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第二十四話 夕立が滴り落ちて


 夕立の降るジメジメとした夕方。

ただならぬ様子の柳城を一旦玄関に入れると。


「祐介……」


「……柳城?!」


 突然、彼女に抱きつかれて思わず声を上げる。その身体は冷えていて、このままでは風邪をひいてしまうのは明白だった。

 それにここまで弱りきった彼女を見るのは初めてなので、どうすればいいものか思考が纏まらない。


「柳城、とりあえず身体を温めたほうがいい。

お前が嫌じゃないならシャワーも使えばいいから」


「うん……ありがと。ちょっとシャワー借りるね」


 一度身体を離して、こちらの裾を掴む柳城を連れて、そのまま風呂場へと案内する。

濡れた髪が目元を覆って表情がうまく読み取れない。


「……一人で、入れそうか?」


「……え? ……一緒に、入ってくれるの?」


 少しだけ逡巡したが、覚悟を決めて答える。


「お前がそれを求めるなら」


「──えっちだなぁ祐介……大丈夫だよ。一人でできるもん」


 くすくすと笑われて、そのまま脱衣所へと消えていく。本当は柳城を少しでも一人にしたくなかったが、彼女がそれを望むならその意思を尊重しよう。


 その間に自分の少ない服を片っ端から取り出して、どうにか柳城でも着れそうなスウェットを見つけた。脱衣所の前でそれを置いておこうとする。


「柳城。タオルと……俺の服で悪いけど、着替えを用意したから。たぶん腰回りとかは調整できると──」


 すると脱衣所の扉がガラッといきなり開く。

当然だが、柳城は何も着ていない全裸の状態だ。

ぽたぽたと髪から雫が滴って、澱んだ瞳が俺のことを見つめてくるが、その手は身体を少しも隠そうとしない。


「ッッ?! ご、ごめん。服は、ここに置いておくから、きちんと身体を拭いておけよ」


 一瞬だが見えてしまった柳城の一糸纏わぬ姿に動揺しつつも、その場を急いで退散する。

すると小声だが、はっきりとした声が聞こえた。


「……ほらね。……祐介は大丈夫だもん」



 先ほどの光景がフラッシュバックしながらも、ドキドキとした鼓動を必死で抑えて、飲みやすいようになるべく温くなるようにお茶を注ぐ。


(さ、さっきのはどういう意図だったんだ……?)


 少しだけだが、見えてしまった柳城の身体が脳裏を離れない。

日に焼けた水着の跡のある肌。

整った顔立ち、緩やかなウェーブの茶色みがかった髪。女性らしい柔らかな肢体。小さな身長と、不釣り合いな大きな乳房。そして、自分にはない部分。


(柳城は……母親と喧嘩して、自暴自棄になっているのかもしれない)


