直感というものなのだろう。
(浅海くん……浅海祐介くん、か)
彼の名前を胸の中で復唱する。
そういえば、わたしが自己紹介した時も彼だけは反応が違っていた。
他のクラスメイトの興味を持って見ているか、男子は特にわたしのことを値踏みするように見ていたけれど。彼だけは本当に興味がないといったような目をしていたのだ。
まるで、わたしのことなんかどうでもいいと言わんばかりの目。
いや、きっと本当にどうでもいいのだろう。
それだからこそ……。
(彼なら……わたしの理想の人なのかもしれない)
でもそれで大丈夫なのだろうか?
彼はたぶんわたしのことなんか気にも留めていない。あのぶっきらぼうで無愛想な態度を見るにむしろどこか厄介に思っているかもしれない。
そんな彼と……仲良くできるだろうか?
いや、そうだとしてもわたしは彼と仲良くなりたい。
友達になりたい。
(浅海くん……浅海くん。よし、明日からは頑張るぞ)
浅海くんが座っていた席に目を向けて、人知れず拳を握りしめて決意を固める。
人付き合いは本当に苦手だけど、わたしの唯一の望みのためならなんだってやってやる。
不思議とどこか活力が湧いてきて、さっきまでの暗い気持ちが嘘のように晴れやかになった。
(そういえば……告白、されるんだっけ)
ふと鞄にしまい込んだ手紙のことを思い出す。
確か相手は同じクラスの男の子だったような気がするけど、特に話したこともない子だったはず。
下駄箱に入れられていたそれを見つけた時には、とても嫌な気分になっていた。そのことでどうしようか悩んでこうして時間稼ぎに教室で佇んでいたけれど……。
(……いいや! 逆上とかされたら怖いし、今日はお母さん呼んでそのまま帰っちゃおう!)
あっさりと酷い結論を出して携帯で母親を呼ぶ。
わたしが少し具合が悪いと言うと、お母さんはすぐに迎えにくると言ってくれた。
それに、今は浅海くんのことで頭がいっぱいだ。
告白なんてされても困る。
(……明日、浅海くんに会うのが楽しみだな……)。
まだ会話もろくにしたことがない相手なのに、どういうわけかもう彼に会うのが楽しみになっている。それほどまでに彼のわたしへの態度は……理想的だった。
背格好は平凡で、顔もどこか目つきが鋭いくらいで特別に整っているわけでもない。
見るからに周囲と距離を取っている態度で近寄り難い彼。
空っぽの目で、わたしを見る彼。
「運命の人、なのかも? ……なんて、まるで恋する女の子みたいだ」
ふふふっと自重気味に笑いながらうきうきとした気分になって教室を後にした。
この時はまだ半信半疑だったけど。
後になって考えると、浅海くんは間違いなくわたしにとっての運命の人だった。