第二十五話 別離のために髪を切る
柳城は再びご立腹の状態になってしまった。どうにかして機嫌を取るためにも、急いで食事を作る。もちろん柳城が気に入っている唐揚げだ。
「なあ柳城、とりあえず今日は俺の家に泊まる……のか?」
「うん。悪いけどしばらくは祐介の家に置いてもらえると嬉しいな」
キッチンからリビングに声をかけると、少しも悪びれない様子で返答される。……これは、どうやら長期戦を想定したほうがいいかもしれない。
「あー……じゃあ、着替えとかはどうするつもりだ?」
「何着か持ってきてるのと、祐介の古着を貸してくれたらいいよ。それと……」
すると、リビングから何かを投げつけられる。
可愛らしい装飾が施されているそれは、どうやら財布のようだった。
「……これは?」
「家賃。カード番号は後で教えるよ。
一応それなりに貯めてあるつもりだから」
いや、それはこちらが困ってしまう……。
と思い、拾い上げて丁寧に保管した。
そうしてしばらく経つと、鶏もも肉とにんじんの唐揚げが揚がったので、パックのご飯と共に出来合いのサラダをつけて食卓に出した。
「……やっぱり祐介の唐揚げが1番って感じがするね」
「揚げたてだからな。野菜もきちんと食べろよ」
わかってるって。と言いつつむしゃむしゃと珍しく旺盛な食欲を見せている。
やっぱり色々とあったのか、身体が栄養を欲しているのだろう。喉につかえないように冷やしたペットボトルの麦茶を淹れてやりながら、その様子を場違いにも微笑ましく見守った。
洗い物をしつつ、今後やるべきことについて考えを巡らせる。とりあえずは、柳城のご両親を安心させることが先決だろう。どうにかして電話番号を聞き出して、それで連絡を取る必要がある。
そのうえで、蘭子さんと柳城の間にある溝を埋めて、柳城が一刻も早く家に帰れるようにするのが最終目標だ。
そうすれば……きっとまたわだかまりなく、一緒に柳城と過ごすことができる。
「祐介ー、一緒に主人公の外見設定しようよ。
なんか色々と髪型とかあって迷いそうだし」
「あー……そこは別にゲーム本編には影響がないから適当でいいぞ。好きな感じで」
「んー……? じゃあこれにしてみようかな。
……うん。ちょっと祐介っぽいかも」
今のところ柳城にはゲームで遊んでもらっている。というより、やはりというべきか柳城は家庭用ゲームをこれまでやったことがないらしい。
どうやら親に買うのを許されなかったようで。
「あれ……? これどうやって後ろ向くんだろ?
これ、コントローラーを傾けるだけじゃ後ろ向けないんだけど?!」
「ちょっと待ってくれ。今洗い物終わるから……」
どうやらゲームも現状も、前途は多難のようだ。
「どれどれ……いや、これキャラの名前、俺じゃないか」
「うん、『ゆうすけ』。かっこいいでしょ。
少し生意気そうな感じが結構似てると思うよ」
「な、生意気……まあ、良いか。
視点変更だな。それはこのアナログパットを動かして」
「これ? なんか指が足りなくなりそうだなぁ……」
「そのうち慣れる。ほら、的が出てきたから撃ってみろ」
「全然当たんないんだけど?!」
「……奥行きと射程に慣れるしかないな」
そんな感じでワーキャー言いながらゲームをしていると、まるでただ遊びに来ているだけのようだ。
実際はこの間にも心配させている人がいるので、心苦しいことこのうえないのだが。
一通りチュートリアルを終えたので、満を辞して柳城に本題を切り出す。
「……なあ、柳城。悪いんだが……蘭子さんの連絡先、教えてくれないか?」
「……趣味悪いなぁ」
「茶化すなよ。……頼む。
あの人は今でもお前を心配してるだろうから」
「……じゃあ、後でお風呂場に来てよ。
頼みたいことがあるから」
また背中を流すように言われるのだろうか?
とりあえずは是が非でも抑えておきたい情報なので、躊躇なく了承する。
受け取った携帯を見るとやはりというべきか、蘭子さんからの連絡通知が山のように積もっていた。
素早くその番号を自分の携帯に移して、まずは第一目標をクリアした達成感を覚えた。
「それで? 俺はお風呂場で何をすればいいんだ?」
「うん簡単なことなんだけど」
「髪、バッサリ切ってくれるかな?」
「髪……?」
そう言われて、かなり悩んでしまう。
そもそも女性の髪には明るくないのだが、柳城のように長く伸ばすのはそれなりに年数がいる筈だ。
それをバッサリと素人の自分が切るなんて、正直恐怖すら感じるお願いである。
「…いいのか?」
「むしろ邪魔でしかないんだよね。お母さんに言われたから長く伸ばしてたけど、暑いし手間はかかるしで面倒このうえなくて」
お母さんの指示で、ということは柳城の髪型はそのまま蘭子さんの意思が反映されているということだろう。それを切ってしまったら、またあの人を傷つけることになるのではないだろうか?
「約束、でしょ? 連絡先教えたから」
「…ああ、仕方がない…か」
けれど、状況としては背には腹は変えられない。
こちらも腹を括って、なんの変哲もない鋏を持ってお風呂場に急いだ。
お風呂用の椅子にタオルを敷いて、肩にバスタオルをかけて毛が服につかないようにする。霧吹きのような気が利いたものはないので、濡れタオルで少し髪を湿らせて纏めてみる。
柳城の髪は、軽いウェーブがかかってふんわりとしていて薄く茶色みがかかっている。
鋏をかけるために後ろから近づくと、シャンプーの匂いだろうか、どこか良い匂いがした。
今からこれを切らなければならないとなると、他人事ながら勿体無く感じてしまう。
「どれくらいの長さにしたいんだ?」
「祐介ぐらい短くていいよ」
いや、それだとほとんどベリーショートになってしまうじゃないか。
苦心した結果、携帯でセルフカットについて調べて、それを参考にしてショートヘアにすることにした。漉き鋏というのがいいらしいのだが、生憎とそんなものはないので、出来る限り丁寧にやるしかない。
「失敗しても恨むなよ」
「そうなったら髪が伸びるまで祐介の家にお泊まりだね」
……もはや失敗が許されなくなった状態で、その輝く髪の毛に手をかける。
ふんわりとサラサラしたとても良い手触りのそれを、今から切り捨てると思うと心が痛んだ。
ちょきん、ちょきん…と一房ずつ…いや一本一本に神経を集中させて髪を切っていく。
最初は大まかな長さに切って、後から段々と層になるように髪を整えた。
「はぁ…ど、どうだ?」
「うーん…? 正直な感想でいいかな?」
全ての作業が終わり、お風呂場の鏡と手鏡を手にして柳城が出来を確認する。
「60点…ぐらいかな」
「あ…赤点は免れたようでよかった」
「いやいや…これは純然たる大失敗ですよ」
ちっちっちと指を振って、柳城が上機嫌に微笑んだ。
「これはもう、髪が元の長さに戻るまで家に置いてもらわないといけませんなぁ」
勘弁してくれ…と流石に声に出て、あはははと笑われた。
きっと柳城にとってはこの行為が、母親との関係に踏ん切りをつける、精神的に重要なことだったのだろう。
髪をいじる柳城は、どこかすっきりとした表情をしていて……図らずも、そんな新しい彼女に少し見惚れてしまった。




