第十七話 夏の日の凍りついた心
夏の夜の涼風は心地よく。
普段聞く蝉の鳴き声にも風情を感じられる。
緑が多く、海も近いこの北海市の夜は、夏だというのに涼しく感じられた。
すると外から中居さんが声をかけてきて……寝室に布団が二組敷かれた。まあ、あちらはお仕事でやっていることなので文句は言えないだろう。
「さてと。俺は布団を動かしてこっちの部屋で寝るから。少しは安心してくれ」
「えっ?!」
予想外といった驚きの声が上がる。
いや、まさかとは思うけども……。
「その……今日は、怖いから……」
「……わかった、わかったよ。……隣の布団で大丈夫だよな?」
「うん。ごめんね。迷惑かけてばっかりで」
いやこの状況は俺が怒られるべきなのだ。
こうなった原因は俺にある。特に深く考えもせずに浅海のお家の思惑に彼女を巻き込んでしまったし、偶然とはいえトラウマを刺激してしまったのだから。
「あ、でも男の子と一緒に寝るの初めてだ。
なんか緊張するね」
「思っても言わないでくれそういうこと」
頼むから。
俺、一応健全な男子高校生だから。
「いや〜でもこういうのは一度はやってみたかったんだよね。恋バナとかしようよ」
「俺が……そんな話を持ちあわせていると?」
「……ごめんね?」
……まあ、いいのだ。
柳城が安心して寝てくれればそれで。
身支度をして布団に潜り込み、電灯を枕元に二人で向き合って横になる。いつもは母親とこうして寝てるらしいのだが、今日は俺で我慢してもらうしかない。
「その……眠たくなるまで、手を握っててくれるかな?」
「……わかった。もう俺にできることならなんでもするよ。柳城がこの旅行をして良かったと少しでも思えるように」
「ふふっ、裕介がいつもより優しいね。
日頃から女の子にそんな態度でいれば、彼女もすぐに出来るのに」
「……悪かったな。無愛想で」
手を握りながら、くすくすと笑われる。
どうやらいい感じにリラックスしてくれているようだ。
「ねえ祐介。わたし、祐介のことをもっと知りたいな。家族の話とか、これまでの生い立ちとか」
「はあ……つまらないから、子守唄にはいいかもな」
特に隠すようなことでもないし、掻い摘んで説明することにする。
「俺の父親は……確か、何処かに借金をしたんだっけかな? それで母親がホステスとして働いてたときに、三郎さんと知り合って。そこからは早かったよ」
「…………」
「その借金の元が、浅海グループだったから。
……あれよあれよという間に話は進んだらしくて」
「そんな、そんなことって……」
「……結局は事業で失敗して借金をつくった父親のせいになる……と思う。俺が物心ついたときにはもうほとんど家に居なかったし、そのときには母親が生活費をなんとか稼いでたよ」
全ては父親の自業自得で、母親の努力の結果だった。顔も知らない父への感情は無いし、母のことは尊敬している。
「結局、しばらくは浅海の家に援助を受けてたけど。ちょうど5年前に三郎さんが再婚してからは、正式に浅海家の一員として迎えられたんだ」
「つまりは、三郎さんは……ええと。二番目の奥さんである宮子さんと離婚して、祐介の母親の理華さんと再婚したってこと?」
宮子さんは三郎さんの妻として、月子さんの夭逝後。内外で彼を支え多くの子どもを残していた。
しかし、三郎さんは歳を重ねるごとに初めて愛しあった月子さんへの想いを深めていき、結局は宮子さんを捨てた形になったのだ。
「その頃には三郎さんはもう表で働ける身体じゃなかったから……。たぶん、母さんに月子さんの面影を見て、居ても立っても居られなかったんだと思う」
「その……祐介は……祐介は、それで良かったの?」
柳城がこちらを心配してるのか、手をぎゅっと握ってくる。
「まあ、何度か高いホテルでご飯を食べさせてくれた気前の良いお爺ちゃんが、いきなり自分の父親です。と言われて多少は混乱したけども。
母さんが必死になって俺を育てようとしてくれたし、浅海家には良くしてもらってるから」
「……そう、なんだ」
薄暗がりの中で、柳城が涙を流しているのが見えた。
俺にとってはなんてことのない過去の話であるし、浅海の名前をもらったことで今はこうしてなに不自由なく暮らしているのだが、あまり良い印象は与えられなかったようだ。
「祐介、ちょっと……近くに行ってもいいかな?」
「……えっと、どうかしたのか?」
「だって……泣いてるから、祐介」
言われて、ハッと気づく。
頬を拭ってみると確かに濡れていて、いつのまにか涙を流していたようだ。
すると、モゾモゾと柳城がこちらの布団に入ってきて、そのまま抱きしめられた。柔らかい感触と、ほのかなシャンプーの香り。そして暖かい温もりが──俺の心を溶かしていく。
「ごめんね。辛いことを思い出させて。
今日は二人で思う存分泣いて、明日は早く帰ろうね」
「ああ……そうだな」
しくしくと、二人で泣いて。
夏休み初日の夜は静かに過ぎていった。
俺は──この時、思ったのだ。
柳城愛美、彼女に受けたこの恩は……俺の心の傷を癒してくれた、彼女だけは──。
なんとしてでも、幸せにしてやりたい。
俺の全てを賭けてでも、彼女の笑顔を見たいと。




