第十四話 エンカウント
柳城に手を繋がれて。
そのまま浴衣で温泉へと足を運んでいく。
「早く温泉入ろうよ! もうくたくただよ〜」
「ま、待てって、そんなに急がなくても……」
浅海家の直営してる旅館とはいえ、そう何度も来てはいない。キョロキョロと辺りを見渡しながら迷わないように進んでいくと──。
ジロリとこちらを見る鋭い目つき。
よりにもよって1番会いたくない人物に鉢合わせてしまった。
「……ん? おいひょっとして……やっぱりそうだ! よお祐介、元気してたかよ?」
「よ、義次さん、いらしていたんですか……」
「そりゃ、俺だってお前と同じ浅海だからなぁ。
ん……? おいおい彼女連れかよ。案外隅に置けねえなぁ祐介!」
ギャハハハ!といかにも軽薄そうな笑みを浮かべる、三十代半ばといった風体の男。
金髪に海で遊んでいるためか焼けた色黒の皮膚。
おそらくは高価な趣味の悪いアクセサリーを首元や指に着けているのが印象的で、以前出会った頃から変わっていない。隣にいる見知らぬ女性の肩を抱いているのを見るに、彼女と海から帰ってきたところなのだろう。
「ま、俺も負けてねえぞ祐介。どうだ? 可愛いだろ? さっき海で知り合った子でな。これからゆっくりと仲を深めようってところなんだよ」
「この子ダレ? 弟さん?」
不機嫌さを隠さずに女性がこちらを見てくる。見るからに遊んでいそうなギャル風な女で、露出度の高いショートパンツにTシャツを臍の上で結んで胸を強調しているのがよくわかった。
「……いや、まあそんなところだな。
どれ、兄貴にお前の彼女を見せてくれよ」
と、義次さんが柳城の方を覗き込んでくる。すると柳城はいつのまにか俺の背後に回り込んでいて、そのままカタカタと歯を鳴らして震えているようだ。
「あ……? おいどうした? 挨拶ぐらいしてくれてもいいじゃねえか?」
「……さっきお風呂に入ったときに気分が悪いって言ってたので、熱中症かもしれません。
申し訳ありませんが、大事をとって部屋に戻っても良いでしょうか?」
「……っち、分家の負け犬とは話もしたくねえってか? まあ良いや、俺も正直興味ねえからな。行こうぜ」
「じゃあね〜。あ、私たちの部屋に来たら色々サービスしてあげるかもよ〜」
おいおい俺をほっとくなよ!と二人だけで盛り上がっている様子で、こちらの脇を通り過ぎていった。柳城は未だに震えが止まらないようで、背中に張り付いたままだ。
「……どうした? とりあえず具合が悪いみたいだから部屋に戻るぞ」
声をかけると、そのまま啜り泣くような声が聞こえると同時に軽く頷いたようだ。
こうなってしまっては……そのまま柳城の手を繋いで、来た道を引き返すしかなかった。
部屋に入り、押し黙ったままぴったりと俺から離れようとしない柳城をどうにかして鎮めるため、備え付けられた給湯器でお湯を沸かし、お茶を注いでやる。
小さな背中を撫でてやりながら、ゆっくりと温かいお茶が冷めるまで側にいてやり、気持ちが落ち着くのを待った。
「……落ち着いたか?」
「……うん、その……ごめんね。浅海の家の人なのに、急にあんな風になっちゃって」
「義次さんは実際、浅海家でも目の上のたんこぶといった調子でそんなに重要視されてない人だ。気にしなくてもいい」
そうなんだ。と心ここに在らずといった様子である。どうにか少しは平静を取り戻せた様でよかった。
「……その、わたし、男の人が苦手なんだ」
「そうか。なんとなくそんな感じはしてた」
「うん。特にああいう……ガツガツした人がダメで……」
男の俺だって義次さんとはできるだけ話したくないぐらいに怖いのだ。女性である柳城にはよほど恐怖の対象だったに違いない。
「そういう人に何度か街中で声をかけられることがあったんだけど、そのたびに怖くて泣いちゃうの」
「……そうか」
思ってみると、当然かもしれない。
柳城は普段は意識しないとはいえ、とても整った容姿をしている。そのうえ背丈は低く中学生と見間違うほどだ。
どちらかというとほわほわしているというか、いかにも世間知らずのお嬢さんといった感じなので、ナンパされやすいのが悩み……というより、トラウマになっているのだろう。
「最近はお母さんとか、お父さんとか、祐介が一緒にいるから……しばらくそういうのが無くて、油断してた。本当にごめんね。迷惑かけて」
「ああいや……誰にだって弱みぐらいあるさ。
それに俺だってあの人は苦手だし、怖い」
「あはは……一緒だね」
力無く笑う姿は痛々しい。
俺と一緒にいる時はどちらかと言うとテンションが高めなのだが、最初に一眼見た時はかなり内向的な性格に見えたので、どちらかといえばこちらが素なのかもしれない。
「その……今日は疲れたから、お部屋でゆっくりしたいな」
「俺もそう言おうと思ってたよ。
せっかくの旅行、せっかくの休みだしゆっくりと身体を労ったほうがいいしな」
気が合うね、祐介。と微笑みながら返されて、早くいつものように少しうざったいぐらいの元気を取り戻してくれよと思いながら、その小さな震える手を握った。
少しでも彼女の力になってやりたい。
いつものように笑顔でいてほしい……。
そんな気持ちが俺の中から湧き上がってくるのを、この時は見て見ぬふりをしていたのだ。




