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第十六話 気が休まらない温泉


 北海の温泉は海水泉だ。

舐めると少ししょっぱくて、温度はかなり熱め。

しかし俺はそんな温泉よりも身体を熱くしていた。


「着替えたら合図してね? 後から着替えてすぐに入るから」


 そう言われたので軽く身体を流して、しばし夏の暑さがほどよく残る夜風で肌を冷やして待つ。

こうでもしないと何もしていないのにのぼせてしまう。もちろんだが、こちらもタオルを腰に巻いておいた……何故だろうか、待つ時間が長く感じる。

自分にはこういったことはほぼ縁が無いと思っていただけに、緊張しているようだ。


「お、お待たせ。これでどうかな?」


 声がしたので、おそるおそるそちらのほうへと目を向けると。目に入ってきたのは白いタオルではなく。水着姿の柳城だった。


「なんで水着……?」


「え、だって……タオルだとちょっと不安だったから……。ちょうど海水浴用に持ってきたのがあったし、せっかくお母さんに選んでもらったし……」


 いやこの状況で水着で来られると、それはそれで特殊なプレイのようで全く落ち着かないのだが?


 柳城が着ている水着はフリルが着いたピンク色のもので、下はミニスカート型、上はキャミソールのような形状で、露出度自体はかなり控えめだ。

しかしふわふわとしたその水着は、柳城にはぴったりと似合っていて、とても可愛らしい。

何よりビキニよりはマシだとはいえ、クラスメイトの水着姿は目に毒だ。


「……そ、それよりも、その……怖いから、髪を洗ったら背中を流してほしいんだけど……」


「あ、ああ……わかった。今行くよ」


 ……落ち着こう。柳城は男性が苦手なんだ。

ここで何かしらの反応をしてしまうと、それこそ一生モノのトラウマを刻んでしまいかねない。


 長い髪をいそいそと洗い流している時間を利用して、自分の中に僅かながらに残っていた男の部分を無理矢理に鎮めた。


「ふぅ……髪が長いと大変なんだよね。

ほんとは短くしたいんだけど……お母さんが悲しむだろうから」


「そうなのか。短いのも似合うと思うぞ」


「そう? ……今度考えるよ。じゃあ祐介、背中洗って」


 小さくて白い背中。

なんでもないかのように言うが、それを目の当たりにしてしまうと、どうすればいいのか頭が真っ白になってしまう。


「あーっと? 柳城。これどうやって洗えばいいんだ?」


「んー……? タオルでごしごししてくれればいいよ」


 いやさも簡単そうに言うけどそれ大丈夫なのか?

タオル越しとはいえ、女性の背中に触れていいものなのだろうか?


「……触るぞ」


「はいよー。それとついでに肩揉みもお願いね。

最近凝って仕方がないんだよ」


 いや、まあ割と大きいからな柳城のは……と余計なことを思いつつ、意を決して柳城の白い肌に手をつける。その肌はきめ細かでふにふにと柔らかく、自分の少しゴツゴツとした身体とはまるで違っていた。


「ひゃんっ!」


「!? ……すまんへんなところを触ったか?」


「いや、祐介の触り方がなんか……遠慮してるのかな? くすぐったくて。もっとがっつり触っていいよ。ごしごし〜って。あと水着で隠れてるところもお願いね」


「あ、ああ……は? 水着の下?」


「うん。背中のほうは手が届かないから」


 こいつ本当に何も警戒してないのか……?

それともそういう展開を望んでるのか?

