第二十七話 心の最後の一欠片
夏休みの長い3日間が終わろうとしている。
北海への小旅行から、柳城の家出騒ぎまでの一連の騒動に一旦の区切りができたことを思いながら、ゆっくりと湯船に浸かる。
(あとは、どうにかして無事に柳城を家に帰さないとだな)
柳城はどうやら、母親に俺を馬鹿にされたことに憤慨して家出をしたらしい。つまりは、蘭子さんが俺に対する印象を多少改めた今なら、大人しく家に帰宅してくれるかもしれない。
少なくとも約束通り一晩は一緒に添い寝をするが、そのあとなら柳城も気分が落ち着いて、家に帰りたくなるに違いない。たぶん柳城も何か妙な気も起こさずに、ただ二人で添い寝するだけだろうし。
俺にとってはまた辛い夜になりそうだけれども。
(まあ、こんな俺にしては。よくやったほうかな……)
溜まりきった疲れで少し眠りかけながらも、事態の終息が見えたことでかなり安堵している自分がいた。
正直なところ、俺がここまで他人に肩入れするのは初めてかもしれない。
子供の時から色々な事情で人間不信だった俺にとっては、柳城は唯一と言っていいほど信頼できる人間の一人だ。
できれば──彼女にはずっと笑顔でいてほしい。
そう思うほどには、彼女の存在は俺の中で大きくなっている。願わくば彼女がきちんと親と仲直りしてくれれば、俺としては満足できる。
実の親と誤解から喧嘩してそのままなんて、あまりにも悲しいすれ違いだ。
お風呂から出ると、冷蔵庫から出したのかアイスを食べて待っている柳城がいた。
「アイス、買ってきてくれてありがとうね。
美味しいから一緒に食べようよ」
「ああ、好みがわからないから適当に買った」
「それは勿体無いね。今年の夏中に食べ切らないと」
……もしかして、この夏は部屋に入り浸るつもりなのだろうか?
考えてみると今回の一件で蘭子さんには俺たちは恋人関係にあると言ってあるし、一旦家に帰った後に折りをみてまた来るつもりなのかもしれない。
そうだとすると、今年の夏は退屈しないで楽しく過ごせそうだ。
「ねえ、このゲーム協力プレイってできるんだよね?」
「できるな。もう一つディスプレイとゲーム機が必要になるけど」
「……じゃあ貯めてたお金一気にぱーっと使っちゃおうかな〜」
どうやら本格的にここは柳城の遊び場になる予定のようだ。まあ、色々迷惑かけているし、それぐらいは仕方ないのかもしれない。
未だにえいえいっと楽しそうにゲームに熱中している彼女を見ると──。
この笑顔を守り切れたことに、俺は大きな達成感と幸福感を覚えた。
「もう遅いし、今日は疲れたから俺は寝るぞ」
「あ、ちゃんと歯磨きしないと駄目だよ。
……お泊まりセット持って来といてよかった」
シャコシャコと二人並んで歯を磨いて、そのまま俺の部屋に向かう。
……いよいよ、彼女に俺の全てを曝け出す時が来たのだ。
部屋の前で緊張した面持ちの柳城の前で、キーケースから鍵を取り出す。
「ねえ、祐介? そういえば前に勉強会やった時、絶対俺の部屋に入るな!って言ってたよね。わたし、入っていいのかな?」
「ああ……もう今更だしな。開けてもいいぞ」
柳城に鍵を手渡すと、彼女はごくりと唾を飲み込んで寝室の扉を開ける。そこには……。
「……? ふつーじゃない?」
「まあ、そうなんだよ。何も秘密なんてない」
……簡単に言えば、ここは自分にとっての聖域だったのだ。
親のこと、学校のこと、将来のこと、昔のこと。
それらから解放されて、ただ自分だけの殻に篭るための避難所。
できれば、誰にも入ってほしくない部屋だったが……。
「柳城、お前はもう、俺の日常の一部みたいなもんだからな。入ったところでなんとも思わない」
「ふーん……祐介の、日常……か」
少し気恥ずかしいが、紛れもない俺の本心だ。
いつのまにか……柳城が近くにいることが俺にとって当たり前になっていた。
むしろ近くにいないと苦痛に思えるぐらいに。
ならば……心の避難所を作る必要もないだろう。
すると、柳城は俺の背中に抱きついてくる。
非力ではあるものの、ぎゅうっとできるだけ強く抱きしめているようだ。
「……どうした?」
「別に、ただぎゅーっとしたくなっただけ」
背中に張り付いた柳城を引き摺りながら。
一歩、自分の部屋に、いや──。
俺の心の中に、柳城を招き入れる。
「柳城……俺と一緒に寝てくれるか?」
「うん、これからはずっと祐介と一緒にいたいな」
彼女の腕を解いて……そのまま、向き直って。
ゆっくりと手を広げて、その小さな身体を抱き締める。俺の凍りつき、傷ついた心に最後のピースがはまって、初めて何かが元通りになったような気分になる。
「ありがとう、柳城。お前のおかげで……俺は今、幸せだ」
「祐介……ふふ、なんか重いよ〜?」
「本心なんだ。……これからも頼む」
彼女が俺の背中に腕を回して、ぎゅうっと抱き返した。
「もう……わたしがいないと駄目だなぁ祐介くんは」
茶化しつつも、頬に一筋の雫を落とした彼女もまた、幸せそうに微笑んでいて。
俺も……いつぶりかわからないぐらいの笑顔でそれに応えた。