 そう結論付けて、彼女の気分が落ち着くまでは、それなりの時間がかかりそうだなと感じた。

それにそもそも喧嘩の原因が俺にあるので、柳城の家に連絡するのは少し待ったほうがいいかもしれない。


「お茶、淹れてくれたんだね。ありがとう」


「! ……あ、ああ……一応温めにしてあるから、ゆっくり飲めよ」


 いつの間にか近くまで来ていた柳城にお茶を手渡し、リビングの椅子に向かい合って座った。

髪は生乾きでボサボサとしていて、普段の柳城とは全く印象が異なり、弱々しく見えた。


「……何があったのか、聞かないの?」


「いや……今は良いかな……柳城が落ち着くまで、俺ができることがあれば言ってくれると助かる」


「そうだなぁ……そうだ。何か美味しいご飯が食べたいな……うん、祐介の手作りが食べたい」


「わかった……けど、そうなると材料を買いに行かないと行けない……一人にしても良いか?」


 柳城はうーんと考え込んだ後にわざとらしくにへらぁと笑った。その痛々しい笑顔に胸が抉られる。


「祐介と一緒にいたい。だからお買い物は早く終わらせて。……あと、唐揚げも作ってくれると嬉しいかな」


「わかった。なるべく早く帰る。

……そのあいだ家の中のものは好きに使って構わない」


 いってら〜と無理しておどけてみせる柳城を心配しながらも、今の自分にできることはそれぐらいなので、急いで傘を差して外に出た。

夕立は、土砂降りになって随分と長い間降り注いでいた。




 必要最低限の買い物をして足早に家に戻る。

……柳城は大丈夫なのだろうか? やむをえず一人にしたが、あの危うく儚げな雰囲気を見るとすぐにでも寄り添ってあげたかった。


 自分の部屋の前で大きく息を吸って、そのまま鍵を開ける。リビングまで戻ると、先ほどと同じように柳城が項垂れている状態で待っていた。

テーブルに出来た水たまりは、きっともう乾いている髪を伝った水滴によるものではないだろう。


「ただいま、柳城。ホットミルクでも淹れるから。

少し待っててくれるか?」


「あ……いつの間に帰ってたんだ。

うん。ホットミルク好きだよ。良い子にして待ってる」


 電子レンジでホットミルクを温めている間に、柳城の側に寄ってやり、おもむろにその手を握る。

今の自分に出来ることは、本当にそれだけだ。

……なんて自分は無力でちっぽけなんだろうか。

すると柳城がこちらを見つめて、手を握り返した。


「……あはは、すごいね。祐介に手を握られたら……。

さっきまであんなに落ち込んでたのに、少し気分が楽になったよ」


「そうか? 他にも俺に出来ることがあれば、なんでも言ってくれていいからな」


「うん……じゃあ……ずっと、側にいてくれる?」


 そんなことは、こちらから願い出たいぐらいだった。


「わかった。それぐらいお安い御用だ」


「ずっと……ずうっとだよ?」


「ああ、約束する」


「言ったな〜安請け合いしちゃって。

今に後悔しても知らないよ〜」


 と、そのままこちらの手を引いて、抱きしめられた。抵抗することもなく、こちらも緩く抱きしめ返す。ホットミルクは、温め直すことになった。


 ようやく落ち着いた柳城に、あの後の顛末について話を聞いた。


「家出……してきたのか?」


「うん。わたし悪い子でしょ。

だってお母さんがわたしの話聞いてくれないんだもん」


 そう簡単に言ってのけたが、やはり状況はとても悪いようだ。


「……俺の家にいることは?」


「知らないよ。今頃慌ててそこらへんを探してるんじゃない?」


 ふんっと拗ねたように吐き捨てる。

……少なくとも、柳城のご両親に連絡を取る必要がありそうだ。


「……わかった。俺がなんとかするから携帯を貸してくれるか?」


「いやだ」


「……頼むよ。なんでもするからさ」


「……じゃあ今日は添い寝してね。絶対だよ」


 ……どうやら家に帰る気などさらさらなく、このまま俺の家に泊まる気らしい。それぐらいで済むならむしろ御の字だ。


「わかった……携帯借りるぞ」


 ロックを解除されて投げ渡されたそれを危うくキャッチして、そのまま連絡先を確認する。

そこには俺とご両親、おそらくは祖父母の連絡しかないようで、簡単に連絡を取ることが出来た。


 深呼吸をして、これからの通話への覚悟を決めてから連絡をすると、ワンコールのうちに蘭子さんが出た。


「もしもし、こちらは……」


『愛美?! 愛美なの?! あなたどこいっちゃったのよ! ……探しても探しても見つからないの、どうか帰って来て……お願いだから……』


「……申し訳ありません。今、愛美さんは電話に出られない状態でして、代わりに私が電話にでています」


 するとこちらの声に気づいたのか、少し深呼吸の音が聞こえた。


『その……どちら様でしょうか?』


「……浅海です。愛美さんの友人の浅海祐介です」


 再び、電話の奥で息を呑んだ音が聞こえた。

今度はかなりの敵意を込めた低い声になる。


『……愛美をどうしたの? 何が目的なのか言いなさい』


「……愛美さんは現在、とても落ち込んでいる状態です。 おそらくは貴女との喧嘩が原因でしょう。

私の家に訪問されたので、こちらの方で介抱いたしました」


 それを聞いたのか少しホッとしたような、けれど依然として敵意は隠さない様子で返答される。


『それじゃあ、愛美と代わってちょうだい』


「わかりました。本人に聞いてみます。


……柳城。蘭子さんが代わってほしいって」


 案の定というか、柳城は首を振って代わろうとしない。仕方なくそのまま電話口に出る。


「……すいません。どうやら愛美さんは今、とても電話に出られる状態じゃないみたいです」


『そんな……じゃあ、私から行くわ。

住所を教えてちょうだい』


「わかりました。住所は──」


 すると、柳城に横から電話をひったくられる。

そのまま電話口に口を近づけたかと思うと、これでもかという大声で電話に叫んだ。


「しばらくは祐介の家にいるからね!

もう二度とお母さんのところに帰ってやらないんだから!」


 柳城はそのまま、ふん!っと電話を切ってしまった。それを見て──俺はさすがに解決策が見つからずに、天を仰ぐしかなかった。


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