表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

23/31

第二十三話 母の愛から抜け出して


 今日の運転はいつもより荒い。

お母さんはイライラとしているようで爪を噛んでいて、わたしも何も言わずに後部座席で縮こまった。


 空には雲が立ち込めていて、にわかに薄暗さが増したかと思うと、ぽたぽたと雨が降り始める。

そしてジメジメとした蒸し暑さが余計に神経を尖らせて、わたしの気持ちを逆撫でするようだ。


「愛美、着いたわよ……お説教するから、早く降りなさい」


「…………」


 無言で応える。

家に入る間に少しだけ髪に雨が落ちて、それがなんとも言えず気に障った。

リビングのテーブルに座って、お母さんと対峙する。いつもは優しくてわたしに微笑みかけてくれるのに、今は眉間に皺を寄せている。


「ねえ愛美、これから答えづらいことを聞くわ……いいかしら?」


「……なに?」


 すると、母は握った手を震わせて、何故だか泣きそうな顔になる。そんな表情になるような質問……?


「あなた……浅海くんと関係を持ってるの?」


「──は?」


 聞かれたことは、わたしの怒りのツボを刺激するには充分すぎるものだった。途端に身体が燃えたぎるように熱くなる。


「祐介は……祐介はわたしの嫌がることをするような人じゃないもん……! いつもわたしのために身を砕いてくれて……わたしのために気を遣ってくれるんだもん……!」


「そ、そうなの……? じゃああなたは綺麗な身体のままなのね?」


「祐介は汚くなんてない!」


 どちらかというと汚れてるのはわたしの方なのだ。昨夜、彼の寝床に入り込んで、強引に関係を持とうとしたぐらいだし。

祐介が世に蔓延る男のような欲に塗れた男性だと捉えられるなんて、わたしには耐えられない。それだけは絶対に撤回しなければならない。


「じゃあ……その、聞くけど、祐介くんのこと、どう思っているの?」


「──それは……」


 わたしが祐介をどう思っているか。

わたしにとっての無二の親友で、片時も離れずに側にいたい男性。そしてできるならばこの身を捧げたい。なら──胸を張ってこう言える。


「わたしは祐介のことが愛してる。だからあの人を悪く言うなんて許さない」


「そ、そうなの……でも」


 一瞬たじろいだお母さんだったけれど、すぐにその瞳にまた感情を灯した。


「だからといって、親に無断で男子と宿泊するなんて許せないわ。それに今はあなたが冷静でないだけで、後々浅海くんとの関係に後悔することだって──」


「なに、その言い草は?」


 つまりは、わたしが一時の気の迷いで祐介を好いているのだと、そう言いたいのか?

わたしの胸に抱いたこの想いが……。

祐介への愛が、偽りだとでも──?!


「もう、いい! お母さんに何言っても祐介とのこと認めてくれないんでしょ?!」


「ええ、ええ! 認められないわ! あなたを誑かすような男のことなんて!」


「じゃあ話しても仕方ないじゃん! もうこの話終わり!」


 バンっとテーブルを叩いて、そのまま自分の部屋へと駆け込んだ。悔し涙で視界が歪んで、部屋に戻った瞬間にぼたぼたとカーペットに染みを作った。

そのままベッドに飛び込んで、枕に顔を埋める。


(お母さんのばか……! 祐介は下心なんてないもん! 祐介はわたしのこと──)。


 そこで、思考が止まった。

祐介は……わたしのことを、本当はどう思っているのだろうか?


 きっと嫌われてはいない──と思う。

けれど……わたしのように彼もわたしのことを必要としてくれているのだろうか?


「祐介……会いたいよぉ……」


 枕から顔を離して周りを見渡す。

部屋の中は、いかにも女の子らしいものばかりで溢れていた。


 大きな姿見、クローゼットのフリフリのお洋服、もこもこしたカーペット、天蓋付きのベッド、立派な化粧台……。


 そのどれもがお母さんと一緒に買ったもので、どれもわたしは別に欲しくなかったものだ。

ここにいるとお母さんに飲み込まれているような感覚になる……。まるでまだわたしは、母親の胎内で育つ赤ん坊のような気分になるのだ。


「だったら……早く外の世界へと行かないと──」


 旅行鞄の中のものを急いで入れ換えて、それを抱えて部屋を出る。昨日の夜のように気配を殺して、誰にも見つからないように玄関から一歩、踏み出した。


 急いで──あの人の元へ。

愛する祐介の元へ、行かないと。

傘も差さずにそのままの足で駆け抜けていく。

母の買ったリボン付きのスカートに泥が跳ねて。

母譲りのふわふわとした髪は雨に濡れた。


 

 けれど今はそれが気持ちよくて──。

この時わたしは初めて、自分の足で道を走りだしたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