第三話 目と目をあわして
木石が何やらペラペラと話しているので、適当に相槌をしてやりながら、横目で注目の転校生をチラリと眺める。
「柳城さんお話ししようよ! 何処から来たの?」
「え?髪すっごいサラサラ……良い匂いする……
シャンプー何使ってるの? 教えて教えて」
クラス中央の柳城の席にはたくさんの女子生徒が輪になって集まっている。どの子も柳城と仲良くなりたいようで、寄ってたかって質問攻めしているようだ。柳城は柳城で、か細い声ながらも必死になって答えている。
「さて、浅海殿としてはどう思いますかな?」
それを遠目に見ながら、木石が面白半分に聞いてくる。
「うるさいな。外でやってほしい」
「いやあの集まりのことじゃなくて……柳城さんのことですよ」
「……あの様子を見るに、気の毒だとは思うよ」
それもまた聞きたいこととは違うんだよなぁ。
と大袈裟に首を傾げながらも、木石は女子達の鳥が餌に群がるような様子を心底愉快そうに眺めている。
きっとこいつは俺が柳城にどういう感情を抱いたのか聞きたいのだろうが、俺としては綺麗な花を眺める気分にしかならない。
「まあ、あの構いようではそのうち適当なグループに入って静かになると思いますよ。そうなったら人伝にどうして転校してきたのかもわかるでしょ」
「そっとしてやれ」
んふふ〜言われなくてもじっくり待つよ。
とわざとらしくこちらの言葉の意をずらしてくる。
こいつはやはり嫌なやつだ。
けれど、その後数日経つと、柳城の周囲の状況は木石の予想とは外れて、だんだんと寂しさを増しはじめた。
そそくさと柳城が弁当を持って教室を出ていく。
女子たちはそれを傍目で見ながらも気まずそうに見送った。
(……今日も昼休みは何処かに行ったみたいだな。
けっこうなことじゃないか)。
この高校では昼休みの時間というのは、食堂で適当な食事を頼むか、あるいは弁当を持参するのが主流だ。
とすると大抵の生徒は食堂か教室にいるわけなのだが、この数日間でどうやら柳城は何処か別の場所に行っているらしかった。ちなみになんでそんなことを知っているかというと、木石がさも得意げに伝えてきたからである。
「いやぁ予想よりも柳城女史の人見知りは相当なもんでね。友人の少なさでは君とタメをはるよ浅海くん」
「……妙なもんだな。あんなに人気なのに」
少しはリアクションが欲しかったなぁと木石がおどけてみせる。とはいえ所詮は同じクラスなだけだ。
どうでもいいと結論づけてそのまま食事を続ける。
「そうそう、今日は良い感じのチャーシューを作ったんだよ。食べるかい?」
「貰おうか。……コレ何の肉なんだ?」
それは内緒だよぉと濁される。
美味しいのだが少し筋張っている気がしたのと、香草の香りがキツめのチャーシューだった。
後で知ったことなのだが、それは鹿肉のチャーシューだったらしい。なんでそんなもん弁当に入れてるんだアイツ……。
チャイムが鳴って、帰りの時間になった。
いつものように早々に直帰しようとしたのだが、担任に日直の仕事で呼び止められてしまった。
面倒に思いながらも頼まれたプリントを教室に運んでいくと、話題の柳城が教室で1人佇んでいるようだ。
(……少し入りづらいな。まあどうでもいいか……)。
両手が塞がっているのでそのまま扉を足で乱雑に開けて教室に入る。
ガラッと音が鳴って柳城がビクッと身体を震わせた。
そういえばテストも近かったな……などと考えながら。当の柳城は少し慌てた様子で、急いで帰り支度をはじめているようだ。
構わずに教卓にプリントを置いた時、ふと柳城と目があってしまった。
その目はどこか泣きそうだったが、何をしてやれるわけでもない。けれどその美しい瞳の輝きに少しだけ目を逸らすのを忘れてしまう。
「──えっ?」
何故だが柳城が戸惑うような声をだす。
……何か気に障ることでもしたんだろうか?
すると、こんどはつかつかとこちらに歩み寄って来た。おいおい勘弁してくれよ。こんなボッチに文句を言ってもどうにもならないぞ。
「浅海くん……だよね?」
「そうだけど、何か?」
「──ぇ?」
再びこちらを見て、沈黙。
……何が悪いのか皆目見当もつかない。
「……あっ……あ、ごめんね。呼び止めちゃって。
ええと……えっと……そうだ。何か手伝うこと、あるかな?」
「特に無いな。俺もう帰るから」
「あ、あっそうなの? そうなんだ……」
しどろもどろになってしまったようで、そのままもじもじと手を合わせて何かを考えている。
……正直面倒なことになりそうな予感がする。
「……いいかな? それじゃ」
「あ、じゃ、じゃあね! さようなら……」
あそこまで悩んだ割には呼び止めるわけでもなく、そのまますんなりと送り出された。
なんなんだこの人……?
俺は不可解な柳城の態度が気にかかり、自分の行動を見直すが特にこれといって落ち度があるとは思えない。自分の家に帰るまでの短い間で、そんなことはすっかりと頭から抜け落ちるぐらいだ。
今にして思えば……あの時が俺の人生の転機だったのだろう。
次の日から、俺が慣れ親しんだ日常は彼女によって大いに狂わされることになるのだから。