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第二十話 金城鉄壁難攻不落


 波の音が遠くで聞こえる。

涼しい夜に蝉は鳴りを潜めて、何か別の虫の音が聞こえるけど、それは心臓の音で掻き消された。


 そろり、そろり。

音を立てないように立ち上がり、そのままゆっくりと襖を開ける。


 今日は残念ながら一緒に寝る理由が見つからなかった。何かしらのホラーでも見て理由を作れば良かったかもしれないけど、それをしたら雰囲気が台無しだ。


 静かに……気配を殺して、畳をすり足で歩く。

時計の針と、静かな寝息。きちんと寝てくれているようだ。


(ふー……はぁぁ……)。


 心臓が早鐘のように鳴る。

息を吸って酸素を取り込もうとして、生暖かい湿った吐息が漏れた。それに伴い緊張で汗をかいてしまう。


 自分のやろうとしていることは、きっと最低なことなんだと思う。欲望と情欲のまま。これは信頼を裏切る行為だ。


(でも……もう、我慢できない……)。


 自分の中の想いが膨れ上がって今にも溢れそうに鳴る。だというのに、相手はそれを察してくれない。


「君が……悪いんだよ……祐介……」


 ──枕元にかがみ込んで、その寝顔に語りかけた。



 初めは彼の何も見ていない瞳に惹かれた。

けれど今は、その瞳に、なんとしても自分が写っていてほしいと思っている。


 それを意識してしまってからはどうにも自分を抑えられなかった。彼の弱いところを見て、そしてそれを慰めた時に、きっとわたしの中でも何かが変わったのだろう。


 今はもう、彼のことが欲しくてたまらない。

だから勇気を出して一緒に海に行きたいと提案して、自分のコンプレックスであるこの身体で精一杯誘惑してみたのに、彼はなんとも辛抱強くそれを耐え切ってしまった。

 

「わたしが……誰とでも一緒に寝ると思ってるー?」


 ほっぺたをぷにぷにと突いて、むにゃむにゃと寝息を立てる彼の姿に癒される。

けれど……もう、それでは我慢ができない。


 

 布団に手をかけて、起こしてしまわないように、そのままゆっくりと剥ぎ取った。


 彼を仰向けにして、そのまま腰を下ろす。

体重を本当にゆっくりとかけて……でも逃げられないように、確実に重みを加えて。


「柳城……?」


 愛しい彼の言葉。

それに心臓が跳ねた。


 だが、ここまでいけばもう逃げられない。

後は、浴衣をはだけて彼を──


「──大丈夫か……?」


 凍りついて、手が止まる。


 見ると、彼は目を開けていなくて、さっきの言葉は寝言なのだろう。祐介は夢の中でわたしを心配してくれている。そんな彼のことをわたしは……彼の気持ちを確かめずに、こうして欲望のままに穢そうとしている。


「ずるいなぁ祐介……」


 彼の身体に覆いかぶさって、そのまま耳元で気持ちを伝えようとして……止めた。


 きっとそれは逃げるに等しいことだ。

わたしの全てを曝け出さずに、ただ想いだけを伝えても上手くいくはずがない。


 けれど、想いは少しだけ届いたようだ。


「あっ……」


 寝ぼけたのか、それとも布団が無くて寒いのか。

幸か不幸か祐介がわたしのことを抱きしめる。


 昨日はわたしが抱き締めたけど、こうして祐介に抱き締められるとまた違った多幸感が押し寄せてくる。


 そっと背中に手を回して、精一杯腕に力を込めて、言葉の無いままに自分の想いを伝えようとした。


(祐介……祐介……ゆうすけ……!)


 彼に包み込まれて、彼のことを想って。

内側と外側、全てを彼に満たされて、幸せの陶酔感で頭がいっぱいになる。


「もう……絶対に離さないからね……」


 闇に消えた言葉は、しかしなによりも強い決意で。その日の夢の中でも、祐介に会うことができた。わたしはもう、彼無しでは生きられない。

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