第二十一話 一難去ってまた一難
目覚めた時、俺は思わず声を上げてしまうところだった。俺が柳城と抱きあって寝ていたのだ。
彼女を起こしてしまう、それを恐れて驚きを飲み込んで、そのまま彼女を抱き締める腕の力をゆっくりと緩めた。
(落ち着け……昨日の夜に何があった?
普通に部屋を分けて寝たはず……?!)
はだけた浴衣から覗く肌。
何故だか昨日の朝のようにブラのフリルが見えず、しかし薄いピンク色が視界に入ってしまう。下着を着けていない……?!
(な、なんで……?! と、とにかくここから離れないと……!)
朝の生理現象が一向に治らない。
ぴったりとくっついた柳城のおへそあたりに当たって、それが激しく自己主張している。
そして離れようにも彼女が腕で俺の身体をがっしり固定していてどうにもできない。
(ど、どうすればいい?! 俺には何もできないぞ?!)
完全に詰みの状態になってしまって、バクバクと心臓が音を立てて悲鳴を上げる。
このままだと柳城に嫌な思いをさせてしまう!
男嫌いな彼女にこんな状況は刺激が強すぎる!
「んぅ……? あれ、おはよう……祐介……?」
──思ったよりも俺の終わりは早かったようだ。
状況を確認したのか目を覚ました柳城は俺の顔と腹部に当たるものを交互に見て……顔を赤らめ始める。その光景に血の気が引くのを感じて、彼女を傷つけてしまったと激しく動揺する。
「や、柳城……落ち着いてくれ……」
「あ、ああ〜その、ごめんね祐介?」
「──へっ?」
な、なんでそちらが謝るんだ……?
むしろこの状況ならビンタの一つでももらうべきだし、最悪トラウマになるぐらいなのだが……?
予想外の反応に情緒がついていかない、心臓が悲鳴を上げて胸が痛むぐらいだ。
「わたし、昨日寝ぼけて祐介のお布団に入っちゃったみたい。抱きついたりしてごめんね?」
「い、いや……そ、そうなのか?」
「うん、夜起きた時にふらふら〜ってしたの覚えてるから」
そ、それなら問題無い……のか?
何故かはわからないが俺の所業にはあまり大きなショックを受けていないみたいだし……?
「ああ、抱きついてたら離れられないね。ごめんごめん」
「あ、ああ……俺も抱きついてたから……謝らなくても……」
嘘のようにパッと腕を離されて解放される。
そしていそいそとはだけてしまった浴衣を整えて、唖然とする俺を残して洗面台へと行ってしまった。
(……良かった……柳城が嫌な思いをしていないみたいで……)
思わず安堵のため息を吐く。
どうやら彼女にしてみればただの事故ということで片付けてくれるらしい。
彼女の寛大さと俺への信頼に深く感謝しつつ、俺自身も乱れた衣服を整えてそのまま洗面台へと向かった。
「柳城……すまなかった。事故とはいえ……」
「もー大丈夫だって! それより今日は家に帰る日でしょ? だったらせっかくの朝ご飯美味しく食べようよ!」
「あ、ああ! そうだな……」
昨夜、柳城と話し合って今日の朝には北海を発つと決めていたのだ。
海にも入ったし温泉も楽しんだ。それにこれ以上浅海家には迷惑をかけられない。何より持ち込んだ衣服が底をつきそう……というのが一番の理由だった。
朝ご飯に舌鼓を打って、その旨を信行さんに連絡すると、表向きには残念そうにしていたが、特に止められることもなく送りの車を手配してくれることになった。ただ、それだけなら良かったのだが……。
『そういうことなら仕方がない。早く柳城さんのご家族に連絡をとって、ご実家までお送りしなさい』
「はい、そうします。
信行さん、今回は色々とおもてなしいただき、ありがとうございました。今後もよろしくしていただければ幸いです」
『相変わらず固いなぁ祐介くんは。
家族のことなんだから。遠慮しなくていいよ。
それと……』
「……はい? どうかしましたか?」
……嫌な予感がする。
元々信行さんが俺たちのことを歓迎するだけとは思っていなかった。きっと何か俺にやらせたいことがあるはずだ。
『義次のことだけど……一昨日、宮子さんに君たちに会ったことを告げ口したようでね。どうやらろくに挨拶もしなかったとか言ってるらしいじゃないか?』
「ええ……柳城が体調を崩してしまいまして」
『んふふ、そうか。それでこれはうちの従業員から聞いた話なんだけど……。
義次が、愛美さんに色目を使ったっていうのは本当かい?』
「それは……」
つまりは、そういうことなのだろう。
信行さんは第一夫人の月子さんの娘と結婚した入婿。
対して義次さんは第二夫人の宮子さんの息子だから。
彼が三郎さんに気に入られている、俺の彼女にちょっかいをかけたとなれば、目の上の厄介なコブを取り除ける。
つまりは今回、俺たちを呼んだ目的のもう一つは──。
「ええ、信行さんの言う通りです」
『……だと思ったよ。
そこらへんのわだかまりも、こちらできちんと解いておくから安心してくれたまえ。
……いい加減、うちの店にも苦情が来てるしね』
それじゃあね。正月にはきちんと顔を出しなさい。もちろん柳城さんとも一緒にだよ。と電話が切られた。
「信行さん、大丈夫そうだった?」
「ああ。色々と上手くやってくれるらしい。
切符の分は後で領収書を俺の方から送っておくから問題ない」
「色々と迷惑かけてばかりだな……。信行さんって本当に良い人だよね」
「……味方にすると、だけどな」
?と首を傾げている柳城は置いておいて、今度はお正月か。とうんざりした気分になった。
この旅行を支えてくれた信行さんには感謝するが……俺たちの、特に柳城のことをダシにしたのは、今後も忘れないようにしておこうと思う。
見慣れた駅のホームに立つ。
たった2日の間に、色々なことがあった北海市への旅行も終わり、最上院学園附属高校の最寄駅へと到着した。
久しぶりの空気に思わず安心感を覚えて、やっぱり北海の地は俺には合わないなと感じた。
柳城は自分の母親には予定を2泊3日ぐらいと話していたらしく、連絡したらすぐに迎えに来てくれるらしい。
そういえば彼女は学校の通学も車だったなと思い出し、よくもまあそんな箱入りなのに旅行の許可を取れたものだと今更ながら疑問に感じた。
そんなことを考えながら、駅に併設されているカフェで、ゆっくりと旅の疲れを癒しながら二人で待っていると、どうやらお目当ての人物が来たようだ。
「あ、お母さん。こっちこっち」
「愛美ちゃ〜ん、やっと見つかったわ!
──えっと……? その男の子は、どなたでして?」
「ああ私は……」
その時、柳城があっと声を漏らした。
そこで俺の言葉が途切れて、どうかしたのか聞こうとすると、柳城の母親と思しき女性はこちらを見て驚いた表情になる。
「もしかして、浅海さん……だったりしますか?」
「ええと……そう、ですけど」
すると、柳城の母親は沸々と顔を赤らめると同時に、柳城の両肩をガシッと掴んだ。
「どういうことだか、説明してくれるわよね? 愛美?」
その鬼気迫る雰囲気と、柳城のあたふたしてる様子で察してしまった。
これは、また何か厄介ごとが起きているな、と。




