第二話 六月の転校生
六月は嫌いだ。
四月からの新生活が一旦落ち着いてくるとともに、それに慣れなかったものたちが目に見えて浮き彫りになる。
五月まではまだなんとかグループが作られていないが、始まってもう二ヶ月ともなれば大方の人間はどこかの誰かとつるむようになる。
まあ、俺は一人が好きなので、その点は気にもしていないのだが。
「や〜浅海くん。今日もなんだか元気が無いね。きちんと朝ごはん食べてるかい?」
「それは遠回しに俺の容姿をバカにしてるのか?」
「んん……そう悪く捉えないでくれよ浅海くん。
僕としては君のその変わらないどんよりした感じがとても好感が持てる要素なんだからさ。」
「……いつも通り、よくわからないヤツだ」
木石幸平、何故だか自分に絡んでくるお調子者。
俺は入学当初から誰に対しても素気なく接していたのだが、こいつだけは懲りずにずっと絡んでくる。
……とはいっても別に共通の話題で盛り上がるとかはほとんどない。ただ休み時間に一緒にいて食事を取るだけの仲である。後はたまに体育のときにペアを組む程度か。友人ではないが、お互いに便利な存在として認識している。
現に、今は携帯をたぷたぷと弄っておりまるでこちらには関心が無い様子だ。
「そうそうあのウワサ、君は聞いたかい?」
唐突に木石がこちらに話題をふってくる。
……俺には噂話をするような関係の人間はいないのだから、この質問はまったくの無意味なのだが。
それを察したのか、いかにも野次馬根性丸出しといった調子で続ける。
「先日、こことは違う制服の生徒が出入りしてたって話。それもそのはず先生方によれば、転校生が来るかもしれないって噂」
「……六月に? 随分と突然じゃないか?」
「そこ! そこなんだよ浅海くん」
木石はなんとも楽しそうにこちらを指差す。
大袈裟な身振りは演劇を見てるようだ。
「つまりはね。その生徒はこんな中途半端な時期に転校せざるを得ない何か事情があると僕は睨んでるんだ。……ちょっとおもしろそうじゃない?」
「面白くはないだろうな。あまり詮索してやるなよ」
学校に居られなくなる理由なんて山ほどある。
いじめ、親の都合、留年……あまり良いものは思い浮かばなかった。
「君は良識派だね……だけどね。たぶんほとんどの人は心の中でその訳を知りたがってるはずさ。
人間の好奇心というものは、特に醜聞であればより鋭敏に働くものだよ。じきに判明するだろうけど、興味深い内容だといいねぇ」
「たとえば?」
「すぐに思いつくようなことじゃつまんないんじゃないか……予想外のことが起きるのを僕は期待してる」
「……勝手にしてくれ。俺はどうでもいいからな」
もちろん好き勝手にやるさ!となんとも楽しそうである。……相変わらずどこか悪趣味な奴だ。
木石は入学当初は軽妙な語り口とその豊富な知識から周囲の関心を集めていたものの、何かと首を突っ込んではただひたすらに掻き回すような、その厄介な性格が露呈してからは急速に人が離れていった。
自分がこいつと話していられるのも、あくまでこちらが不干渉を貫いているからである。
出会って早々に
「君はどうして友達を作ろうとしないんだい?」
とぶつけられた時には正直こいつマジかとは思ったが。
予鈴が鳴る。朝の集会の始まりだ。
すると担任の矢車先生が何故だか机と椅子を持って教室に入ってきた。
それを見て何かを察した周囲がざわつき始めると、ヒソヒソと話す生徒を制して担任が続ける。
「今日は重大な連絡事項がある。
──この1-5に転校生が入ることになった」
するとおそらく噂を知っていたであろう生徒を中心として、クラス中が騒ぎはじめた。
転校生なんて非日常は学生にとっては一大イベントだろう。そうなるのも無理はない。
「静かに! ……自己紹介をしてもらおう。入ってきてくれ」
担任が扉のほうへと声をかける。しかし、何故だか反応は無い。どうしたのだろうと皆が訝しむ。
「……少し待っててくれ。なにぶん恥ずかしがり屋な性格なんでな」
すると、担任が一旦教室外に出て何かしら廊下で話し始めている。自分が最前列の中央にいるからチラリと見えるのだが、どうやら転校生は女子生徒のようだ。加えて保健室の養護教諭の先生が付き添いで来ているらしい。
すると……ようやく踏ん切りがついたのか、件の生徒が教室に足を踏み入れてくる。
瞬間、教室の空気が変わる。
視線は一斉にその女子生徒に向けられた。
「あー……彼女は親の都合でこの学校に転入してきた。人見知りな性格だから皆で協力して新生活に慣れるように手伝ってくれ。……柳城。挨拶を頼む」
柳城、と呼ばれた女子生徒が俯いていた顔を少し上げる。
髪の毛は茶色がかったふんわりとしたパーマで、たぶんお嬢様結びと呼ばれるまとめ方をしている。
顔立ちは幼く、おそらくは150cmほどの身長と相まって全体的にまるで中学生のようだ。
それに慣れない少し大きめの新しい制服を着ているためかブカブカでそれも含めてとても同い年とは思えない。
「わ、わたしは、や、柳城……。
すぅ……柳城、愛美と言います。
こ、これから、よろしくお願いします……」
か細い声。
最前列の自分ですら少し聞き取りにくく感じるほどの声量だ。きっと中列以降は聞こえていないだろう。
それを見かねたのか担任が黒板に名前を書いて、もう一度挨拶をするように促した。次はもっと顔を上げてみてくれ、とアドバイスを加えて。
背伸びして黒板にかわいらしい丸っこい字が書かれていく。震える文字をやっとのことで書き終えると黒板から向き直って、何かを決心したような顔で改めて自己紹介を始めた。
「わ、わたしは! 柳城愛美と言います! 皆さんこれから、よろしくお願いします!」
と、必死な様子で言い切ると、ううぅ……とうめいてまた俯いてしまった。
すると……どこからか声が漏れてきた。
「…………かわいい…………」
それを皮切りに皆が口々にひそひそと声を漏らし始める。主に声を上げてるのは女子だ。
男子の声は聞こえないがソワソワとした雰囲気は伝わってくる。
「え、なんかめっちゃ可愛くない? お目目ぱっちりまつ毛長すぎでしょ」
「お人形さんみたいな人って本当にいるんだ……」
「顔ちっさ……声かわいい……ほんとに同い年……?」
再び、静かに!という担任の声が響いたが、生徒たちの興奮は冷めやらないようで依然としてひそひそとした声がする。
「……あー……柳城が新しくクラスに入ったからな。
ついでに席替えを行おうと思う。
くじを作ったからみんなで引いてくれ」
そうしてクラス中が妙に浮き足立ったまま、席替えが行われた。
ちなみに俺の席は窓際最後列になった。
日当たりが良くて風通しの良い好きな位置だ。
柳城に感謝しておこう。
この時は……妙なやつが来たなというぐらいで、全く彼女のことを意識などしていなかった。
当たり前だろう。俺はクラスで孤立しているようなやつで、柳城は見るからに人目を引く美少女なのだから。住む世界が違う。
だがそんな俺の予想に反して……俺と柳城はこれからずっと深い仲になるのだった。