いやあんなに怖がって震えていたのだから、それはないと思うが……。


 しかし頼まれたからにはやるしかない。

再び深呼吸して、何も考えないように手だけに神経を集中して、ごしごしと優しく背中を洗っていく。


 水着の下にタオルを這わせるときには、万が一にも水着がずれてしまわないように、慎重に洗った。

途中、柳城が少し息を漏らしてこちらの精神をすり減らしてきたが、それは聞こえないことにした。


「ふう……なかなか上手だね。よし、次はわたしがやってあげよう!」


「あ、お前もやるのか……? いいよ別に自分でできるから」


「いいからいいから、さ、背中こっちに向けてよ」


 有無を言わさずにタオルを手に持った柳城が背中に回る。柳城の小さくて柔らかい手が背中を撫でていると思うと心地よさと、どこか背徳感を覚えた。


「んしょ、んしょ……やっぱり男の子だね。

背中が大っきくて大変だよ」


「あんまり無理しなくていいぞ。自分でやるから」


「日頃の感謝も込めてるからね。んしょ……うわっ──」


 何か大きな声がしたと思ったら背中に柔らかな感触が当たる。瞬間、それが何かを理解したが。

考えないようにして俺の首に手を回して抱きつく格好の柳城に声をかけた。


「大丈夫か柳城? 膝とか擦りむいてないか?」


「ちょっと滑っちゃった……ごめんね?」


 何も考えるな……。

そう自分に言い聞かせて、彼女が俺の肩に手を置いて体勢を整えるのを待った。

すると、柳城は何を思ったのかシャンプーを手に取って髪も洗いはじめた。


「おお……すっごいごわごわしてる。男の子ってこんな感じなんだね」


「まあ、俺はそこまで髪にこだわってないからな。

一応気にしてる人ならもっとサラサラなんじゃないか?」


「いやいや、全然違うよ。……ほら、東京タワー」


 俺の髪で遊びながらあはは、と笑いつつ、優しく髪の毛と背中の泡を洗い流してくれる。


「懐かしいなぁ……昔はお父さんと一緒にお風呂入ってたな」


「お父さん、か」


 このことを柳城のお父さんが知ったら俺は殺されるんだろうなぁ……しかし、考えてみると俺は物心ついたときには実の父が蒸発していたからそういう思い出がない。


「さーてと、前向いてよ祐介。洗ったげる」


「……自分で洗う。断固としてそれは譲れん」


 パパッと自分で泡を起こしてそのままテキパキと身体を洗う。柳城は何か不満そうな声をあげていたが知ったことじゃない。

流石に俺にだって限界はあるのだ。


 心臓に悪い洗いっこタイムを何とか切り抜けて、ようやく風呂で身体と心を休められた。


「足を伸ばせるお風呂ってやっぱりいいな……」


「んー? お風呂では普通足を伸ばさない?

でも温泉って久しぶりだから同感かも」


 広々とした湯船に浸かって今日の疲れを流していく。それと柳城の家はたぶん、それなりのご家庭だから家でも湯船で足を伸ばせるのだろうが、普通ではないと思う。


「わたし、こういう裸の付き合いってはじめてだな」


「……げほっごほっ……」


 不意打ちでとんでもないことを言い出したのかと思ってむせてしまった。

いや、たぶん柳城は言葉通りで、裸で話せるような人との交流は初めてと言いたかったんだろうが。


「ねえ祐介。明日は何しよっか?」


「……どうしようかな。正直ここに長く泊まり続けたくはないけど」


 そもそも俺は夏休みの間は食事だけ出るような安い宿でゆっくりと過ごす予定だったのだ。

こんな高級旅館にいても、居心地が悪くて正直疲れてしまいそうになる。


「海……とかは、祐介行きたくないよね」


「まあ、行かないな……。単純に楽しめないし。

海に行くと……義次さんに出くわしてしまいそうで」


 ひっ!っと軽い悲鳴が上がる。しまった、あの人の名前はもはやタブーになっていたか。


「わ、わたし、なんだか早く帰りたくなったよ」


「俺もそう思う。北海は……正直、疲れることばかりでどうにも相性が悪いみたいだ」


 挨拶をしたら早々に帰るべきだったかもな……と思いつつも、リラックスしている柳城の顔を見る。

こうして少しでも楽しんでもらえたならば、浅海家としては良かったかもしれない。


 柳城には色々と迷惑をかけてしまった。

これからはもっと彼女のためにできることをしたい……俺はそんなことをぼんやりと思いながら、心地良いお湯を堪能した。


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