第二十六話 俺たちは恋人です
ようやく……問題解決への糸口を手に入れた。
蘭子さんへの電話をする前に深呼吸する。
時計の短針が11時に差し掛かろうとしていた。これ以上は警察への捜索願いなどの大事にもなりかねない。
一刻も早く、彼女に状況を説明しないといけない。それに今は柳城が切った髪を洗い流すのを兼ねてお風呂へと入っているため、先ほどのように邪魔されることもないだろう。
自分の電話で蘭子さんへとコールすると、かなりの時間待たされた後にようやく電話口に出てくれた。
「もしもし、浅海です」
『……浅海くん……なのね。知らない番号からかかってきたから誰かと思ったわ』
先ほどまでのヒステリックさは鳴りを潜め、枯れた声で応対される。酷く憔悴した声、当然だろう。
自分の娘が誰とも知れぬ男の元にいるのだ。
母親として心配を募らせるにはあまりある。
「連絡が遅くなってしまい、大変申し訳ありません」
『……いいのよ。無事なことさえわかれば。
愛美は今、何してるのかしら?』
「愛美さんは、雨で汚れた身体を洗い流すためにお風呂に入っています。先ほどまで落ち込んでたので」
『そう……あの子、やっぱり落ち込んでるのね』
少々誤魔化しを加えたが、大筋は間違っていない。柳城も蘭子さんのことを思って落ち込んでいると言っておいた方が印象が良くなる。
『あの子はどうしたいって言ってるかしら?』
「……落ち着くまでは、私の家で過ごしたいと」
『あなたの家……ちょっと住所とか、教えてくれる? 大丈夫よ、押しかけたりはしないから』
「ええ、わかりました」
……どうやら、柳城のあまりの強情な態度に深く傷つけられてしまっているらしい。
覇気も無く、か細い声は皮肉にも出会った頃の柳城に似ていた。それに万一この家に押しかけてきても、それはそれで対面で話す機会ができる。結果としては好転するだろう。
『ああ、学校近くのマンションね……。
そう、近くにいるようでよかったわ』
「……柳城さん。その、私の方から事の経緯をお伝えしたいと思います。
信じてもらえるとは思いませんが、どうかお聞きいただければ幸いです」
『……そうね。そういえばあなた達からは事情を聞けず終いだった。とにかくあの子とどんな関係なのかだけでも、教えてくれると嬉しいわ』
ようやく弁明の機会を得られたので、かいつまんで事の経緯を説明していく。
まずは自分は学校のクラスメイトで、近くの席の柳城と仲良くなった末に恋人となっていると伝えた……お互いに好意を抱いているとしておいた方が説明に都合が良い。
次に、自分が浅海グループの人間で、自分から北海市の旅行に誘ったということにしておく。
……名家である浅海の名前は信頼感を生むし、そもそもの発端は自分ということを強調しておけば、柳城も和解がしやすいだろう。
最後に、部屋割り等は全くの別部屋で、まだ自分たちは清い関係であることを明言しておいた。
もちろん、浅海家でのアレコレ等は特に必要が無いので省いたが、大筋は伝わったと思う。
『そう……浅海の名前でもしかしてと思ったけど。
あの浅海グループのお子さんだったのね』
「はい。浅海三郎が僕の父親です。
そして……私は愛美さんと真剣にお付き合いしています。今回の件では大事な娘さんをお預かりするのに、事前に連絡をしなかった私に全面的に落ち度があります」
『……その、どうやら私が誤解してたみたいね。
あなたは話してる限り、本当に誠実な人みたい。
むしろ旅行前の娘の言葉を信じきっていた私にも少し落ち度があるわ』
……どうやら、態度を氷解させることができたみたいだ。普段はあまり良く思っていない浅海の名前も、今はとても心強く思えた。
『その、浅海さん。知っての通り娘は人見知りで、それに傷つきやすい子なの。私も心配してずっとかかりっきりになってたのだけど、今になってそれが良くなかったのかもって……』
「いえ……娘さんを大切に思う気持ちに間違いなどありません。愛美さんが落ち着きましたら、必ず柳城さんの元へとお返しいたしますので、どうかお時間をいただければ……」
これは本心からの言葉だった。
子を想う親の気持ちには真っ直ぐなものだ。
ただ不幸にも行き違いがあったというだけで──。
『そうね……そう、遅れてきた娘の反抗期、かしらね。私も子離れしないといけないみたい。
……どうか、娘をよろしくお願いします』
「ええ、私が責任を持って娘さんをお預かりします。それでは……失礼しますね」
……通話ボタンを切る。
緊張が解けてどっと疲れが出てきた。
普段はしないことをしたから、軽く目眩がするほどにストレスが溜まる。
なんとか、蘭子さんに柳城の家出についての理解を得られたのと、俺との関係を少しでも認めてもらえたと思う。
「いや〜……浅海劇場、て感じだったね」
「……もう金輪際こんなことはしないからな」
お風呂から出てきた柳城が途中から横で俺の説明を聞きながら、所々笑いを堪えているのが見えて、集中力を奪われたが。
とりあえずは、柳城の気がすむまでの時間は稼げそうだ。
「それにしても……いつからわたし達恋人になったのかな〜?」
「茶化すなよ……」
今考えてみると、恋人関係でも無い男女が一緒に旅行に行ったり同じ部屋に泊まったりなんて説明できる要素が無いのだ。
蘭子さんへの方便とはいえ、今後の身の振り方は考えないといけない。
「そっかぁ、祐介がわたしに告白したんだぁ……♪」
実に上機嫌に俺のことを熱っぽい目で見てくる柳城を前にして、どう声をかけていいかわからずにただ顔が熱くなった。
「……冗談、冗談だよー? 全く初心なんだから。かわいいなぁゆーすけくん」
「タチが悪い……」
俺は彼女を直視できなくて、そのまま自分の疲れを癒すために風呂場へと向かった。
「告白はきちんと言葉にしないと……ね?」
ボソッと聞こえたその声に……俺はまた、心を揺さぶられたのだが。




